その男、激情!140

「俺を殺したいと思った事はないか?」

勇一が佐々木に訊いた。

「――アッシが、…組長をですか? 滅相もございませんっ!」
「そうか」

勇一が立上がり、大股で佐々木の所まで来ると、

「ちょっと、コレ借りるぞ」

佐々木の前に置かれた短刀を手にして自分の場所に戻った。

「良く手入れしてるな」

鞘から抜いた刃を念入りに眺め、指の腹を当て、軽くひいた。
ポタリと赤い滴が畳の上に落ちた。

「勇一、血判でも押すつもりか?」

勇一の真意が分らず、堪らずに時枝が訊いた。

「いいや」

着物の袷部分から半紙の束を取り出すと、それを畳に広げた。
その半紙の上に、勇一は左手を広げて置きその横に短刀を並べた。

「佐々木、どの指がいいか、決めろ」

勇一が何をしたいのか、やっと二人に分った。

「組長っ! バカな事は止めて下さいっ」
「そうだぞっ! 勇一、どうした? 頭打ってバカに拍車が掛ったのか?」
「そうですよ。詰める必要無いのに、無意味にそんなことするもんじゃありませんっ! ハクづけのつもりですかっ!」
「佐々木さんの言う通りだ。爪切るとの勘違いしてないか? 切ったら伸びないんだぞっ!」

時枝は酷く動揺していた。焦っていた。
スッと立てない身体がもどかしく、手を勇一に伸ばして座ったまま前に進もうと身体を揺らした。

「騒ぐなっ!」

勇一の一喝に、時枝と佐々木が固まる。

「いいから静かに座ってろ。ヤクザのくせに指の一本、二本でガタガタ言うな」
「――二本だと? 二本も詰めるつもりか? ……だいたい、俺がいつヤクザになった? …お前の伴侶イコールヤクザとしても、俺は桐生の構成員じゃないっ。抗議する権利あるだろ! お前の伴侶として、俺は抗議するっ!」

時枝が勇一を見据えた。
何がなんでも阻止してやると睨む。
勇一が左手を半紙の上に広げたまま、時枝をにらみ返す。
緊迫した空気に、佐々木の額に冷や汗が滲む。

「ふん、笑わせやがって」

勇一の視線が時枝から反れる。それから、
天井を見ながら大笑いを始めた。

「…組長、」
「――とうとう、壊れたか…勇一」

一頻り笑うと、勇一は真顔に戻った。

「桐生の構成員じゃないだと? 時枝組長さんは、他の組からの借り物だったと言うつもりか?」
「……お、まえ、――それ、」

時枝の顔が蒼白になる。
佐々木は口を開けたまま、絶句だ。

「桐生組を率いていたんだろうが。なにが、構成員じゃない、だ」
「――誰かに、―――何か、…吹き込まれたのか? ……そうだろ、…そうだよな、…そうに違いない…」

時枝の声は震えていた。
声だけじゃなく、身体も震えている。

「吹き込む? そうきたか。だいたいその怪我も組長として、事務所に出勤していた時に銃撃された傷だろうが。まさか、勝貴が馬の被り物なんてお茶目な格好をするとはね~」
「――どうして、ソレを知ってる…、……勇一だよな ――お前、本当に桐生勇一だよな…」

歯がカツカツと鳴るほど、時枝は震えていた。