その男、激情!60

「組長ッ!」
「…うわっ、勇一組長ッ!」
「…バカなっ、…マジ?」

このフロアですよ、と黒瀬に誘導されエレベーターを降りると、廊下に点在していた男達が、橋爪を見るなり目をまん丸に見開き仰天している。
桐生の組員だ。
時枝の病室は、他の病室とは隔離した個室になっている。
そのフロアには桐生の警備が入っていた。

「髪を切って良かったですね。反応がいい」
「…ふん、バカ共め。人違いだって、ちゃんと教育しとけ」
「往生際が悪い男ですね、あなたも。ここですよ」

白い横開きのドア。

「お待たせしたかな? ふふ、殺し屋さんを連れてきたよ」

そのドアを黒瀬がゆっくりと開けた。

 

 

「――ゆ、う、…いち…」

眼鏡を掛けた男が、橋爪の顔を確認するなり、絞り出すような声で呟いた。
違うッ、と橋爪は思った。
写真の顔とも、ビルの屋上から照準合わせに見たレンズ越しの顔とも違った。
無機質で神経質そうな表情が、どこにもなかった。
やっと見つけた大事な何かを慈しむような顔、しかも自分を見て涙まで浮かべている。
とてもじゃないが、ヤクザのTOPとは思えない、威厳も迫力も一切ない顔だった。

「…無事だったんだ。本当に、生きていたんだっ! 勇一ッ、勇いち―っ!」

ベッドの上の男が、飛び掛かって来そうな勢いで『勇一』と叫んだ。起き上がろうとして、横にいた潤に無理だと制止された。
だが、それを振り切って上半身を起そうとしている。
今にもベッドから転がり落ちそうだ。
しょうがないな、と潤が時枝の上半身を支え、起してやった。

「突っ立ってないで、仕事したらどうです? あなたの仕事、まだ完了してないんでしょ?」

入口に立ち尽くしたままの橋爪の背中を、黒瀬が押した。

「俺に指図をするな」

橋爪が胸から銃を取り出し時枝に向けて構えたまま、一歩一歩、ゆっくりと歩き出した。

「…全部、俺のせいなんだ。…お前が、殺し屋なんかになったのも…お前が悪いんじゃない。もう一度会えた。…会いたかった…。誰にもお前が俺を殺すのを邪魔させないっ、だから」

橋爪の銃に怯えるどころか、歓迎するように時枝は身体を乗り出している。
時枝の眼鏡が曇る。
橋爪が近付くたびに、頬を飾る涙の筋が一本ずつ増えた。

「何を言ってるんだ。俺達は初対面だろうが」

銃を構えた橋爪が、時枝の直ぐ側まで来た。
撃とう思えば、入り口からでも撃てた。
だが、何故か、引き寄せられるように、ターゲットの側まで来てしまった。

勇一ィイイイ―――――ッ!

叫び。
三年前、時枝が、勇一が転落した岸壁で轟かせた叫び声を潤は思い出し、胸が痛くなった。
それはまさに魂の叫び。
橋爪は、あまりの音量に、一歩後退ろうとした。
しかし、出来なかった。
肩を撃たれ、まだ自由に動かぬはずの時枝の腕が、橋爪の胴体に巻き付いた。

「離せっ、この野郎ッ!」

橋爪が銃を持った手を時枝の頭に振り下ろそうとしたが、黒瀬が咄嗟に手首を掴み阻止した。

「いいじゃないですか。死ぬ前の人間に、情けぐらい掛けてあげたらどうです?」
「ふん、好きにしろ」

橋爪の身体に上半身を預けたまま、時枝が勇一、勇一、と泣き叫ぶ。

「…俺のせいだっ、…俺がっ、」

自分の盾にとなり勇一は撃たれた。
時枝はずっと自分を責め続けていた。
そして、葬式や法事をしきりながらも、勇一は生きていると信じていた。

「…勇一ッ、やっと戻って来てくれたっ、…生きて戻ってきたっ。…ありがとうっ、…勇一ありがとうっ、」

縋り付いて、時枝が勇一に礼を言う。

「あんた、相当、頭イカレてるな。自分を撃った相手に礼を言うのか? 殺しに来た人間に礼を言うのか?」

その男、激情!59

「もっと楽しい顔をしたらどうです?」

運転中の黒瀬が、橋爪を一瞥した。
橋爪が、手錠をかけられた手で拳銃を弄っている。

「その銃に弾は一つですから、私に使用することは考えない方がお利口さんですよ。もっと嬉しそうな顔をしてくれもいいと思いますが」

服を与えられたかと思うと、銃まで持たされ、橋爪は黒瀬の車に乗せられた。
行き先は時枝の所だと言われ、どうなっているんだと、橋爪は黒瀬の意図がはかれずにいた。

「楽しくも嬉しくもない」
「どうして? 時枝を殺すチャンス到来ですよ? 早く仕事終えて、台湾に戻りたいんじゃないんですか、橋爪さん? いや、劉(りゅう)さん」
「…お前、どうしてその名前を」
「どうして? そんなもの、偽名の出所を掴めばあっという間に分りますよ。あなた、私のバッグに誰が付いているのか、李に知らされてないのですか?」
「…李、お前そこまで…」

