「俺を殺したいと思った事はないか?」
勇一が佐々木に訊いた。
「――アッシが、…組長をですか? 滅相もございませんっ!」
「そうか」
勇一が立上がり、大股で佐々木の所まで来ると、
「ちょっと、コレ借りるぞ」
佐々木の前に置かれた短刀を手にして自分の場所に戻った。
「良く手入れしてるな」
鞘から抜いた刃を念入りに眺め、指の腹を当て、軽くひいた。
ポタリと赤い滴が畳の上に落ちた。
「勇一、血判でも押すつもりか?」
勇一の真意が分らず、堪らずに時枝が訊いた。
「いいや」
着物の袷部分から半紙の束を取り出すと、それを畳に広げた。
その半紙の上に、勇一は左手を広げて置きその横に短刀を並べた。
「佐々木、どの指がいいか、決めろ」
勇一が何をしたいのか、やっと二人に分った。
「組長っ! バカな事は止めて下さいっ」
「そうだぞっ! 勇一、どうした? 頭打ってバカに拍車が掛ったのか?」
「そうですよ。詰める必要無いのに、無意味にそんなことするもんじゃありませんっ! ハクづけのつもりですかっ!」
「佐々木さんの言う通りだ。爪切るとの勘違いしてないか? 切ったら伸びないんだぞっ!」
時枝は酷く動揺していた。焦っていた。
スッと立てない身体がもどかしく、手を勇一に伸ばして座ったまま前に進もうと身体を揺らした。
「騒ぐなっ!」
勇一の一喝に、時枝と佐々木が固まる。
「いいから静かに座ってろ。ヤクザのくせに指の一本、二本でガタガタ言うな」
「――二本だと? 二本も詰めるつもりか? ……だいたい、俺がいつヤクザになった? …お前の伴侶イコールヤクザとしても、俺は桐生の構成員じゃないっ。抗議する権利あるだろ! お前の伴侶として、俺は抗議するっ!」
時枝が勇一を見据えた。
何がなんでも阻止してやると睨む。
勇一が左手を半紙の上に広げたまま、時枝をにらみ返す。
緊迫した空気に、佐々木の額に冷や汗が滲む。
「ふん、笑わせやがって」
勇一の視線が時枝から反れる。それから、
天井を見ながら大笑いを始めた。
「…組長、」
「――とうとう、壊れたか…勇一」
一頻り笑うと、勇一は真顔に戻った。
「桐生の構成員じゃないだと? 時枝組長さんは、他の組からの借り物だったと言うつもりか?」
「……お、まえ、――それ、」
時枝の顔が蒼白になる。
佐々木は口を開けたまま、絶句だ。
「桐生組を率いていたんだろうが。なにが、構成員じゃない、だ」
「――誰かに、―――何か、…吹き込まれたのか? ……そうだろ、…そうだよな、…そうに違いない…」
時枝の声は震えていた。
声だけじゃなく、身体も震えている。
「吹き込む? そうきたか。だいたいその怪我も組長として、事務所に出勤していた時に銃撃された傷だろうが。まさか、勝貴が馬の被り物なんてお茶目な格好をするとはね~」
「――どうして、ソレを知ってる…、……勇一だよな ――お前、本当に桐生勇一だよな…」
歯がカツカツと鳴るほど、時枝は震えていた。