秘書の嫁入り 犬(6)

「組長が、こんなことしていいのか? 変だろっ、佐々木以外は俺達のこと、知らないんだぞ?」
「勝貴、ギャアギャア煩いな。嫁に来るんだから、別にもう隠さなくてもいいだろ。俺と一緒になる気あるんだろ?ここで、ないとかいうと、この手を離すぞ」
「…そんな…お前…、明日の桐生はきっと俺とお前の噂で持ち切りだ。あの、クールな時枝さんが、組長の餌食にって…。武史の影響で組長までが男に目覚めたって……」
「ま、そのうち、組員も慣れるだろ」

組員が慣れるなれないの問題じゃないだろう?
ゆくゆくはばれることでも、わざわざ自分達で噂の種を巻く必要はないだろう。
だが、これって…

「勇一、本当にいいのか? こんなことして、後に退けないぞ? あとで、俺が嫌になっても、俺は責任とってもらうからな」
「嫌になるかよ。責任、いいね~その響き。まあ、勝貴の童貞卒業も俺のお膳立てだったし、バージンは俺が頂いたし、責任はちゃんととって嫁にもらうわけだし、問題ねえよな?」

廊下の先で「あ、」という声がする。
時枝が顔を向けると、若い衆が二人、口をぽかーんと空けていた。

「悪いが、お前達、廊下拭いといてくれ」

その二人の前を裸の勇一が裸の時枝を抱っこしたまま、通り過ぎる。

「…はい、組長」

俺達は一体何を見てしまったんだろうと、若い二人が首を振る。
きっと目の錯覚でバスタオルが見えなかったに違いないと、二人顔を見合わせ、事実を否定した。

「本当に、見られたじゃないかよ」
「俺のフルチンはいいが、勝貴のだけは隠しとけばよかったな。奴らに見せるのは勿体ない」
「バカか、ソコを見られたことが問題じゃないだろ。普通にトイレに立てば見られる場所だ」
「勝貴、今度から、小便でも個室に入れ。他のやつに見せたら、浮気とみなす」
「バカ、言ってろ」

勇一の寝室まではそう長い距離ではないのだが、とても長く感じた。
まだ二人の身体は濡れていた。
寝室に着くなり濡れたままの時枝を、勇一が最近買ったキングサイズのベッドに放り投げた。

「買ったのか」
「ああ、畳で寝るのも飽きたし、いつお前がここに泊まってもいいようにな。だが、これが届いた日に、俺は勝貴から、別れ話を切り出されたから、ずっと一生この広いベッドに独り寝かと思っちまったぜ」

勇一もバタンと濡れた身体のまま、時枝の横にダイブした。

「ふん、お前が一生独り寝のはずないだろ。親友の俺に手を出すような人間だからな」
「なに、勝貴ちゃん、俺に手を出されて後悔してるって言いたいのか? 僕ちゃん、ショック。グえっ」

時枝が勇一の雄をギュッと力任せに握った。

「気持ち悪い言葉使いするな。後悔してるに決まっているだろ。親友から、特別の親友で、次が嫁だ。どうして、こんなアホに惚れたんだろって、もう、最悪だ。柄にもなく、自分から身を引こうとまで考えて、アレコレ悩んで、そうだった、携帯まで壊してしまって…あげくの果てが、ケツの傷だ」
「…分かったから、手を緩めろっ、」
「だが、後悔以上に…俺は満足している。一生、大事にしてやる。勇一のアホさを一番知っているのは俺だからな。桐生の為にも、俺がお前を今以上に立派な組長にしてみせる」
「…勝、貴…手っ」
「ダラしないな、組長さん」

時枝が手を緩めてやると、勇一がホッと一息ついた。

「ひで~。あ~、いらんことするから、血流が一気に流れこんでるぞ。知~らね。もう、こんなに大きくなったぞ」
「その為に握ったんだ」
「風呂からずっと、俺のは興奮してんのに、酷いことするな。そんな酷い嫁さんに、俺は一生大事にされるのか?」
「そういうことだ」
「男前の嫁さんだな。でも、ここからは俺が主導権とらせてもらいます。苛めても可愛がってもいいんだよな?」

勇一が時枝の上に重なる。

「いいぞ、壊しても。お前を受け入れる痛みは快感だ……勇一…ありがとう」
「なんだよ、いきなり」
「本当に感謝している。迎えに来てくれてありがとう…俺を見捨てないでくれて、ありがとう……好きだ…好きだ」
「バカヤロ、俺に礼を言うな。食い尽くしてやる」

勇一が時枝から言葉を奪うように唇を重ねた。

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秘書の嫁入り 犬(5)

「兄弟引き離すと考えるより、親が四人って考えた方がいいんじゃね~? 潤の生い立ちだって凄いけど、ちゃんと育ってるし、俺、どちらかと言えば、勝貴の子が欲しい」
「どうしてだ?」
「惚れた相手の子ども、普通欲しいだろ? それに、親父や武史見てると、どうも桐生の血は普通じゃねえからよ。濃すぎだろ? どうする、もし武史のような子ができたら。あちらさんにも申し訳ない」

そこは一理あるかもしれない。
性格が遺伝するとは思えないが、勇一にしてみれば、自分の親が実の弟にした虐待の内容が内容なだけに、桐生の血が怖いのだろう。

「…俺達の子か…、考えたことが、なかった……」
「だから、勝貴は冷たいんだよ」

バシャッ、とまた湯が顔に掛かる。

「いい加減にしとけよ」

睨み付けたが、ハハハと勇一は愉快そうに笑っている。

「上手くいったとして、まだ数年先の話だが、勝貴もそのつもりでいて欲しいなって。あ、肝心なことを忘れていた。お前、子ども好きか?」
「…小さな子ども、苦手。よく泣かれる。だけど…俺…、家族には憧れる。早くに親亡くしているしな」

勇一の目がやけに優しい。
もしかしたら、勇一は、俺に家族というユニットを与えたいのかもしれない。
勇一が本気で自分と家庭を築くつもりなんだと、時枝の胸が熱くなる。

「まあ、ガキのことより、誰かさんが嫁いでくる方が先なんだけどな」

勇一の腕が時枝を引き寄せた。

「…勇一」

露天風呂の中、時枝は勇一の両腕に抱きしめれた。
時枝の背に、勇一が負ぶさるように身体を重ねた。

「まだ、ケツ、痛いよな」
「…そうだな。鎮痛剤で痛みは忘れているが、今朝の傷だから、塞がってはない。挿れたいのか?」
「しばらくお預けも長かったし、誰かさんが馬鹿なこと言い出すし、朝は無茶したから回数こなせてないし…俺さま、欲求不満」
「空港でも抜いてやったろ?」
「この状態で言うか?」