コイツは何者だ?
起業家で桐生の関係者以外に何があるって言うんだ? 
俺の知っていることは、ネットで調べた事と実際コイツから得た情報だけだ。
勝手に兄と呼んだり、髪を切ったり、犬を使ってあんな行為を仕掛ける変態ってだけでも殺してやりたいぐらいなのに、まだ何かあるのか?
あるんだ。
普通なら、俺から李に辿り着くはずがない。

「李も、あなたに時枝を殺させようとするところが…。自分で三年前のバッグに自分がいたとバラしているような低脳さに、頭痛を覚えますけど」
「…お前、一体…何者なんだ」

唸るような低音で、橋爪が黒瀬に訊いた。

「あなたの異母兄弟だと言ったでしょ。兄さん。ちなみに私の実の母親は、香港では有名人ですよ。緑龍の女帝と言えば、過去の記憶がないあなたでも分るでしょ?」
「バカな…」

緑龍の女帝?
あのグリーンを裏で牛耳っている、恐ろしい女のことか?
アジアの裏社会で知らない者がいたら、モグリだ。
世の中には決して人間が立ち入ってはいけない領域というのがあるが…黒い社会で生きるなら、まさに彼女がそれだ。
人を惑わす美貌と、逆鱗に触れたら組織だけでなく真っ当な暮らしをしている親戚縁者まで皆殺しにするほどの残忍さ、そして、五十を過ぎた年で跡継ぎを生み落としたという魔女のような女。
噂なのか真実なのか…とにかくグリーンの裏には彼女あり、というのが周知の事実だ。
そんな女がこの男の母親だと?

「ふふ、彼女は、元々桐生の姐さんだったわけです。あなたの実母が死んだ後、桐生の後妻に入り、その後、香港から来た若者と駆け落ちして、香港に渡ったんです。あなたと時枝の初恋の女性でもあるんですけどね」

橋爪の耳に、時枝の初恋の女性までは届いてなかった。
黒瀬の実母が緑龍の女帝だという驚愕の事実。
自分が想像していた以上に、とんでもない仕事を李から依頼されていた事実に恐怖を覚えた。
李からの直接の依頼は時枝だったが、きっとその周囲が香港まで通じていることを彼は知っていたに違いない。

「…いざとなったら、俺の口を封じれば自分に害は及ばないとでも、思ったか…あのタヌキめ」
「少し賢くなってきました? でも、時枝を殺さないと、あなた、どちらにしても消されますよね。仕事をしくじった殺し屋なんて、末路は憐れなものでしょうから。イロイロと知り尽くしているでしょうし…ふふ」
「楽しそうだな。俺に時枝を殺させていいのか? お前にメリットはないだろ。どうして、俺をターゲットに会わせようとする」

李や緑龍の話を訊かされても、時枝を殺すチャンスを与えようとする黒瀬の意図は分らないままだ。

「あ、そこでしたか、気になる所は。時枝本人が、あなたに会いたいと言うので。殺されたいみたいですよ、あなたに。ふふ、時枝も誰かさんが何年も放っておくから、究極のマゾヒストになってしまった。ちゃんと、責任を取ってあげないと」
「…お前も、あの堅物そうな男も、みんなオカシイ。…イカレてる」
「一番イカレているのは、似合わない殺し屋などに身を堕としたあなたでしょ? 殺し屋バーサス桐生のトップ。勝利の女神はどちらに微笑むのでしょうね」

楽しそうにハンドルを握る黒瀬。
全てがこの男の掌中で進んでいるようで面白くない。 
時枝の息の根を今更止めたところで、この先、仕事の依頼は来ないだろう。
それ以上に、李の出方が気になる。
だが、ターゲットを生かしておくわけにはいかない。 
依頼を全うできない殺し屋の末路など知れている。 
逃亡生活が待っているだけだ。
負傷した人間を仕留めるなど、殺し屋じゃなくとも出来る。
邪魔さえ入らなければ、一発で十分だ。
しかし…。

『お前、本当に撃たせる気があるのか?』

橋爪は無言で黒瀬を見た。

「着きましたよ。行きましょう、橋爪さん」

銃を上着の内側に隠した橋爪と黒瀬は、二人並んで時枝の病室に向った。

その男、激情!58

「後の処理…組長さんはしないと思うけど、…あ、俺がいる?」
「お願いできますか?」
「もちろん。なんか、イギリス思い出す」

潤がふと思いだしたのは、黒瀬と初めて関係を持った――強引に持たされたというのが、本当の所だが――ロンドンでの生活だった。

「イギリス?」
「あの時、時枝さん俺の世話とか傷の手当してくれただろ。なんか逆だな、と思って」
「…本当ですね。あれからもう五年ぐらい経ちますか…早いものだ」

潤が時枝の窄みにローションを塗る。
それから指にゴムを着けると、解しに掛かった。

「…声が洩れそうです。…上手ですね」
「嬉しいな。時枝さんに褒められることって、あまりないから。秘書課では、叱られてばかりだったし」
「…恨んでます? …くっ、」
「まさか。感謝してます」
「…良かった…。本当に、…上手ですよ」
「柔らかい。時枝さんのココ、ちょっと触っただけで、もう潤っているし。もしかして、俺の指で組長さんの事想像してるとか?」
「…想像してない、とは言いませんが、あなたの指に動きが…あぁ、ソコは…触れないで下さい」

