その男、激情!56

黒瀬の携帯に、時枝から電話があったのは、橋爪を名乗る勇一が、ユウイチの攻撃によりのびた後だった。
ユウイチの舌は、大人のオモチャよりタチが悪かった。
バイブにせよローターにせよ、動きにはパターンがあるが、ユウイチの舌にはそれがない。
予想の付かない舌の動きに、勇一は何度イッたか分からなかった。
終いには、勇一も分身も消耗の為、首を下げたまま動かなくなった。
そこで、やっと勇一は黒瀬の羽交い締めからも、ユウイチの舌からも解放された。

「あれ、佐々木じゃないんだ。 時枝か。…頼み? そろそろ兄さんに会いたくて痺れを切らしたところとか? …そう、でも、あの人、どうしても自分を桐生勇一とは認めたくないみたいだから、時枝を殺しに掛かると思うけど。ふふ、殺されたい、って所かな? 今直ぐは無理だけど、ユウイチと遊び過ぎて、時枝の好きな所が使い物にならないから。明日なら連れて行けるよ。…潤? …殺される前に、兄さんを食べようっていうの? …俺が準備してやってもいいけど? ふふ、冗談。潤に必要なモノを持って先に行かせればいいんだね。血の海になりそう。清掃員も手配しておいてあげるよ」

黒瀬が携帯を閉じると、一仕事終えたユウイチに、食事を与えていた潤が「どういうこと?」と明らかに怒った顔で訊いてきた。

「時枝さんを殺させる為に、組長さん病院に連れて行こうっていうのかよ」
「ふふ、潤、怒ってる? 時枝は死んでもいいみたいだよ。死んでもいいから、会いたいって所じゃない? 潤、気付いてる?」
「何を?」
「お猿もゴリラも直に会ったというのに、もちろん私と潤もだけど、時枝だけがまだ兄さんを見てもなければ、もちろん会ってもいないってこと」
「…あ、」

潤の中に、キュッと心臓が縮むような切ない感情が湧き上がった。

「そんな顔しないで、潤。ふふ、時枝とリンクしちゃった?」
「…そうだよね。生きているって分かって、それもこんなに近くにいるんだから、会いたいに決ってる。どんな組長さんでも、元気な姿を確認したいよね」
「それだけじゃないよ。時枝、兄さんの身体も欲しいみたい。ふふ、自分のこと覚えてない男とセックスしたいなんて、一般常識を振り翳していた男とは思えないけど」
「…でも、…俺、……時枝さんの気持ち解る。自分のこと覚えてなくても、…組長さんは髪の毛から足の爪まで、時枝さんには全部愛しい組長さんなんだよ。あんな状態でも、組長さんを自分の身体で感じたいんだ……」

黒瀬が潤の頭を掌で包み込むように撫でる。

「時枝の気持ち悪い乙女心を理解出来るなんて、さすが私の潤」
「…気持ち悪いって…、まあ、確かに昔の時枝さん想像すると、似合いはしないけどさ」
「潤、大事な仕事、任せてもいいかな? 潤にしか頼めない仕事」
「仕事? 俺にしかできない? もちろん!」

黒瀬の役立つ人間になりたい、と常日頃思っている潤にとって、黒瀬からの頼まれ事はとても嬉しい。
嬉々として、返事をした。

「時枝の身体の準備をしてやって。まだ手もろくに動かせないだろうから」
「それって、時枝さんの後ろを…」

昔、薬物の影響を受けた身体を、潤は時枝に助けてもらったことがある。
そのことをふと思いだした。

「ふふ、浮気にはならいから、安心して」
「浮気? あ、考えてもなかった。だって、時枝さん相手だし…でも、俺でいいの?」
「潤だと、時枝も安心して身体預けられるだろ?」
「だと、嬉しいけど。時枝さんにはイロイロと助けてもらってるし」

黒瀬には言えないが、その時の恩返しが出来るチャンスだと潤は思った。