「お呼びでしょうか? 朝食の準備も出来ていますが」
佐々木がシャツの袖を捲って、勇一の部屋に来た。
「朝食の時間はすぎていますが後で頂きます。朝からバタバタしたのでお腹空きましたね」
「組長は?」
室内を見渡した後、佐々木が訊いた。
「着替えています。湯から上がったばかりで着替える必要はないと思いますが、コスプレでも披露してくれる気ですかね」
「――あのう、時枝組長、」
佐々木が身体を低くすると、畳の上に腰を降ろしている時枝に、声を潜めて擦り寄った。
「勇一が戻って来たので、組長は返上です」
時枝も同じく声を潜めた。
「――時枝さん、…大喜のことなんですが…」
「はい、何でしょう」
来たか、と心臓が跳ね上がったが、そこは努めて冷静に返した。
「ボンの所にいるって、本当なんでしょうか?」
「そう聞いていますが」
朝まで一緒にいたことは、伏せた。
木村が話してなければ、時枝が黒瀬のマンションにいたことを佐々木は知らないはずだ。
「…大丈夫でしょうか…、ボンはそのう、以前、ダイダイに……酷い悪戯を……」
そっちの心配か?
橋爪のことを訊かれずに助かったと、時枝の緊張が一気に緩む。
「ナニを二人でコソコソやってるんだ?」
割り込んで来た勇一の声に、時枝と佐々木の二人の世界、もとい、内緒話がそこで終わった。
「…勇一」
「組長?」
時枝も佐々木も勇一の姿を見て、二人とも言葉が続かない。
白の正絹の着物を左前に着ている。
ご丁寧に帯まで白だ。死装束のように見えた。
もちろん、実際には死装束で作られた着物でも帯びでもない。
背中には般若の面が刺繍されている着物だ。
だが、帯との色あわせといい、左前に着ているところといい、わざわざ死装束に見せる為に着ていることは、一目瞭然だ。
「…なんの、…コスプレだ…」
「組長、冗談にしては…ちょっと行き過ぎかと」
実際、この二人は勇一の葬儀を出している。
その時の複雑な想いが、流れた時間を無視して一気に吹き出してくる。
「急だったんで、これしかなかったんだ。いいから、二人とも俺の前に座れ」
勇一が、部屋の中心に正座した。
その前に時枝と佐々木を並べさせたいのだが、時枝は怒りでそれどころではないようだし、佐々木はブツブツなにか口籠もって動こうとしない。
「組長桐生勇一が、座れ、と言ってる」
悪ふざけのつもりではないと、怒気を含んだ声が物語っていた。
時枝と佐々木が顔を見合わせる。
組長命令なら、従うしかない。
時枝は佐々木の助けを借り、勇一の前に坐した。
時枝をたて、その斜め後ろに佐々木が座る。
「二人とも、いい面構えだ」
勇一が交互に時枝と佐々木の顔を見比べる。
「佐々木、短刀(どす)を出せ」
「――ドス、ですか?」
「懐に忍ばせているのを出せ」
素直に出してよいものか時枝の表情を読みたかったが、佐々木の位置からは横顔しか見えない。
「――はい」
上着を脱いでいたため、佐々木は短刀を腰に隠していた。
スラックスのウエストに挟んでいた短刀を後ろ手で抜くと、自分の前に置いた。