潤の指が前立腺を掠ってしまったらしい。

「組長さんの為に、良い場所はとっておかないとね」
「…場所なんて、もう覚えてもないんでしょうけど……」

時枝の声が鼻に掛かっていた。
睦み合った記憶も、今直ぐにでも抱き合いと思う愛情も欲望も、自分だけの一方通行なのかと思うと、ドドッと時枝に哀しみが押し寄せて来た。

「直ぐに思い出すよ。ココ、きっと俺のより柔らかだし、包まれたら、気持ちイイって分るよ。俺も男だから。…今更だけど、時枝さんに嫉妬感じちゃうな」

時枝のテンションの低さを盛り上げようと、潤がふざけるように言った。

「私に嫉妬?」
「黒瀬、この中に入ったこと一回じゃないだろ?」
「なっ、…潤さまッ」

時枝の顔が、一瞬で真っ赤になる。

「はは、思い出させてしまった? 黒瀬のって大きいだけじゃなくて、横に張ってるから凄いだろ? 組長さんに負けてないと思うけど」

時枝の中から、潤が指を抜きながら言う。
もうソコは、十分に解れていた。

「…何をあなたはっ、…自慢しているんですかっ。―――その節は、申し訳ございませんでした。私が不甲斐ないばっかりに…社長のその…まあ、私にとっては、犬も社長も同じレベルでしたけど」
「犬? ユウイチじゃないくて、犬だよね…。ゴメン、嫌な事思い出させて。そんなつもりで言ったんじゃないんだ…本当にごめんなさい」
「謝る必要はありません。嫌な思いはしていませんよ。それより、今の私は…」
「組長さんの事で、頭が一杯?」
「その通りです」

潤が時枝の足を閉じようとした。

「広げたままにしておいて下さい。自分では広げられないので、このままで。オムツも必要ありません。毛布だけ掛けて下さい」

スタンバイOKといった状態で、時枝は勇一を待ち受ける気らしい。

「あのさ、時枝さん」

毛布を掛けながら、潤が時枝を見た。

「何でしょう?」
「冷静に考えて、…そのどうやって組長さんを襲うのかなって、ちょっと疑問に思ったんだけど」
「もちろん、気迫です」

真面目な顔で時枝が言った。

「え?」
「冗談ですよ。社長がどうとでもするでしょ。あの人、こういう事なら喜んで手伝うタイプの人間ですから」
「そうだよな。黒瀬、優しいから」

違う、優しいからじゃない、と時枝は瞬時に思った。
が、そこを否定しても潤には通じないと分っているので時枝は不本意ながらも笑顔で頷いた。

その男、激情!57

「失礼します」
「…お待ちしてました」

翌日、潤は時枝の病室を一人で訪れた。
訪問の目的が目的なだけに、照れ臭かった。

「佐々木さんは?」

時枝と目を合わせずに訊いた。

「組で仕事中です」
「…時枝さん、その、俺なんかでいいんですか? 普段してもらう側だし、黒瀬の方が上手いと思うけど」
「社長? 論外です」

きっぱりと言い切った。

「私の負担は、潤さまの方が分るでしょ?」
「…本当に、組長さんとヤる気なの?」
「顔を見るだけで済むはずが…ない…」
「愛してるんだ」
「そうですね。残念ながら、今は片想いのようですけど…。この動けない身体でも彼を強姦してやりたいぐらいには」

もう、愛、なんていう生易しいレベルじゃないのかも知れない。
多分自分は狂っているのかも知れない。
こんな身体で、自分を殺そうとした男と、交わりたいと思うぐらいには、狂っている。
ふ、と溜息とも笑みとも取れる声を洩らし、時枝が虚ろな目で天井を見る。
その顔に、潤の胸が締め付けられる。
時枝にとっての地獄は、勇一の手により死ぬことじゃなく、勇一と会えないまま一生を終えることなんだろう。

「いいよ、やろう。時枝さんには組長さんを襲う権利あるよ」

照れている場合ではないと、思った。
時枝に掛けられている布団を足首から一気に捲った。
短い丈の寝巻は太腿の付け根までしかなかった。
その下に二本伸びる時枝の脚。
一本は酷い火傷痕、一本は白い包帯が痛々しく巻かれていた。
直接間接の違いはあるが、どちらも勇一に関係のある傷だ。