勇一の中心が、時枝の股で揺れている。
既に上を向き、時枝の双珠や竿を下から突いている。

「…だったら、俺が挿入してやってもいいぞ? 悲鳴あげてたよな、あの時」

振り返り、時枝が勇一に意地の悪い笑みを向けた。

「イヤなことを思い出させるなよ。二度とゴメンだ。…俺には根性がないんだよ。わかるだろ?」

一度だけ、勇一が時枝を体内に受け入れたことがある。 
黒瀬を怒らせた結果、勇一が時枝に掘られている写真を撮る羽目になった。
掘られた事実よりも、挿入時、あまりの恐怖で泣き叫んでしまったことが、人生最大の汚点として、勇一の中に残っている。

「可愛かったぞ。なかなかの見物(みもの)だった」
「すげ~、意地悪。それは俺に苛めて欲しいという意思表示として、受けとればいいのかな?」

勇一の腕の中で、ぐるっと時枝が向きを変えた。

「…勇一、俺を苛めたいのか?」
「反則だろ、そんな可愛い顔するなよ」
「苛めたいのか? こんな傷だらけの俺を?」
「苛めたいというより、可愛がりたい」
「三十四にもなる男を可愛がりたいのか?」
「そうだ。三十四にもなる男を、三十四にもなる男が可愛がりたいと思っています。そして、多分それは八十になっても同じように思っていると断言します!」

時枝が、勇一の額に、自分の額を押し付ける。

「…いいぞ。苛めるなり、可愛がるなり、好きにしろ。ただし、ここじゃ、のぼせそうだ。寝室へ連れて行け」
「は、仰せのままに」

勇一が時枝を抱きかかえる。

「こら、別に抱っこしろと言った訳じゃないぞ。勇一、降ろせ」
「いいんだ。このままで」

勇一が時枝を抱き上げたまま、露天風呂を出る。
脱衣場で身体を拭き、バスタオルかバスローブか浴衣を羽織ってから寝室へ向うものだと思っていた時枝だったが、勇一がとった行動は身体を拭きもせず抱きかかえた時枝を一度も降ろすことなく、脱衣場を素通りし、本宅の廊下に出るというものだった。

「おい、床が痛む。水浸しになってるぞ」
「誰かが拭いてくれるだろ」
「ちょっと待て、床がどうこうよりも、俺達フルチンだろっ!」
「そりゃ、風呂から出たばかりで、そのまま出てきたんだから、裸だろ」
「何、平然としてんだよ。こらっ、勇一っ、誰かに見られたらどうするんだよッ」
「ここは俺の家だ。自分の家をフルチンで歩こうが、フルチンの勝貴をお姫様抱っこしてようが、俺の勝手だ」

確かに桐生の本宅は勇一の家だが、多くの使用人と組員が昼夜を問わず出入りしている。
誰かが今、裸の二人の横を通ってもおかしくない。

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秘書の嫁入り 犬(4)

「…組長ッ…良かったですね…時枝さんっ、アッシは…」
「オイ、オッサンッ!」

佐々木が立ち上がり、勇一と時枝の二人に飛びかかった。

「汚ねえだろっ、こら、離れろッ、佐々木ッ」
「佐々木さん、落ち着いて下さい。あぁあ、信じられない…」

佐々木の涙と鼻水がベットリ勇一と時枝の服を汚した。

「場所を弁(わきま)えろ。ほら、俺達は元通りだから。ま、お前にも心配掛けて悪かった。ガキ、ぼけっと見てないでコレを何とかしろっ!」

勇一が睨み付けてくる青年に声を掛けた。
時枝はどうして、あの青年が怖い顔で自分達を睨んでいるのか不思議だった。

「オッサン、いい加減にしろっ。組長さんと、隣のオヤジも困ってるだろっ」

オヤジ?
まさか自分のこととは思わず勇一の横に誰か立っているのかと時枝は抱きつく佐々木の頭を避けて、勇一の向こう側を覗いた。
誰もいない。

「君、オヤジって私のことですか?」

丁寧に質問した。
初対面の相手には慇懃な態度で接するのが時枝だ。
それが年下でもだ。

「そうだよ、眼鏡のオヤジ」

言い切られた。
眼鏡まで付けて、オヤジ呼ばわりされた。

「勇一、…俺、オヤジって…、今…あのくそガキに…」

小声で勇一に自分のショックを伝えようとした。

「分かっている。後で絞めとくから。佐々木、お前、泣いている場合じゃないだろ。あのくそガキ、ちゃんと躾とけ」
「うぜぇ、大人達だ。ほら、オッサン、離れろっ」

青年が佐々木を勇一と時枝から引き剥がした。

「本宅へ戻る。佐々木、ダイダイ、行くぞ。ほら、荷物持て」

勇一が、自分の鞄と時枝のボストンバック、土産の辛子明太子を佐々木とダイダイという青年に渡した。

「あと少しで勝貴の中だ」

勇一が時枝の耳元で囁く。

「バカ。無理だ」

自分の尻の状態からして無理だとは分かっているが、何とか受け入れてやろうと、歩きながらそっと尻に手を当てた時枝だった。

 

「いい湯だ」

時枝と勇一は、本宅の露天風呂に浸かっていた。
佐々木達は引き上げたので、誰に気兼ねすることもなく、二人でゆっくりと湯の中だ。

「傷に染みないか?」
「大丈夫だ」
「勝貴、見合いのことは俺が悪かった。誤解をさせてしまった」
「その件はもういい」
「良くはないんだ。俺とお前と桐生の将来に関わる話が実はあって…聞いてくれるか?」

神妙な面持ちで、勇一が時枝に語りかける。

「見合いの相手なんだが、安田のおじきの娘なんだ」

安田とは桐生とは遠縁にあたる組で、勇一の祖母の実家だ。

「じゃあ、見合い相手と言うのは、理彩子か? 一人娘じゃなかったか?」
「そうだ。理彩子だ。おじきは理彩子をうちに嫁がせて、ガキを二人以上産ませ、そのうち一人を安田の養子に迎えたかったようだ。そうすりゃ、安田も桐生の力を借りられると思っているようだが」
「そりゃ、そうだろうな。でもたしか理彩子には…」
「その通りだ。アレは安田の若頭と恋仲だ」
「だったら、その二人が結婚するば、いいんじゃないのか?」

