秘書の嫁入り 青い鳥(34)/終

「…二日酔いはどうだ?」
「…アルコール、…抜けた。それより、布団どうするんだ。余所様の布団を血で染めるって、非常識だ」
「染めたのは、勝貴だ。それに血だけじゃないだろ」
「…これじゃあ、武史達を叱れない。自分が同じ事やってれば世話ないか」
「あいつら、変態だな」
「…お前もだ。無理しやがって」

時枝と勇一が、狭い布団に二人で気怠い身体を横たえていた。
勇一が放った物三回分は全て時枝の体内だ。
時枝が流した血液と放った物は、勇一の身体と布団を汚していた。

「でも強姦じゃない。だろ?」

勇一が時枝の方を向いて、訊く。
その目は穏やかだった。怒りはどこにもない。

「ああ。……悪かった、反省している」
「何をだ?」
「意地悪言うよな、勇一は」

時枝がムクッと裸の上半身を起こす。

「―――つ、」

動けるような状態じゃない下半身を奮い立たせ、布団から出る。
立ち上がった瞬間、太腿にダラッと血液と交じり桃色になった勇一の体液が伝う。

「オイ勝貴っ!」

何をする気だと、勇一が目を丸くしていると、畳に真っ裸の時枝が正座した。

「この通りだ、勇一。水に流してくれとは言わない。だけど、許してくれ」

畳に額を擦りつけて土下座した。

「俺は酷いことを言った。お前に言ってはならないことを口にした。解放してくれとも言った。だが、解放しないでくれ。一生縛り付けてくれてもいい。お前が別の人間を選んだ時は身を引く。潔くは無理かも知れないが、お前の邪魔はしない」
「邪魔しろよ」

ぶっきらぼうに勇一が言う。

「俺は勝貴が俺以外を選んだら、どんな手段を使っても邪魔するからな。今度俺を捨てようとしたら、地獄の果てまで追いかけて、桐生に座敷牢作って、監禁する」

時枝が顔をあげた。
畳の上にポタッ、ポタッと雫が落ちる。

「心配するな。お前は酷いことは言ってない。言ったとして、俺と別れると言ったことだけだ。ヤクザは俺も嫌いだ」
「…何を…バカ、言ってるんだ…」
「バカはどっちだ? 布団だけじゃなく、畳も汚す気なのか? こっち来いよ。そんな身体で無茶するな」

勇一が、時枝を布団の中に引き入れた。

「動ける状態じゃないだろ。バカ」
「ヤクザのくせにヤクザが嫌いとか抜かすアホにバカと言われるとは…はあ~」

肌と肌と密着させ、時枝が大袈裟に溜息をついてみせる。
言葉とは裏腹に、感極まったままの時枝の目には、涙が溜まったままだ。

「なんだよ、もう、いつもの勝貴かよ。ちえっ」

勇一が、わざとらしく拗ねてみせる。

「当たり前だ。これからもこのアホと一緒に歩いて行くんだ。しおらしくじゃ、いられないだろ」

その声は涙声だった。
勇一が、布団の中で時枝の手を握る。

「一緒だからな。勝貴さまは、時々おバカになるから、この手を離せない。いっそ二人で結婚指輪でもする?」
「…何をアホなことを…人目ってものがあるだろ」

結婚の響きが、時枝の胸を更に熱くする。
折角いつも通りの態度に戻ろうとしているのに、邪魔をするように勇一が時枝を喜ばせる。はらり、涙がまた流れた。

「泣き虫勝貴だ。はは、じゃあ、ここは極道らしく、二人で揃いの紋紋入れてみる?」
「…馬鹿野郎、俺は極道じゃ…ない。だが……勇一が、どうしてもって、頭下げるなら……考えてやる」
「よし、じゃあ、婚姻届けを出して、無事夫婦になれたら、彫るぞっ!」
「大馬鹿野郎…、誰がお前と結婚するって言ったんだよ……第一、婚姻届けは無理だろうがドアホ。…俺を嫌いなヤクザにしようっていうのか?」
「ああ。駄目か? 俺だって嫌いなヤクザしてるんだから、勝貴だって、付き合え」
「……簡単にいいやがって……、そのうちな……考えといてやる」

黒瀬達よりも、勇一と時枝が一緒になる方が問題が多い。 
桐生組があるからだ。
だから、時枝は今回身を引こうとした。
組の存続をどうするのかそこを解決しとかないと、養子縁組も難しいのだ。 
だが時枝は、勇一が自分から結婚を持ちかけてくれたことが嬉しかった。
もし叶うなら、全身に彫られたって構わないと思った。

「やったね。絶対だからな。新婚旅行はどこにしようか?」
「…ドアホ。気が早過ぎだろ…バカ…」

もうそれ以上、言葉が続かなかった。
次から次へと涙が溢れて。
言葉の代わりに握っている勇一の手を更に強く握りしめた。

「少し寝ようぜ。疲れただろ? 俺も朝からバタバタしてたからさ。実は昨夜電話もらってから、一睡もしてない。逃げられないように、手は放さないからな」

狭い布団に、大の男が裸で二人、寄り添い手を繋ぎ眠りの中へと落ちていった。

秘書の嫁入り ~青い鳥~  了/ 秘書の嫁入り~犬~へ続く…