「…腹が立つ、…俺、あの人が全部思い出したら、殴る」
「程々に、」

殴るなとは言わなかった。
腹を立てている部分も少なからずあるのだろう。
ただ、会いたいと想う気持ちの方が強いだけで。

「足、少し動かすね」
「どうぞ。痛みはさほどないので、お気遣いなく」

手術直後に医者が言っていた言葉を思い出す。
もし、このまま時枝が歩けなくなったら、絶対に勇一を許すものかと潤の怒りが一段と強くなる。
勇一も、今の『橋爪』になるまで、生死を彷徨い、過酷な時間を過ごしてきたと思う。
だが、どうしても側で見てきた時枝に潤は同情を覚えてしまう。
片足を抱え、ゆっくりと開いた。

「…あ、」

時枝のイメージにないものが、潤の視界に飛び込んできた。

「初めてではないでしょ? 社長もあの時、していましたから」

時枝の股間を覆う大人用のオムツ。
当然と言えば当然だ。
自力でトイレに行けない以上、看護師が下の世話をするのだから。
黒瀬が以前、潤を助ける為にチンピラどもに薬漬けにされたことがあった。
その時、中毒症状から抜ける迄の間、着用していた。

「管を通されてないだけ、マシです。どうぞ、遠慮無く脱がせて下さい」
「一気に脱がすね」

こういうことは、気兼ねすると、余計な羞恥を呼ぶ。 
一緒に風呂に入ったことも、黒瀬と二人で時枝の身体を慰めたこともある。
時枝が自分相手に羞恥など感じることはないのかもしれない。

「先程、身体を看護師に拭いてもらったばかりですが、さすがに中までというわけにはいきませんので…ゴムを使って下さい。指が汚れますから」
「ソコを気にするの? 今更じゃない? でも、時枝さんが気になるなら使うね。その為にじゃないけど、持って来てるから」
「…それ以外に必要ありますか?」
「え? もしかして、組長さんに生でさせる気だった、とか言う?」
「…はい、問題ないでしょ。全てが…欲しい」

絞り出すような時枝の声に、潤はドキッとした。
一滴残らず全部欲しいとその声は語っていた。

その男、激情!56

黒瀬の携帯に、時枝から電話があったのは、橋爪を名乗る勇一が、ユウイチの攻撃によりのびた後だった。
ユウイチの舌は、大人のオモチャよりタチが悪かった。
バイブにせよローターにせよ、動きにはパターンがあるが、ユウイチの舌にはそれがない。
予想の付かない舌の動きに、勇一は何度イッたか分からなかった。
終いには、勇一も分身も消耗の為、首を下げたまま動かなくなった。
そこで、やっと勇一は黒瀬の羽交い締めからも、ユウイチの舌からも解放された。

「あれ、佐々木じゃないんだ。 時枝か。…頼み? そろそろ兄さんに会いたくて痺れを切らしたところとか? …そう、でも、あの人、どうしても自分を桐生勇一とは認めたくないみたいだから、時枝を殺しに掛かると思うけど。ふふ、殺されたい、って所かな? 今直ぐは無理だけど、ユウイチと遊び過ぎて、時枝の好きな所が使い物にならないから。明日なら連れて行けるよ。…潤? …殺される前に、兄さんを食べようっていうの? …俺が準備してやってもいいけど? ふふ、冗談。潤に必要なモノを持って先に行かせればいいんだね。血の海になりそう。清掃員も手配しておいてあげるよ」

黒瀬が携帯を閉じると、一仕事終えたユウイチに、食事を与えていた潤が「どういうこと?」と明らかに怒った顔で訊いてきた。

「時枝さんを殺させる為に、組長さん病院に連れて行こうっていうのかよ」
「ふふ、潤、怒ってる? 時枝は死んでもいいみたいだよ。死んでもいいから、会いたいって所じゃない? 潤、気付いてる?」
「何を?」
「お猿もゴリラも直に会ったというのに、もちろん私と潤もだけど、時枝だけがまだ兄さんを見てもなければ、もちろん会ってもいないってこと」
「…あ、」

潤の中に、キュッと心臓が縮むような切ない感情が湧き上がった。

「そんな顔しないで、潤。ふふ、時枝とリンクしちゃった?」
「…そうだよね。生きているって分かって、それもこんなに近くにいるんだから、会いたいに決ってる。どんな組長さんでも、元気な姿を確認したいよね」
「それだけじゃないよ。時枝、兄さんの身体も欲しいみたい。ふふ、自分のこと覚えてない男とセックスしたいなんて、一般常識を振り翳していた男とは思えないけど」
「…でも、…俺、……時枝さんの気持ち解る。自分のこと覚えてなくても、…組長さんは髪の毛から足の爪まで、時枝さんには全部愛しい組長さんなんだよ。あんな状態でも、組長さんを自分の身体で感じたいんだ……」

黒瀬が潤の頭を掌で包み込むように撫でる。

「時枝の気持ち悪い乙女心を理解出来るなんて、さすが私の潤」
「…気持ち悪いって…、まあ、確かに昔の時枝さん想像すると、似合いはしないけどさ」
「潤、大事な仕事、任せてもいいかな? 潤にしか頼めない仕事」
「仕事? 俺にしかできない? もちろん!」