普通に考えれば、それで組は安泰だろう。
桐生とは元々姻戚関係だし、恋人と別れてまで好きでもない勇一と結婚することもなかろう。

「それがな、向こうも俺達と同じ悩みを抱えているんだと」
「は? あそこの若頭、実は女だったとか言うんじゃないだろうな?」
「子種がないらしい。だから、オジキに結婚を言い出せないんだと」
「なるほどな。それで、渋々親の言うなりになって見合いか。勇一、どうするんだ?」
「俺は子どもが欲しい」

今更、何を言うんだ?
だったら、迎えに来なければ良かったんじゃないのか?
時枝の顔が暗くなる。

「オイオイ、勘違いするなよ。先々、俺と勝貴と俺達の子どもで生活したい」
「スマンが勇一。俺は、お前より賢いと思うが、お前の話がさっぱり理解できない。分かるように話せ」
「だからな、理彩子とあの若頭を結婚させるだろ。もちろん子種がないことをオジキに報告した上でだ。それで、俺達の精子を提供するんだよ。体外受精ってやつだと、大抵双子以上が生まれる。もちろん、あの若頭の実子として、籍に入れてもらった上で、俺達に養子を一人お願いするんだ。どっちの組にとっても悪い話じゃないだろ?」
「…そんなに都合良くいくか? 子どもだって、男の子二人生まれるとは限らないぞ? 女の子二人かも知れないし、男と女かも知れないし。第一、兄弟を引き離すのか? 自分の出生について、悩む時期もくるかもしれないだろ」

勇一がバシャッと時枝の顔に湯を掛ける。

「俺達は、女の子でもいいじゃないか。婿を取らせてもいいし、嫁に行きたいなら行かせればいい。跡取りは孫に期待してもいいし、無理に世襲することもないだろ? もう、そんな時代じゃない」
「…お前、もしかして、その相談をすでに理彩子と始めていたのか? デートっていう名目で、どう親父さんを丸め込むのか、相談してたんだ」
「ピンポン! 良くできました。あの若頭も出来た男でよ~。自分の子どもとして、育てる覚悟も愛する自信もあるらしい。ありゃ、相当理彩子に惚れてるな」

自分が勇一の見合い話で別れを覚悟した頃、こいつは俺達の子どもについて考えていたのかと、時枝は愕然とした。
だいたい子どもが産めないから、勇一との将来は難しいと思っていたのだ。

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秘書の嫁入り 犬(3)

羽田空港に着き、手荷物を受けとる前に、二人はトイレの個室へと駈け込んだ。
口を食べ物以外で満たし、甘くないミルクをタップリ飲んだ後、何食わぬ顔で到着ロビーへと出た時枝を待ち受けていたのは、黒瀬と潤と佐々木、それに見知らぬ若い男だった。

「時枝、何か良いことあった? 頬が上気しているけど。兄さんはスッキリした顔してますね」
「なんでお前達までいるんだ? 佐々木は呼んだが、お前達は呼んでないぞ?」

黒瀬達の出迎えに、勇一が不満げだ。

「時枝の顔を見に来たんです。センチメンタルジャーニーを終えた人間ってどんな顔しているのかと思えば、そんないやらしい顔しているとは。ふふふ、楽しいことあったのでしょうね」

たった今トイレの中でしたことが、この男にはバレているのかと、時枝が羞恥でいたたまれなくなる。

「何ですか、センチメンタルジャー二ーって? 楽しいことはありましたよ。ええ、そりゃまあ、福岡まで行ってましたし。社長が私の休暇に興味をお持ちとは知りませんでした。はい、これ、尾川さんからのお土産です」

時枝は潤に辛子明太子を渡した。

「嬉しい。ありがとうございます」
「礼なら尾川さんに言って下さい」
「時枝さん、元気そうで良かったです」

潤が明太子の箱を握りしめ、目を潤ませ、時枝を見ている。
心配を掛けたのかも知れない。

「市ノ瀬様、何か誤解をされているかもしれませんが、私は休暇前から元気ですよ」

多分勇一に別れ話を持ち出したことを潤も知っているのだろう。
実は今こうやって勇一と二人並んで立ったいること自体、時枝には恥ずかしいのだ。
自分から、そのことについて、潤や黒瀬に話すつもりはない。
言わなくても、どうせ、からかわれるのは、目に見えている。

「あと三日、まだ休暇中ですので、ゆっくりさせて頂きます。その後、またしごきますので、覚悟してなさい。新人」
「ひえ~、時枝室長って、感じ」

潤が肩を竦(すく)めた。

「もちろんです。社長も、私がいないからって、サボってないでしょうね?」
「ふふふ、もちろんちゃんとしたよ。潤がそりゃ、色々手取足取り、手伝ってくれたから」

ね、潤、と黒瀬が潤にウィンクをする。

「あなた達、それって…」

時枝の目が吊り上がる。

「おいおい、武史達はもう帰れ。休暇中の勝貴がお前達と一緒だと秘書モードになるから、おっかないだろ。月曜日には出社させるから、俺達の邪魔しないでくれよ~」

勇一は早く本宅に時枝を連れて帰りたいのだ。
こんな所で、黒瀬達と押し問答やってたら、いつになるかわからない。

「はい、はい、邪魔者は消えますよ。兄さんあまり時枝を泣かせないようにして下さい」
「組長さん、時枝さん苛めないでよ」

黒瀬も潤も勇一に念を押すと、尾川からの土産を抱え到着ロビーから消えた。

「…勝貴、俺、そんなにお前を苛めているか?」
「自覚なかったんだ~」
「逆だろ? どちらかと言えば、俺の方が…痛いッ、足踏むなって」
「それより、勇一、そこで泣き崩れている男は、佐々木さんだよな?」

黒瀬達の背後にいたはずの佐々木の姿が見えないと思っていたら、佐々木はまだそこにいたのだ。
位置が低くなっていたため、視界から消えていた。
床に膝を付き、袖で顔を擦りながら、佐々木は大泣きしていた。

「認めたくないが、うちの若頭らしい」

その大泣きしている傍らで、時枝の知らない青年が、佐々木を宥めていた。

「…うっ……、二人揃って……」
「オッサン、オッサンには俺がいる。失恋ぐらい、俺が受け止めてやるからな。もう泣くな」
「……組長と…時枝さんが…ダイダイッ…」

慰めている青年は新しい桐生の人間だろうか?
佐々木が恋愛事に弱くロマンティストであることは、桐生でも上層部では周知の事実だが、年数の短い下っ端にはもちろん知られていない。
下っ端が佐々木に容易く声を掛けることもない。
だが、佐々木はあの青年の前で号泣している。

