その男、激情!143(終)

「…はぁ、はぁ、だから、これで、勘弁しろ」

落ちた指を掴むと、今度は佐々木に投げた。

「ひぇええっ、」

腰を抜かした状態の佐々木が、悲鳴をあげながらキャッチした。

「指ぐらいで、桐生の若頭がそんな声出すなっ」

ど素人が指を渡されたような反応に、激痛の勇一が呆れ顔だ。

「…組長の指ですよっ」
「そうだ、俺の詫びだ。ガキの身に起こったことの代償にしては、陳腐かもしれね~が、これで勘弁してやってくれ。この通りだ」

血の滴る二本の指を押さえながら、勇一が佐々木に頭を下げた。

「はいはい、もう学芸会は終わりでしょ?」

血の匂いが充満した部屋に、す~ッとした新鮮な空気が流れ込む。
パチパチと手を叩きながら、黒瀬と潤が入って来た。

「ちぇッ、武史、いたのか」

二人を見るなり、勇一が露骨に嫌そうな顔をする。

「ふふ、やはり、桐生一の問題児は兄さんですね。あ~あ、畳まで派手に汚しちゃって…ほら、兄さんの腹の中と同じどす黒い血が落ちてますよ」
「…ホントに切り落としてる。――本当に問題児かも…信じられない、…信じられないバカだ」

黒瀬の横で真っ青な顔の潤が、忌憚なく思った事を口にした。

「お前ら、何しにきた」
「何しにって、学芸会の片付けかな? 単細胞の兄さんはここで終わりだと思っているでしょうけど、ここで終わりにするのは私の美意識に反するので」
「…美意識? 勝手に割り込んできて勝手なことほざくな」
「ふふ、誰も兄さんに美は求めていませんから、ご安心を。それより佐々木、時枝からイモ虫を預かって」
「…芋虫?」
「一本は佐々木も持っているじゃない。その醜いイモ虫と兄さんを早く医務室に連れて行って」
「佐々木、勇一の指だっ! 武史の言う通りに早くしろっ!」

地のままの時枝が、佐々木に勇一の指を差し出す。

「あっ、はいっ!」

佐々木が時枝から慌てて指を受け取る。
今度は悲鳴をあげなかった。

「組長、行きましょうっ!」

勇一の指を二本とも預かった佐々木が、勇一を振り返る。

「誰が行くかっ、」
「兄さんに選択の余地はありませんよ。今まで私が被った迷惑の数々を考えたら、足の指まで落としても足りやしない。指二本程度で何が詫びですか。落とし前付けるにしても、ホント、中途半端で笑いがこみ上げてきますね」
「何をぉおおっ!」

勇一が大股で黒瀬の前まで行くと、右手で黒瀬の胸ぐらを掴んだ。

「怪我人のくせに威勢だけはいい。まさかその汚い左手で殴るつもりじゃないでしょうね」

言いながら、黒瀬は潤に目配せをした。
潤が頷く。
以心伝心、潤が素早く動く。

「悪いんですけど、兄さんの血を浴びるつもりはありませんから。ふふ、潤の血なら話は別ですが」

黒瀬が勇一の手を払うと、勇一の肩を強く突いた。

「わっ、」

バランスを崩した勇一が腰からひっくり返る。
着地した先は畳の上ではなく、時枝の車椅子の上だった。

「グッドタイミングだよ、潤。ふふ、まさに阿(あ)吽(うん)の呼吸」

黒瀬の意図するところを組んで、潤が動いた結果だった。

「畳の上に車椅子を持ち込んだ非常識はこの際目を瞑りますッ! 社長、潤さま、早くそのバカ男を医務室へ。佐々木さんもっ!」

時枝に慇懃さは戻っていたが、勇一はバカ男に格下げになってしまった。

「とうとう、名前で呼ばれなくなったね。行きますよ、バカ男さん」

車椅子から腰を上げようとした勇一の頭を上から黒瀬が押さえ付けた。

「このヤローッ、勝手なことしやがってっ、離せっ! 降ろせっ!」
「勝手なことをしたのは兄さん。足りない頭で考えるからこんな汚い結果になるんです。本当に美しくない。血を流すならもっと優雅に流して下しい。ふふ、それに兄さんの嫌がることをするのは楽しいので、とことん兄さんの意に反することをさせて頂きます」