黒瀬の役立つ人間になりたい、と常日頃思っている潤にとって、黒瀬からの頼まれ事はとても嬉しい。
嬉々として、返事をした。

「時枝の身体の準備をしてやって。まだ手もろくに動かせないだろうから」
「それって、時枝さんの後ろを…」

昔、薬物の影響を受けた身体を、潤は時枝に助けてもらったことがある。
そのことをふと思いだした。

「ふふ、浮気にはならいから、安心して」
「浮気? あ、考えてもなかった。だって、時枝さん相手だし…でも、俺でいいの?」
「潤だと、時枝も安心して身体預けられるだろ?」
「だと、嬉しいけど。時枝さんにはイロイロと助けてもらってるし」

黒瀬には言えないが、その時の恩返しが出来るチャンスだと潤は思った。

その男、激情!55

***

 

「調子はどうですか?」

時枝の病室。
朝食を終えたばかりの時枝の元に、佐々木が顔を見せた。
時枝が寝付くまで大喜と二人で側にいた佐々木だったが、深夜には本宅へ大喜と二人戻った。
朝一番で組に顔を出し、若い衆に時枝の様子を伝えがてら一日の指示を出し、時枝のいる病室に戻ってきた。

「悪くない。朝から楽しい夢を見た」
「楽しい夢、ですか?」
「ああ。愉快な夢だった」

クスッと、時枝が思い出し笑いをする。

「どんな内容か、訊いても構いませんか?」
「構わない。ユウイチが、あのアホの急所に噛付いた」
「…急所って、タマ、ですよね?」

佐々木は、思わず自分の股間に手を当てた。

「ああ、タマだけじゃなく、竿もだ。ハハハ、こんな愉快な事あるか。ざま~みろっ」
「ヒエェッ、」

股間を押さえた佐々木が、顔を顰(しか)めた。

「佐々木? あなたが痛がってどうするんですか? 夢の話ですよ、夢」
「だけど、組長~、同性として痛みを想像できるじゃないですか」
「そうですか? 私はできませんけどね。あのアホの顔がおかしくて、スッキリとした朝を迎えられましたよ」
「…組長の気分がいいのなら、それに越したことはありませんが…。それにしても」

なんと惨い夢を…と、佐々木は腹の中だけで続けた。

「夢に関係しているわけではないが、佐々木に頼みたい事がある」

時枝の顔から笑みが消えた。
真面目な内容だろう。

「何なりと、どうぞ」
「勇一を。此処に連れてきて欲しい」
「ユウイチでしたら、今、ボンのマンションに預かってもらってます」
「違うっ、そっちじゃない。人間の勇一だ。会いたいんだ。どんな勇一でもいいから、今直ぐに会いたい。俺を殺したいなら、殺せばいい」

思いよらぬ内容に、佐々木が仰天した。

「バカな事、仰有らないで下さいっ!」
「バカな事? …俺だけが会ってないんだ。早く会いたいと思って何が悪い。勇一が俺を殺した後、お前達が勇一を始末しろ。そうすれば、あの世で、一緒に居られる」
「時枝…組長ッ、…駄目ですっ、そんな心中みたいな話。やめて下さいっ。二人揃って、この世で幸せを探して下さいっ」
「…そうか、佐々木は俺の言うことなど、きけない…か。…所詮、俺は――私は、お飾りの…組長だったてこと…ですか…」
「違うでしょッ。アッシは、時枝組長が大事なんです。幸せになって欲しいだけです!」

水分を目と口から飛ばし、佐々木が感情的に反論する。

「分かった…。悪かった…言い過ぎました」

時枝が佐々木から顔を反らし、窓の方を向いた。
そのまま、時枝は喋らなくなった。
佐々木は、どうしたらいいのか正直分からなかった。 
時枝の勇一に会いたいという気持ちが、痛い程分かる。 
二つ返事で希望を叶えてやれない自分が、二人を引き裂く極悪人のように思える。
だが、勇一に時枝を殺させるような真似だけは、絶対させてはならない。
これ以上の悲劇はもう沢山だった。

「…佐々木、悪いが携帯を武史に繋いで欲しい」

しばらく窓の外を眺めていた時枝が、佐々木に話し掛けた。

「ボンにですか?」
「ああ。用事を思い出した」
「わかりました」

佐々木が自分の携帯から、黒瀬の番号を呼び出すと、時枝の耳の横に携帯を添えた。

「もしもし、…いえ、時枝です。…頼みたいことが。…ええ、全くあなたには呆れさせられますね…毎度毎度。…頼む必要もなかったですか? …そうですか…、じゃあ、彼を準備にお借りしても? …あなたの手よりマシですから」

この会話の内容を、佐々木が勇一関連の事だと推測できたなら、きっと途中で携帯を取り上げただろう。
幸か不幸は、佐々木は仕事の話だと思って会話に注意を払っていなかった。

その男、激情!54

「ふふ、乳首が感じ過ぎて、我慢できないんですか? こらえ性がないですね。ユウイチ、一番好きな場所にお行き」

乳首からユウイチが顔を離す。
強く吸われたので、橋爪の左右両方の乳首は乳輪部分から赤く腫れていた。
ユウイチを喜ばせたいのか、潤がもう一度橋爪の局部にサイドからユウイチスペシャルを吹きかけた。
シュッと舞い上がった霧状の大好物に、ユウイチがキャンと歓喜の鳴声をあげ、短い尾を懸命に振りながら、橋爪の局部に鼻先を付けた。