「勇一、ありゃ、なんだ?」
「佐々木が飼っているガキだ。佐々木の家に越してきた。面白いぞ、あのガキ。佐々木を落とすんだと」
「俺がちょっと東京を離れている間に、何やら楽しいことが起きてたのか。あれ、まだ未成年じゃないのか? 親子ほど年違うだろ?」
「ま、本人達が良いなら、構わねえだろ。オイ、佐々木」

青年にしがみつき号泣を続ける佐々木に勇一が声を掛ける。

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秘書の嫁入り 犬(2)

「勇一に苛められたら、逃げ込んできます」
「むしろ、俺が勝貴に苛められて、逃げ込んでいるような気がする」
「ハハハ、普段は時枝さんの方が強そうだな。桐生さんが、尻に敷かれていそうだ」
「分かります? 組員の前だけ、俺を立ててくれるんですがね~、それ以外は下僕のようなものなんですよ」
「何、それが夫婦円満の秘訣さ」

時枝の顔が赤くなる。

「…夫婦って、尾川さん…、俺達、まだ…そんな…」
「ん? まだ早かったか?」
「いえ、早くありません」

勇一が言い切った。
バカと、時枝が勇一の脇腹に肘鉄をくらわす。

「何があってもあんたらなら、大丈夫だよ。時枝さん、一人で溜め込むなよ。良い子になるのは、駄目だぞ?」
「はい」

良い返事だと、尾川が子どもの頭を撫でるように時枝の頭を撫でた。
他の人間から同じ事をされたら、時枝は失礼なと怒りそうだが、尾川にされる分には嫌ではなかった。 
死んだ父親からされているような気がした。

「腹減ってるだろ。飯だ、飯」

食べてからでも間に合うだろうと、今日釣ったばかりの魚を中心に、アワビやサザエが並ぶ豪勢な食事が用意されていた。
空港まで、自分らで運転はしないだろうからと、酒まで用意してあった。
尻の具合が悪い時枝は出血に影響するので控えたが、勇一と尾川は、杯を交わし、親交を深めていた。
結局尾川は、福岡空港まで見送ってくれた。
土産だといって辛子明太子を桐生に十箱、黒瀬達にと三箱持たせてくれた。
世話になったのは時枝の方なのに土産まで持たされて心苦しかったが、折角の好意なので素直に受けとった。
尾川に挨拶をし別れる時には、時枝は感謝の気持ちで胸が熱くなっていた。
トレードマークの眼鏡が曇る。
もし小倉の駅で尾川に偶然出会わなければ、本当に勇一とは終わっていただろう。
潤の恩人というだけでなく、自分の恩人だと、心底この男の存在に感謝した。

「勝貴、福岡にも家族ができたな」
「ああ。嬉しい限りだ」
「ちょっと妬ける」
「妬いてろ」

東京行きの機内で、勇一はずっと時枝の手を握っていた。 
毛布で隠しているわけでもなく、上着を掛けているわけでもなく、堂々とだ。
恥ずかしいという時枝に、知らない人間に見られても問題ないと、勇一は時枝の手を放さなかった。

「勝貴、俺の手はお前を触る為に存在していることが判明した」
「何だソレ?」
「二度と会えないかも知れないと思った時、お前の肌が恋しくて、自慰さえできなかったよ」
「肌だけか?」
「ば~か、もちろん、全部だ」
「安心しろ。俺は手だけじゃなく、身体全体が勇一の為に存在していることが分かった」

勇一が時枝の方を向く。

「…言ってて、恥ずかしくないか?」

神妙な顔付きで言われた。

「恥ずかしいに決まってるだろッ。軽く聞き流せ、馬鹿野郎」

時枝が真っ赤になる。
その赤く染まった頬に、勇一がチュッと唇を付けた。

「お、おまえっ! 公共の場で変なことするなっ!」
「変じゃないだろ。愛情表現だ」
「あ~あ、やっぱり血筋なのか…。桐生のDNAか? それ以上するなよ。いいか?」

東京行きの便は満席だった。
出張帰りのビジネスマン風の男性が八割を占めている。
きっと見た人間もいるだろう。

「本当は嬉しいくせに」
「死ねっ!」

乱暴な言葉とは裏腹に愛情表現と言われて、正直嬉しかった。
握られている手を握りかえした。
勇一が顔を時枝の耳元に近付ける。

「指を絡めるだけで、俺はイキそうだ」

息が掛かる距離で囁かれた。
そして、握ったままの手を勇一が自分の股間に持って行く。

「…お前…」

ズボンの下で、硬くなった物が確認できた。

「駄目だぞ。ココじゃ無理だからな。分かっていると思うが…あっという間に着くから、我慢しろ。空港に着いたら、直ぐにしてやるから」
「空港でしてくれるのか。こりゃ、楽しみだ」
「口で我慢しろ」
「光栄です。つうか、今の勝貴の尻にぶち込めるほど、俺は外道ではありませんっ!」
「小声で言えっ!」

確かに視線を感じた。
ああ、ホモのカップルだってもうバレバレだ。
ここに、秘書の冷静な自分が別に存在し、この男に注意してくれたりフォローにまわってくれたらどんなに便利だろう、と時枝は思った。

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秘書の嫁入り 犬(1)

 

…全て、夢…だったのか……

 

手を繋いで寝ていたはずの勇一の姿がない。
裸のはずがパジャマではなく肌触りの良い寝巻きを着ており、そして、汚れていない布団に寝ていた。
部屋のどこにも勇一がいた形跡はない。

「…そうだよな。あんな自分に都合のいい夢があるはずがない…」

ははは、と自嘲する。
きっとこの寝巻きも、酔って寝てしまった自分に、尾川が着せてくれたのだろう。

「…あの電話も夢か? だとしたら、この身体の違和感は…俺…尾川さんと?」

もうこれで勇一と二度と顔をあわすことができない、と時枝の心が沈む。
他の男と寝た自分を、勇一が許すはずがない。

「…新婚旅行か。どうせ夢なら行きたかったな~。どこがいいかな。どこでもいい。勇一と二人なら…」
「アフリカでも行くか?」
「…勇一っ! お前、どこからっ! 本物か?」

寝ている時枝を、服を着た勇一が上から覗き込んできた。

「買い物してきた。起こしたら悪いかなと静かに上がってきたら、お前が泣きそうな声でブツブツ言ってたんで、いつまで続くのかと様子見てた。勝貴、尾川さんとヤッたのか? それなら、俺にも…」

