その男、激情!55

***

 

「調子はどうですか?」

時枝の病室。
朝食を終えたばかりの時枝の元に、佐々木が顔を見せた。
時枝が寝付くまで大喜と二人で側にいた佐々木だったが、深夜には本宅へ大喜と二人戻った。
朝一番で組に顔を出し、若い衆に時枝の様子を伝えがてら一日の指示を出し、時枝のいる病室に戻ってきた。

「悪くない。朝から楽しい夢を見た」
「楽しい夢、ですか?」
「ああ。愉快な夢だった」

クスッと、時枝が思い出し笑いをする。

「どんな内容か、訊いても構いませんか?」
「構わない。ユウイチが、あのアホの急所に噛付いた」
「…急所って、タマ、ですよね?」

佐々木は、思わず自分の股間に手を当てた。

「ああ、タマだけじゃなく、竿もだ。ハハハ、こんな愉快な事あるか。ざま~みろっ」
「ヒエェッ、」

股間を押さえた佐々木が、顔を顰(しか)めた。

「佐々木? あなたが痛がってどうするんですか? 夢の話ですよ、夢」
「だけど、組長~、同性として痛みを想像できるじゃないですか」
「そうですか? 私はできませんけどね。あのアホの顔がおかしくて、スッキリとした朝を迎えられましたよ」
「…組長の気分がいいのなら、それに越したことはありませんが…。それにしても」

なんと惨い夢を…と、佐々木は腹の中だけで続けた。

「夢に関係しているわけではないが、佐々木に頼みたい事がある」

時枝の顔から笑みが消えた。
真面目な内容だろう。

「何なりと、どうぞ」
「勇一を。此処に連れてきて欲しい」
「ユウイチでしたら、今、ボンのマンションに預かってもらってます」
「違うっ、そっちじゃない。人間の勇一だ。会いたいんだ。どんな勇一でもいいから、今直ぐに会いたい。俺を殺したいなら、殺せばいい」

思いよらぬ内容に、佐々木が仰天した。

「バカな事、仰有らないで下さいっ!」
「バカな事? …俺だけが会ってないんだ。早く会いたいと思って何が悪い。勇一が俺を殺した後、お前達が勇一を始末しろ。そうすれば、あの世で、一緒に居られる」
「時枝…組長ッ、…駄目ですっ、そんな心中みたいな話。やめて下さいっ。二人揃って、この世で幸せを探して下さいっ」
「…そうか、佐々木は俺の言うことなど、きけない…か。…所詮、俺は――私は、お飾りの…組長だったてこと…ですか…」
「違うでしょッ。アッシは、時枝組長が大事なんです。幸せになって欲しいだけです!」

水分を目と口から飛ばし、佐々木が感情的に反論する。

「分かった…。悪かった…言い過ぎました」

時枝が佐々木から顔を反らし、窓の方を向いた。
そのまま、時枝は喋らなくなった。
佐々木は、どうしたらいいのか正直分からなかった。 
時枝の勇一に会いたいという気持ちが、痛い程分かる。 
二つ返事で希望を叶えてやれない自分が、二人を引き裂く極悪人のように思える。
だが、勇一に時枝を殺させるような真似だけは、絶対させてはならない。
これ以上の悲劇はもう沢山だった。

「…佐々木、悪いが携帯を武史に繋いで欲しい」

しばらく窓の外を眺めていた時枝が、佐々木に話し掛けた。

「ボンにですか?」
「ああ。用事を思い出した」
「わかりました」

佐々木が自分の携帯から、黒瀬の番号を呼び出すと、時枝の耳の横に携帯を添えた。

「もしもし、…いえ、時枝です。…頼みたいことが。…ええ、全くあなたには呆れさせられますね…毎度毎度。…頼む必要もなかったですか? …そうですか…、じゃあ、彼を準備にお借りしても? …あなたの手よりマシですから」

この会話の内容を、佐々木が勇一関連の事だと推測できたなら、きっと途中で携帯を取り上げただろう。
幸か不幸は、佐々木は仕事の話だと思って会話に注意を払っていなかった。