「知ってる匂いだろ?」

潤の問い掛けに、利口な犬は「キャ、キャン」とはしゃいでみせた。

「ユウイチだって、兄さんだと分るのに、本人が情けない殺し屋気取りだから、ふふ、笑える」
「黒瀬、そこは普通、笑えない、だろ」
「どうして? 愉快じゃない。兄さんの記憶を司る海馬は、ユウイチの嗅覚以下だってことじゃない? ふふ、ユウイチより脳機能が下?」
「ううん、そう言われてみれば、そうかも。犬だって三日餌をもらった恩は忘れないって言うけど…組長さん、あんなに時枝さんの世話になっていて…忘れるなんて…」
「ふふ、まあ、人のことは言えないけど」

黒瀬の目が翳(かげ)るのを潤は察知した。

「黒瀬は薬物のせいだから、違うだろ? それに忘れていても、俺をペットとして気に入ってくれたじゃないかよ。でも、組長さん、殺そうとしたんだぜ。犬以下だよ」

しばし、黒瀬と潤は、橋爪の状態を無視し会話を続けた。

「犬以下だろうが最低だろうが、何だっていいっ! んぁあっ、バカ犬ッ、そんな場所に舌使うなっ、」

ユウイチが、双珠を左右交互に舐めていた。
舌の動きで揺れる珠が楽しいらしく、掬い上げるように舐めては、舌を離していた。

「時枝から仕込まれているから、最高でしょ?」
「最低だっ! あの眼鏡の神経質そうな男にこんな趣味があったとはなッ」

バシッと橋爪の頬が鳴る。

「何しやがるッ!」

潤が橋爪の顔を引っぱたいたのだ。

「潤? うふふ、」

これには、黒瀬も驚いた顔をした。
しかしその表情は、かなり嬉しそうだ。

「時枝さんが、必死で克服した事を最低とか言うなっ!あんたがしっかりしてないから、あんな残酷な目に遭わせたんだろっ! 犬と仲良くなるってことが、時枝さんにとってどんなに辛い事だったかっ。あんた全然覚えてないくせに、時枝さんを侮辱するなっ。この最低男っ」

今度は反対側の頬に、潤の手が飛んだ。
潤の啖呵に、黒瀬は満足げな表情を浮かべ、橋爪の双珠を舐めていたユウイチが橋爪を見上げ、潤を支持するように小さな牙を剥いて見せた。
一つ、橋爪が分かったことは、時枝は犬に対して一種のトラウマを抱えているということだ。
『好きなはずない。あんな残酷な目に遭わされて……覚えてないなら、いい』と潤が先程も言っていた事からすると、間違いない。
…だが、それと俺とは関係ない。
どうして、何もかも俺のせいにされなきゃならない。
…この犬が夢に出て来たことに、意味があるっていうのか? 
…バカな、俺はあいつも、こいつらも知らないんだっ!

「ふふ、兄さん、潤を怒らせない方がいいですよ。ユウイチは潤が好きですからね。噛まれますよ、ソコ」

夢の中で噛みつかれた時の激痛を思い出し、橋爪の身体が震えた。

「ユウイチ、牙はいいから、組長さんの先端をどうぞ。溝に、大好物が溜まっているよ」

潤が、ユウイチの頭を撫でながらユウイチの舌をもっとも敏感な場所に誘導した。

「う、わぁ、 …覚えてろよ、クソ犬にクソガキに、ド変態っ、あう、…このヤロゥウッ!」

その男、激情!53

「ヤメロッ」
「ヤメロと言われて止めるはずないでしょ? あなた、本当に、バカになって戻ってきましたね」

橋爪の首から太腿の内側まで、潤が余す所なく容器の中身を振りかけた。
甘ったるい匂いが、橋爪の身体から立ちのぼり、部屋中に広がった。

「その液体は何だっ!」
「ココナッツミルクに蜂蜜とバターを入れたものを小型犬専用のミルクに混ぜ、少しだけマカの粉末をブレンドした、ユウイチスペシャル」

潤が笑顔で丁寧に説明をした。
橋爪の身体から漂う甘い香りに、ユウイチは期待で背中をブルブル震わせていた。

「ユウイチスペシャルだとぉおっ! ふざけるなッ。そんなもの俺に振りかけて、何をする気だっ!」

躾されている犬は『その時』を、まだか、まだかと待っている。

「分かっているくせに、確認してどうするんです? やはり、バカになって戻ってきましたね」

自分の見当が100%当たっていることは、もちろん橋爪自身も分かっていた。

「うるせぇっ、…この野郎っ、放せッ」

無駄と分かっていたはずの抵抗を、今更ながらに橋爪が始めた。

「大丈夫、あなたの夢に出て来たユウイチは知りませんが、このユウイチは、ソーセージに齧り付くより、ペロペロ舐める方が好きですから。ふふ、機嫌さえ悪くなければあなたのその存在理由のない箇所を、噛みついたりしませんから」