目を釣り上げ、勇一が時枝を睨む。
どこまでが夢でどこからか現実か曖昧で、時枝は即答できなかった。
ただ、尾川とどうにかなった記憶はない。
誘った記憶はあるが。

「オイオイ、泣きそうな顔するなよ。冗談だ。勝手に俺のこと夢にして。朝一で福岡まで来たのに、それはあんまりだろ?」
「勇一、いなかったし、布団は新しくなっているし、寝巻き着てるし…」
「全部、俺がしたの。身体を拭き上げて、汚れた布団は処分して、新しい布団を手配して、そして、最後にこれだ」

勇一が買い物袋を提げていた。

「薬。鎮痛剤と軟膏買ってきた。手当てしてやるからケツ出せ」
「…自分で出来る」
「俺がする。俺が傷付けたんだから、俺にやらせろ」
「自分のことは自分でやる」
「駄目だ」

勇一は時枝の布団を剥ぐと、時枝を転がし、腰を上に向けると、寝巻きを腰まで捲った。

「勇一ッ、」
「いいから、いいから。中は自分じゃ塗りにくいだろ? 任せとけ、俺さまのフィンガーテクを信じなさい」

勇一が軟膏を塗り始めた。

「…塗るだけにしとけよ。変なこと、するなよ…」
「変なことって何かな? こういうこと?」
「ひぇっ!」

勇一が軟膏を塗っていた指を腫れた入口から滑り込ませると、弱い部分を擦った。

「バカヤロッ、そこは関係ないだろっ!」
「おっと、手が滑った。許せ」

絶対わざとだ、と時枝は勇一の方を振り返り、睨んだ。
その後は、変な悪戯(いたずら)をされることもなく、患部の手当だけを施された。

「この腰じゃ、辛いと思うが、夕方の便で東京に戻ろう」
「ああ。今日は何曜日だ」
「木曜だ」
「じゃあ、あと三日は休暇が残っている」
「よし、じゃあ本宅で過ごせよ。いいだろ?」
「そうだな…たまにはそれもいいか」

二人の逢瀬は、時枝の部屋が定番だった。
しかし、勇一が本気で自分との将来を考えているのなら、徐々に桐生組の関係者にも二人の関係を認めていってもらわねばならない。

「嫌だと言われても、強引に連れて行こうかと思ってた。決まりだ」

鎮痛剤で痛みが治まると、時枝は東京に戻る準備を始めた。
身支度を済ませ、勇一と共に下に降りると、尾川が笑顔で迎えてくれた。
自分の情けない姿を見られているだけに、顔を合わせるのが恥ずかしかったが、海の男は温かく迎えてくれた。

「尾川さん、本当にお世話になりました。あと、その…えっと…勇一が、無茶するから…ですね…」
「ちょっと仲直りする際、布団を汚してしまったんで新しいのと替えさせてもらった。気に入らなかったら違うのを手配するから遠慮なく言ってくれ。勝貴も、酷いよな。俺のせいにするなよ。勝貴だって悦んでいたくせに」

バカッと、時枝が勇一の足を踏んだ。

「ハハハハハ。昨日とは別人だ。良かった良かった。時枝さんもこれから大変だろうけど、潤のように、ここを実家代わりに使ってくれ。辛い時や不満があるとき、ココに来て吐き出せばいいさ。愚痴くらい聞いてやるから。変な場所をウロウロするより、安心だろう? な、桐生さん」
「よろしくお願いします」

勇一が即答した。
尾川が信頼に足る人間だということは、重々承知していた。
親兄弟もいない時枝には、今まで桐生が実家のようなものだった。
これから桐生と今まで以上に深く繋がっていく勝貴を思えば、桐生と違ってホッと力を抜ける場所があっても良いだろうと勇一は考えた。
時枝も感じたことだが、この海の男の普通の感覚は、物事の違う見方を教えてくれる。

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秘書の嫁入り 青い鳥(34)/終

「…二日酔いはどうだ?」
「…アルコール、…抜けた。それより、布団どうするんだ。余所様の布団を血で染めるって、非常識だ」
「染めたのは、勝貴だ。それに血だけじゃないだろ」
「…これじゃあ、武史達を叱れない。自分が同じ事やってれば世話ないか」
「あいつら、変態だな」
「…お前もだ。無理しやがって」

時枝と勇一が、狭い布団に二人で気怠い身体を横たえていた。
勇一が放った物三回分は全て時枝の体内だ。
時枝が流した血液と放った物は、勇一の身体と布団を汚していた。

「でも強姦じゃない。だろ?」

勇一が時枝の方を向いて、訊く。
その目は穏やかだった。怒りはどこにもない。

「ああ。……悪かった、反省している」
「何をだ?」
「意地悪言うよな、勇一は」

時枝がムクッと裸の上半身を起こす。

「―――つ、」

動けるような状態じゃない下半身を奮い立たせ、布団から出る。
立ち上がった瞬間、太腿にダラッと血液と交じり桃色になった勇一の体液が伝う。

「オイ勝貴っ!」

何をする気だと、勇一が目を丸くしていると、畳に真っ裸の時枝が正座した。

「この通りだ、勇一。水に流してくれとは言わない。だけど、許してくれ」

畳に額を擦りつけて土下座した。

「俺は酷いことを言った。お前に言ってはならないことを口にした。解放してくれとも言った。だが、解放しないでくれ。一生縛り付けてくれてもいい。お前が別の人間を選んだ時は身を引く。潔くは無理かも知れないが、お前の邪魔はしない」
「邪魔しろよ」

ぶっきらぼうに勇一が言う。

「俺は勝貴が俺以外を選んだら、どんな手段を使っても邪魔するからな。今度俺を捨てようとしたら、地獄の果てまで追いかけて、桐生に座敷牢作って、監禁する」

時枝が顔をあげた。
畳の上にポタッ、ポタッと雫が落ちる。

「心配するな。お前は酷いことは言ってない。言ったとして、俺と別れると言ったことだけだ。ヤクザは俺も嫌いだ」
「…何を…バカ、言ってるんだ…」
「バカはどっちだ? 布団だけじゃなく、畳も汚す気なのか? こっち来いよ。そんな身体で無茶するな」