車椅子のグリップを黒瀬が握ると、

「ふふ、救急車両として、スピード出しまから、振り落とされないようして下さいね。佐々木も、イモ虫落とさないように!」
「はいっ!」

 

嵐は去った。
勇一に伴い、皆医務室へ向かった。
一人残された時枝は、畳の上に残された血痕に指を這わせていた。

「――疲れた…。昔からバカだったが…ぐっ、…この三年でもっとバカになって戻って来た…ははは、――戻って来た…。本当に戻ってきた――バカでもいいんだ……、バカでもっ、…、――バカでも…アホでも…、」

時枝の頬を伝って流れ落ちる滴が、勇一が残した血痕の上に落ちる。

「――ちょっと、休みたい…。――駄目だ…眠い…、武史が付いてるなら…大丈夫だろ…起きたら説教だ、…起きたらな、勇一…、…」

時枝の身体から力が抜ける。
血痕の上に頬を乗せるようにして、時枝の身体が畳の上に雪崩落ちる。

 

 

「時枝さん?」

途中まで黒瀬らと一緒だった潤が戻って来た。

「一人にしたので、拗ねてるとか…」

横になった時枝から返事がない。

「勝手に車椅子使ってごめんなさい。だから、迎えに来ました。一緒に医務室に行きましょう」

時枝の前に回り込んだ潤が、時枝の身体に手を置き、軽く揺らした。

「時枝さん、こんな所で寝ると風邪ひきますよ。――時枝さん?」

返事がないまま、時枝の身体が潤に揺られゴロンと転がった。

「時枝さん、――時枝さんっ、――うそっ、時枝さんっ、起きてっ、…時枝さんッ! ――それは、有り得ない…」

時枝の目が開かない。
眼鏡の奥の目が開かない。
激しく揺らしても、頬を叩いても、耳元で叫んでも、 時枝の瞼は微動だにしない。

「起きろ―――ッ!」

潤の悲痛な叫びが谺した。

 

その男、激情!(了)
「その男、激震!」へと物語は進む

 

 

更新中、沢山のオーエン、ありがとうございました! やっぱ、最後のシメは俺かなと。ヤクザ者S~からここまで応援してくれた皆さんもいると思う。きっとその中の多くは俺,大森大喜のファンのはずだ。え? 時枝のオヤジが好き??? 俺の方が若いぞ! 若い方がいいって! さて、ここで終わったらバッドエンドだけど、シリーズは続くんだ。このシリーズにバッドエンドは似合わないだろ? よかったらサイトやら同人誌で発表中の「その男、激震!」もよろしくな。激震でモロモロのカタは付くと思う。(サイト「黒桐Co.」にて不定期更新中)
会員ページじゃなくて、この激情と同じNOVELS内に置いてあるから、どなたも閲覧可能だから。あ、それとお知らせ入ってたと思うけど、お知らせブログ「砂月玩具店with黒桐Co.~STORY*STORY~」は定期的にチェック頼む。あれさ、名前長いから、通称STSTでよろしく、な。

では、皆さん、これからもこの機上恋シリーズを愛してやってくれ! 頼むぞ!
んでもって、文庫が手元にある方!

じゃあ、名残惜しいけど……ありがとう! SEE YOU ! 以上大森大喜でした。

追伸:会員パスを申請してくれた方、パスと一緒に載せてあるミニストーリー・「激情と激震の狭間」は文字通り、このラストと激震の間のことです。