噛む噛まないの問題じゃないだろ。
犬に舐められるなんて冗談じゃない。
しかも、存在理由がないって、どう意味だっ。

「コケにするにも程がある。犬なんかに俺の大事な場所を提供できるかっ」
「犬なんかって、失礼だろ。組長さんが居ない間、このユウイチがどれだけ組長さんの代わりに時枝さんを慰めたと思ってるんだよ。あんたなんかより、よっぽどいい仕事するんだよ。何が大事な場所だよ。時枝さんに使う気がないなら、ホント、存在理由ないから。ソレ」

切れ気味に言いながら、潤がユウイチの側に寄る。

「ユウイチ、君の凄さを思い出させてやって」

ユウイチの背中を潤が「GO!」という掛け声と共に押した。

「シッ、シッ! 退けッ!」

黒瀬に羽交い締めされた橋爪の上半身に、ユウイチがよじ登るように前足を掛け、ペロペロと大好物のユウイチスペシャルを舐め始めた。

「擽ったいっ、ヤメロッ」

犬のざらつく舌に、ゾワゾワッと肌が粟立つ。

「ひっ、俺はお前の母親じゃないっ! そんな所、吸うなッ」

橋爪の胸の尖りを舌先で探り当てたユウイチが、チューッと吸引を始めた。

「ふふ、時枝の胸と勘違いしているのかも」
「黒瀬、それはないよ。時枝さんと組長さんじゃ体臭が違うから。きっと、ユウイチ、前に組長さんの乳首、吸った事があるんだよ」
「有り得るね。二人のベッドにユウイチも上がっていたからね。時枝だけじゃなくて、兄さんとも仲良しこよしだったのかも」
「てめぇら、勝手なこと言ってないで、この犬、何とかしろっ!」

乳首が伸びるほど吸われ痛い。
キンとした痛みが走る。 
痛いだけならまだ許せるが、我慢ならないのがそこから変な疼きが下半身に伝達することだ。

「何とかしろ、って、橋爪さんユウイチの愛撫に、興奮しているじゃないですか」

ナニっ、と視線を落とすと、朝の現象で形を変えていた物が、更に角度を上げ、先端からは露を零している。

「っる、せーっ。このバカ犬、サッサと俺から離れろッ!」

羽交い締めにされた上半身は、大して捩れもしないのに、橋爪は身体をくねらせた。

その男、激情!52

「問題あるだろうがっ。あの潤とかいうのと、お前、できてるんだろうが!」
「だから? ふふ、潤の見ている前で、時枝にも挿れたことありますよ?」
「てめぇえっ」

カッと頭に血が上る。

「また怒る。昨日も時枝の話でカッカしてましたね。そこ、橋爪さんが怒るところですか? 兄さんが怒るなら分かりますけど」

そんなこと百も承知だ。
自分でも何故怒りが湧いてくるのか分からない。
ターゲットが誰にケツを掘られようが知ったこっちゃないはずだ。

「時枝のことより、自分の心配した方がいいんじゃないですか?」
「なッ!」

黒瀬の脚が橋爪の脚に絡み付き、左右にグッと広げられた。

「脚が長いと、何かと便利ですよね」

大股開きの状態だ。
剥き出しの中心にヒンヤリと冷たい空気が纏わりつく。

「ふふ、どうです。下半身を無防備に晒され、後ろは犯される一歩手前の状況」

押しつけられた物が、ムクムクと動く。

「勃起しているのか? てめぇは、誰にでも勃起する節操なしかっ!」
「嫌だな。そんなはずないでしょ。潤の顔を思い浮かべただけで、反応するんですよ。ふふ、申し訳ないですが、橋爪さんの尻に欲情する変人は、あなたが殺そうとした時枝ぐらいですよ」
「なら、ソレを間違っても俺に使用するなよっ」
「どうして?」

会話にならない。

「どうしてもだっ!」
「嫌がる事しないと、お仕置きにならないじゃないですか? あなたが昔、潤にしたことを思えば、時枝の報復関係なくても、嫌がらせとしてこの分身を使ってもいいと思いますが」
「俺は橋爪だ。お前のイロに何かした覚えはない」

黒瀬の先端が濡れてきているのを感じる。
本当にやる気なのか、と橋爪が焦る。

「ふふ、殺し屋さん。もしかして、怯えてます? 冗談ですよ。コレ、使用したらベッドが血で汚れますから。潤の血なら歓迎ですけど、あなたの血はごめんです。それよりも…」

バタバタバタと音がして、犬――トイプードルのユウイチが駆け足で戻って来た。

「ユウイチだけ? 潤はまだかな」

ぴょんとベッドに飛び乗ると、橋爪と黒瀬の絡み合った左右の脚を、交互に飛び越し遊び始めた。

「お待たせ」

今度は潤だ。
手にプラスチック製のスプレー容器を握っている。

「冷蔵庫に入れてあったので、人肌に温めてきた」
「潤は優しいね。冷たいままでもよかったのに」
「それだと、ユウイチが可哀想だろ? 時枝さんと離れているだけで精神的に凄く不安だと思うのに、そのうえ冷たい物なんか舐めさせたら、腹壊すよ」