勇一が、時枝を布団の中に引き入れた。

「動ける状態じゃないだろ。バカ」
「ヤクザのくせにヤクザが嫌いとか抜かすアホにバカと言われるとは…はあ~」

肌と肌と密着させ、時枝が大袈裟に溜息をついてみせる。
言葉とは裏腹に、感極まったままの時枝の目には、涙が溜まったままだ。

「なんだよ、もう、いつもの勝貴かよ。ちえっ」

勇一が、わざとらしく拗ねてみせる。

「当たり前だ。これからもこのアホと一緒に歩いて行くんだ。しおらしくじゃ、いられないだろ」

その声は涙声だった。
勇一が、布団の中で時枝の手を握る。

「一緒だからな。勝貴さまは、時々おバカになるから、この手を離せない。いっそ二人で結婚指輪でもする?」
「…何をアホなことを…人目ってものがあるだろ」

結婚の響きが、時枝の胸を更に熱くする。
折角いつも通りの態度に戻ろうとしているのに、邪魔をするように勇一が時枝を喜ばせる。はらり、涙がまた流れた。

「泣き虫勝貴だ。はは、じゃあ、ここは極道らしく、二人で揃いの紋紋入れてみる?」
「…馬鹿野郎、俺は極道じゃ…ない。だが……勇一が、どうしてもって、頭下げるなら……考えてやる」
「よし、じゃあ、婚姻届けを出して、無事夫婦になれたら、彫るぞっ!」
「大馬鹿野郎…、誰がお前と結婚するって言ったんだよ……第一、婚姻届けは無理だろうがドアホ。…俺を嫌いなヤクザにしようっていうのか?」
「ああ。駄目か? 俺だって嫌いなヤクザしてるんだから、勝貴だって、付き合え」
「……簡単にいいやがって……、そのうちな……考えといてやる」

黒瀬達よりも、勇一と時枝が一緒になる方が問題が多い。 
桐生組があるからだ。
だから、時枝は今回身を引こうとした。
組の存続をどうするのかそこを解決しとかないと、養子縁組も難しいのだ。 
だが時枝は、勇一が自分から結婚を持ちかけてくれたことが嬉しかった。
もし叶うなら、全身に彫られたって構わないと思った。

「やったね。絶対だからな。新婚旅行はどこにしようか?」
「…ドアホ。気が早過ぎだろ…バカ…」

もうそれ以上、言葉が続かなかった。
次から次へと涙が溢れて。
言葉の代わりに握っている勇一の手を更に強く握りしめた。

「少し寝ようぜ。疲れただろ? 俺も朝からバタバタしてたからさ。実は昨夜電話もらってから、一睡もしてない。逃げられないように、手は放さないからな」

狭い布団に、大の男が裸で二人、寄り添い手を繋ぎ眠りの中へと落ちていった。

秘書の嫁入り ~青い鳥~  了/ 秘書の嫁入り~犬~へ続く…

秘書の嫁入り 青い鳥(33)

二度と目にすることはないと思っていた勇一の分身を目にし、時枝の目頭が熱くなる。
一旦時枝の上から降りると、時枝の足を広げグイッと膝から曲げ、その間に勇一は自分の身体を置いた。
時枝の身体を少し押し上げると、勇一が覗き込む。
昨日、酔って寝てしまった時枝には、風呂に入ったかどうかの記憶もなかった。
どんな有様になっているのかと、恥ずかしくて堪らない。

「誰にもやらせてないだろうな?」

確認したかったのは、他の男の存在らしい。
時枝が首を縦にふる。

「だが、他のヤツと寝るつもりだったそうじゃないか」
「…それは…」
「違うのか? 違わね~よな?」

ヤクザそのもののドスの利いた口調に、勇一の怒りの深さを感じる。
宣言通り、勇一は時枝に対して、愛撫どころかなんの準備も施さず、自分のいきりたったモノを押しつけてきた。
解されもせず潤滑油もなく、ぶち込まれるという経験はない。
それを目にした経験は幾度かあるし、その手伝いをした経験もあるが、自分が体験したことはなかった。
このままぶち込まれたらどうなるかは、結果は見えていた。
激しい痛みと裂孔による出血。
当分排泄さえ困難だ。
ブルッと身体が震えた。もちろん恐怖でだ。
しかし一方で、これくらいの責め苦は当たり前だと思う自分がいた。
酷い扱いでも、勇一はまた自分と身体を繋げようとしている。
怖いのに嬉しい。

「勝貴、これは強姦か? 違うよな」

勇一の言わんとしていることが、時枝には痛いほどよく分かる。
別れてしまった二人なら、一方的な暴力行為だろう。
だがお互いまだ気持ちがあり自ら受け入れる気持ちがあるなら、いくら出血しようが痛がろうが酷い扱いだろうが、それは愛情の上の睦み合いでしかない。
勇一の目が、真剣だ。
まるで勝負を挑むような目付きだ。

「…強姦じゃない」
「それでこそ、勝貴だ」

二人の真剣勝負が始まった。
音がした。皮膚と肉が裂ける音。
同時に強烈な痛みを伴い、勇一が時枝の中に入ってきた。

「――ッ、は、あぅ」

歯を食いしばる。
決して痛いとは言いたくなかった。

「普通に動くぞ。いいよな」
「…あぁ、…構わない」

最後に勇一をそこに迎え入れたのは、いつだったろう。 
使われてない道は狭くなっていた。
まして、何の準備も施されていない。
時枝に拒む気はなくても、痛みで身体が勝手に勇一を拒む。
勇一にとっても、気持ちいいどころじゃないはずだ。
押し出そうとする内壁の顫動に逆らって狭いところを無理に押し進めている。
勇一の額に汗が滲んでいる。
自分の流す血の匂いが鼻に付く。
潤を黒瀬が強姦したときの事がふと時枝の脳裏に浮かんだ。
改めて、自分は酷いことをあの子にしたんだ、と猛省した。
怖かっただろう。
覚悟があって、勇一を受けて入れている自分でも、多少の恐怖感はある。
入口付近だけ、滑りが良くなった。
もちろん要因は裂傷から吹き出る血だ。
裂れ痔決定だな、と痛みから逃れる為に自嘲した。

「余裕だな、勝貴」

普通に動くと宣言した勇一だったが、半分まで進んだところで、このままだとこれ以上の進行は無理だと判断したのか、一度入口付近まで引き下がった。
時枝の流す血を自分の雄に擦り付けるよう入口を捏ねると、赤く染まった中心を一気に最奥までねじ込んだ。

