その男、激情!137

「来てたのか、お前ら」

のぼせた時枝が回復するのを待って、勇一は自分の部屋に戻った。
もちろん、時枝も一緒だ。
時枝を背負い自分の部屋に戻った勇一を、黒瀬と潤が迎えた。

「問題児の顔を見にね。立て替えた治療費も返して貰わないと」
「大企業の社長のくせに、せこいヤツだ。ん? 問題児って、コレのことか?」

勇一が背中の時枝を指した。

「俺のはずないだろ、ドアホ」

勇一からゆっくりと畳の上に降りながら、時枝が反論する。

「じゃあ、佐々木か?」
「ゴリラも確かに問題ありますが、桐生随一の問題児は、兄さん、あなたしかいないと思いますが。ゴリラといえば、お猿を呼んだそうですが、うちに監禁中ですので、あしからず」
「武史、何を企んでいる?」
「ナニも。ふふ、兄さんこそ、何か企んでいませんか?」

お互いの視線が、互いの腹を探り合おうとぶつかり合う。

「お前じゃあるまいし。そういうのは、性じゃねえんだよ」
「そうでしたね。私は多細胞で繊細な人間なので、複雑なんですよ。単細胞の兄さんが羨ましい。企むには頭使いますからね。ふふ、兄さんには無理な話です」

時枝にも潤にも、黒瀬が勇一を挑発していることは分った。
分らないのは、黒瀬が勇一から何を聞き出そうとしているのかという点だ。

「社長、いい歳して、兄弟ゲンカを吹っかけるつもりですか?」

ヒントを得たくて、時枝が横槍を入れた。

「侮辱してるの、時枝? この私が桐生の人間相手にケンカ? 有り得ない」

本当に嫌そうだ。

「――お前な。いい加減にしとけよ」

勇一に怒っている感はない。
黒瀬が桐生を嫌っていることなど、勇一が一番良く知っている。

「治療費はイロ付けて振り込んでやるから、用がないならサッサと帰れ」

邪魔だと言いたげに勇一が手で払う。

「用事ねぇ、今はないですけど。行こうか、潤」
「いいの? 組長さんに用事があったんじゃ?」
「単細胞相手に用事も何もないよ。生物としての進化が認められたら、来よう」

黒瀬と潤が勇一の部屋を出て行った。

「相変わらず、掴めないヤツだな」
「そうか? 勇一を心配してるんだろ。武史なりに」
「アレがそんなタマか? …そうかもな。昨日も病院に来てたし」

勇一は何も言わないが、病院に運ばれたことを不思議に思ってないんだろうか?
運ばれる前は、勇一だったのか橋爪だったのかどっちだ?
大喜の話だと少なくともホテルを出たときは橋爪のはずだ。
そもそも墓地で大喜から聞いた話を、勇一はどう思っているんだ?
もう時間のズレに気付いているはずだろ?
何一つ、時枝は訊けなかった。

「そうそう、大事な仕事があった。片付けなければならない事案が。佐々木―っ! 佐々木を呼べ」

廊下に出て、勇一が叫ぶ。

「内線で呼べばいいのに、」

時枝は佐々木と顔を合わせたくなかった。
正門で迎えられたときは、木村と佐々木が変な空気を醸し出していたせいで、余計なことを考えずに済んだのだが…
うしろめたいのだ。
橋爪が大喜にしたことを考えると、申し訳ないという気持が込み上げて来て、佐々木の顔をできれば見たくなかった。
ポーカーフェイスは得意だと自負しているが、この三人で顔を付き合わせるのは、気持が沈む。
だが、それは甘えだ。
大喜が佐々木と顔を合わせた時のことを考えたら、自分の良心が痛むぐらいなんだ、と開きなおるしかない。