二人の会話で、橋爪は黒瀬のいうお仕置きが何であるか、おおよその見当が付いた。

「そのチビを降ろせっ!」
「チビって、ユウイチですか? ふふ、何が始まるか、もうお分かりのようですね。潤、ユウイチが満足できるようにタップリと掛けて」

潤もベッドに上がる。
手にしていたスプレー容器を橋爪に向けて構えると、ユウイチに待てを命じた。
ユウイチがベッドの端にちょこんと座ってキャンと鳴く。
嬉しそうに指示に従うのは、ユウイチにもこれから何が始まるか分かっているからだろう。

その男、激情!51

「クゥウウッ」
「何するんだよッ!」

同じ犬だった。
夢に出て来たのと全く同じ犬だった。

「ユウイチが可哀想だろっ。酷い事するなよ」

潤が犬を抱きかかえ、橋爪を睨んだ。
犬も敵意むき出しで、橋爪に向かってキャンキャン吠えている。

「酷い? こいつは人の大事な一物を食い千切ろうとしたんだぞっ」

怒鳴った後、しまったと思った。

「ふ~ん、兄さん夢の中でユウイチにねぇ。ふふ、ユウイチが兄さんのソレをね~。こんな可愛い犬に怯えて跳ね起きたとは、殺し屋になっても、情けなさは相変わらずですね。安心しましたよ」
「そうだよ。ユウイチ、夢じゃなくて、本当にがぶっと噛みつけ。…あれ、夢にユウイチが出てきた? それって…」

潤がユウイチを抱えたまま考え込む。

「ふふ、氷が溶け始めているのかも、ね」
「勝手なことを抜かすなっ! だいたい、どうして、お前たちが俺と一緒に寝ているんだっ! 変な犬まで連れ込んで。だから、奇妙な夢を見たんだっ! だいたい、ユウイチって、何だ! 前の桐生の組長は、犬だったのかッ? は?」

冷静な殺し屋のはずが、なぜ、こんなに興奮しているのか。
客観的に理論的に対応したいのにできない。
ユウイチ、という音にも、この小さな生き物にも何故か感情が乱される。
向きになって反論すること自体、大人げないと思いながら、橋爪は自分を止められなかった。

「家族水入らず、楽しいじゃないですか。誰かさんのせいで、潤も私も休暇中ですしね。ふふ、そうだ、時枝を虐めた兄さんに時枝に代わってお仕置きをしてあげましょう。残念ながら、時枝は当分動けませんし」
「兄さんって、呼ぶのはやめろっ。俺はお前の兄でも家族でもないっ」
「はいはい、橋爪さんでしたね。では、時枝を殺そうとしてしくじった腕の悪い殺し屋さんに、それ相応の報復ということで」

ちょっと失礼、と黒瀬がベッドの上を動く。

「な、んだっ」

油断していたわけじゃない。
黒瀬の動きに視線は這わせていた。
が、黒瀬の目的を阻止するには、いささか頭も体も寝ぼけていた。
橋爪は上半身を背後から羽交い締めにされた。

「この体勢で暴れても無駄だって分かっているでしょ? ふふ、それは楽しいお仕置きですから、心配無用ですよ」

自分の頭部の後ろから響く黒瀬の声が、本当に愉快そうなのが腹立たしい。
バタバタ暴れる気など、羽交い締めにされた段階でなかった。
体力を消耗するだけ無駄だと言われなくても分かっている。
隙のない人間相手に藻掻いても意味が無い。
ど素人相手みたいに、念を押されたこともバカにされたようで、橋爪には面白くなかった。

「潤、ユウイチお気に入りのアレ、うちにもあったよね?」

オモチャの銃でバカにされ、髪は切られ、次は何だっていうんだ。

「お仕置きって、そういうこと? 黒瀬、さすが! 冷蔵庫に入ってるから取って来る」

潤が犬を抱えたまま、ベッドから飛び降りると、その部屋から小走りで出て行った。

「言えっ。一体何をするつもりだ!」
「言ってるじゃないですか。楽しいお仕置きだって。ふふ、あなたが嫌がりそうなことですよ。でも、嫌いじゃないはず」

黒瀬が上半身を羽交い締めしている橋爪の背中にピタっと貼り付け、橋爪を挟む形で脚を投げ出した。

「オイッ!」

黒瀬は裸の橋爪とは違い、潤とお揃いでバスローブを着ていた。
開いた足のせいで前がはだけたらしく、何やら生温かいものが橋爪の尻の溝にあたる。

「変なもの押し付けるなっ! …お前まさかっ」
「まさか、何ですか?」

グリグリと尻の割れ目に食い込ませるように、生温かい物が押し付けられる。

「お前は、俺をっ、…いや、そんなはずは…。兄、だと…」
「ふふ、そんなはず、ありかもしれませんよ。ふふふ、橋爪さん、兄さんではないんでしょ? だったら、問題ない」

常識が通用する男ではないと分かっていたが、ここまでとは思わなかった。