「―――…っ、ァああっ…! 」

勇一とのセックスで、ここまでの痛みを感じたことは一度もない。
最初は痛みも多少あったが、流血もなければ、潤い不足の内部を突き上げられたこともなかった。
荒々しい行為の時でも、時枝の身体を気遣うことを勇一が忘れたことなどなかった。

「…は、…は、…は」

時枝が必死で呼吸を整える。

「…ゆういちっ…、」

時枝が手を伸ばし、勇一の身体にまわす。
酷いセックスでも、求められることが時枝には嬉しかった。
勇一の身体が全て収まったのだ。
時枝の胸に、熱い雫が落ちる。
勇一の涙だ。

「…勇一…、ばか、痛いのは俺だ」
「お前の中が締め付けて、イテェんだよ」

涙の本当の意味は分からない。
だが、きっと、自分と一緒の気持ちなら、こうして身体を再び繋げたことに感極まったのかもしれない。

「ァあう…、容赦ない…なっ」

照れ隠しのように、勇一が激しく腰を振る。
東京から福岡に飛んで来てくれた勇一の優しさを、この暴力的な行為の中、時枝はヒシヒシと感じていた。

秘書の嫁入り 青い鳥(32)

『早かったですね』
『連絡を頂いて助かりました。潤達の時同様、尾川さんには、お世話になりっぱなしで』
『また、一杯、やりましょう』
『ええ。あいつは?』
『二日酔いじゃないですかね~。かなり飲んでたから。朝食用意してますんで、後で食べて下さい。漁に出てきますので、気兼ねなく、仲直りして下さい。午後まで戻りませんから』
『ありがとうございます。本当に、面倒お掛けしてしまって』

頭が痛い。
誰かが、階下で話しているらしい。
それすら、響く。
酒だ。
二日酔いだ。
時枝は布団を頭から被り、音も光も遮り、痛む頭を庇うように、身体を丸めていた。
寝ていれば、そのうち治まるだろう。
頭痛が酷くて、時枝はここがどこだとか、どうして二日酔いなのかとか、階下で話しているのは、誰だとか、一切考えられなかった。
ドンドンドンと振動と音が床から響く。
誰だよ…静かに歩けっ!
更に深く、布団に潜り込む。
音と振動が、近づいて来る。
くそ、殺してやりたいっ!
布団の中でダンゴ虫のように身体を丸めているが、音と振動からは逃げられない。
ドンドンドンと近づいてきた足音が止み、ガタっと引き戸が開く音がした。
そして、またドンドンドンと数歩確実に誰かが時枝に近づいて来た。
コノヤロ、嫌がらせかっ!
用があるなら、静かに歩けっ!
と、罵倒した。悲しいことに、頭痛が酷すぎて、時枝の口からは、罵倒した言葉ではなく、う~っ、という呻き声のみが洩れていた。
時枝は布団を内側からしっかり握りしめていたのだが、近づいてきた誰かによって、その布団を一気に剥がされてしまった。

「なにっ!」
「起きろ―――ッ!」

声も、時として凶器になるらしい。
時枝は耳元で大声を出され、脳味噌が砕けるのを感じた。

「ひぃ!」

咄嗟に耳を庇ったが、遅かった。

「なんて、ざまだ。勝貴、起きろっ!」

丸めた身体を誰かが、イヤ、聞き覚えのある声の主が、無理矢理起こそうとする。

「顔も酷いし、酒くせ~」

イタタタ、と時枝は額に手を当て、強引に起こされた上半身を立て直すと、ゆっくり顔を上げた。

「…ゆう…い…ち…」
「ゆういち、じゃねえだろ。来いっ!」

勇一を目の前にしても、いまいち状況が飲み込めていない情けない状態の時枝の腕を勇一が掴み、無理に立たせると、そのまま引きずって洗面所へ連行した。
合宿所にあるようなタイル張りの昭和を思い出させる洗面所。
勇一が時枝の頭を押さえつけると、蛇口を捻り、流水を時枝の頭にぶっかけた。

「ひっ」

冷たい水が、二日酔いの時枝の頭を直撃だ。
髪から伝って顔も首も着ていたパジャマの襟も、冷たく濡れた。

「やめろっ!」

時枝が押さえ込まれている頭を振って抵抗した。

「お目覚めか? あ?」

水が止められ、時枝の頭から勇一の手が退く。
水を滴らせ時枝が顔を上げると、目を釣り上げた勇一の顔があった。

「勇一……、俺…」

やっと時枝は、勇一がどうして目の前にいるのか、飲み込めた。
自分を迎えに来たのだ。
第一声は、謝罪の言葉だと決めていたのに、勇一の怒った顔に威圧され、言葉が続かない。
言葉が続かないだけでなく、勇一の顔が見れなくて、時枝は目を反らしてしまった。
そんな時枝に勇一は頭からタオルを掛け、ゴシゴシと髪と顔を乱暴に拭いた。

「人をおちょくるのも、いい加減にしろよ」

来い、とまた腕を掴まれ、経路を戻りさっきまで時枝が頭を抱えて丸まっていた部屋へ時枝を入れると、乱れた布団の上に時枝を突き飛ばした。

「…待ってくれ、勇一、話を」

てっきり怒り心頭の勇一に、殴られるのかと時枝は思った。
自分だって腕に自信はあるが、本気を出した勇一には敵わない。
殴られても仕方ないことをしたのかもしれない。 
勝手に誤解して、勝手に別れ話をし、しかもその理由が「ヤクザが嫌い」だからだ。
殴られても構わなかった。
しかし、その前に自分の口から謝罪をしたかったのだ。
だが勇一が取った行動は時枝を殴るではなく、時枝の上に馬乗りになり時枝を全裸に剥くというものだった。

「なっ…、落ち着けっ! 勇一ッ!」
「俺は落ち着いている。慌てているのはお前だろ」

上から時枝を見下ろしながら、勇一が自分のシャツを脱ぐ。

「悪いが、愛撫をしてやる暇はない。勝貴の顔を見たときから、コチコチだ」

勇一が腰を浮かせ、ベルトを抜き、ファスナーを素早く降ろすと、中から猛ったモノを取りだした。

秘書の嫁入り 青い鳥(31)

「失礼じゃないですか」
「事実だろ。時枝さん、あんた、見合いしたことないだろ?」
「ないですけど、それが何か」
「だから、見合いのシステム知らないんだよ。あんた、見合いしたら、直ぐにカタ付けると思っているだろ?」
「結婚の意思がない場合はそうでしょう?」
「あのな、結婚の意思がなくても、間に入った人の顔を立てて、数回デートぐらいするぞ? 断る時、数回会って、色々話してみましたが、自分にはもったない相手で、とか言って断る方が角が立たないんだよ。それに、」

チラッと、時枝を見る。
ここまで言えば分かるだろうと、視線が語っている。

「お互いに仕方なく、っていう場合が多いんだ。そういう見合いって、だいたい、仲介してくれた人への義理とかで見合いだろ。そう言うときは、数回のデートに見せかけて、二人で上手い断り方を相談してたりするんだよ。だいたい、あんた、相手が誰か、知っているのか?」
「…知らない」
「相手が、ヤクザに嫁ぎたいって本気で思っているかどうかも分からないじゃないか」

それはそうかも知れない。
黒瀬の実母がいい例だ。
見初められたばかりに、訳も判らず嫁いだ結果、悲劇は生まれた。

「仮にだ。何か事情があって、相手の女性だってしたくもない見合いをさせられていたとする。相手から断れない事情があった場合、桐生さんならどうするかな?」

勇一なら相手の話を聞いてやるだろう。
そして穏便に破談にもっていくに違いない。

「まあ、実際、どういう見合いなのかは、分からん。しかし、見合いして数回デートしているだけで、大の男が大騒ぎするほどのことか? もし、あの桐生さんが本気で結婚を考えているなら、あんたに相談無しってことはないと俺は思うけどな」
「本気だから、俺に言えなかったんだ。そう考える方が自然だ」

佐々木さんだって、慌てて自分のところに来たんだ、と、大騒ぎしたのにはするだけの理由があるんだと、尾川を見据えた。

「時枝さんの常識では、だろ。俺からみたら、一々言わない方が自然だ」

そこで初めて、時枝を含め周りの人間の常識が、もしかしたら普通と違うのかと思った。
桐生の中や黒瀬達の間では、自分の感覚が一番まともで、最も常識人だと思っていたが、一歩外に出ると違うのかもしれない。
そもそも勇一の見合い話を時枝の耳に入れた佐々木も、見合いをした経験があるとは思えないし、こと恋愛事には大げさな男だ。
大袈裟に捉えすぎていたのだろうか?
尾川の言うことにも一理あるように思えてきた。

「百歩譲って、組長さんが本気で結婚を女性と考えているとして、そう思うならどうしてあんたは確かめないんだ?何も訊かず、自分から身を引くって、なんだそれ? 昼のメロドラマか、演歌の歌詞か? さっきも言ったけど、腹の中ぶちまければいいじゃないか」
「…他人事だから、簡単に言えるんだ」

はい、そうですかと、簡単には素直になれなかった。

「あんたも大概焦れったい男だな。俺は、海の男なんで、短気なんだ。悪く思うなよ」

尾川が立ち上がり、木製の古い小物入れの引き出しから何やら取りだした。
名刺だ。
それを見ながらレトロな黒電話の受話器を握る。
どこに電話しているのか、と尾川の指先を見ていたら、回すダイヤルを見て時枝は驚いた。

「尾川さんっ!」
「いいから、任しときな」

尾川は回したダイヤルは、勇一の携帯のナンバーだった。

「あ、桐生さんですか。夜分にどうもすみません。福岡の尾川です。…ええ、元気でやってます。はい、また一杯やりましょう。ちょっとつかぬ事を伺いますが、桐生さん、お見合いしたんですって? ほう、それはまた。で、ご結婚をその方と? …ははは、そうですか。でしたら、明日朝一でお宅の嫁さん迎えに来てもらえませんか? 迎えに来ないと浮気するそうですよ。尻に敷かれてますね。アハハ。じゃあ、明日」

受話器を置いた尾川の横で、時枝が顔面蒼白で口をパクパク金魚のように開けていた。

「明日、桐生さん迎えにくるそうだ。良かったな」
「よ、よ、よ…」
「よよよ?」
「…よっく、な―――っい!」

蒼白だった顔が、今度は一気に真っ赤だ。

「どうして? あ、それと結婚ないって。やっぱり、良かっただろ? 最初から、深刻になる問題じゃなかったんだよ」

勝ち誇ったような尾川の言い方にカチンと頭にくる。 
しかし、全て尾川の言った通りだった。
自分で問題を大きくし、勝手に悩み、勝手に答えを出し、そして、立ち直れそうもないぐらい落ちていた。
尾川に抱いてくれと持ちかけるほど自暴自棄だった。
時枝の身体から、力が抜けた。
今まで必死で乗り越えようと、藻掻いていた全てが、無意味だった。

「…アハ…、アハハ…、ハハハ……」

あまりに自分が滑稽で、笑いが込み上げてきた。
そんな時枝に尾川が慌てる。

「オイ、正気か? 大丈夫か? ほら、これ、飲め」

コップに日本酒をなみなみと注ぐと、時枝に持たせた。 
時枝はそれを水のように一気で飲み干した。

「…良かった…、まだ結婚しない…良かった」

先程緩んだ時枝の涙腺は、いとも簡単にまた緩む。
今度は安堵の涙だ。

「まだ、って、多分桐生さんは一生しないと俺は思うけどな。その辺は二人で納得がいくまで話し合えよ。一人で勝手に結論付けるのは子どものやり方だ。まあ、あんたも意外と大人の仮面を被った子どもかもしれんな」

時枝を子ども扱い出来るのはこの男ぐらいだろう。
潤が実父のジェフ以上に、この尾川を父親代わりに慕う気持ちが、今の時枝にはよく理解できた。
普通なのだ。 
普通の感覚で、しかも寛大なのだ。
父親と暮らしたことがない潤には温かくて大きい理想の父親像なのだろう。

「子どもですか…、そうかもしれません。俺も勇一も、無理矢理大人になったところがあります。黒瀬もですが」
「なに、男はみんな子どもなのさ。って、格好つけてみた。どうだ?」
「どうだって…えっと…」

笑えません、と正直言っていいものか。

「駄目か? チェッ」

尾川が拗ねて見せる様子がおかしくて、今度は普通に笑いが込み上げてきた。
頬にはまだ涙が残っていたが、中年男の可愛い子ぶった素振りがツボにはまり、久しぶりに腹の底から笑えた。

「それだけ笑えれば、大丈夫だ。さあ、飲め。飲んでヤなことは忘れてしまいな。明日はダーリンが迎えにくるからさ」

本当に一方的に別れ話をした俺を迎えに来てくれるのか、と時枝は不安だった。
一体どんな顔で会えばいいのかも分からない。
しかし、尾川の影響か、もう一人で抱え込むのはやめようという気になっていた。