その男、激情!51

「クゥウウッ」
「何するんだよッ!」

同じ犬だった。
夢に出て来たのと全く同じ犬だった。

「ユウイチが可哀想だろっ。酷い事するなよ」

潤が犬を抱きかかえ、橋爪を睨んだ。
犬も敵意むき出しで、橋爪に向かってキャンキャン吠えている。

「酷い? こいつは人の大事な一物を食い千切ろうとしたんだぞっ」

怒鳴った後、しまったと思った。

「ふ~ん、兄さん夢の中でユウイチにねぇ。ふふ、ユウイチが兄さんのソレをね~。こんな可愛い犬に怯えて跳ね起きたとは、殺し屋になっても、情けなさは相変わらずですね。安心しましたよ」
「そうだよ。ユウイチ、夢じゃなくて、本当にがぶっと噛みつけ。…あれ、夢にユウイチが出てきた? それって…」

潤がユウイチを抱えたまま考え込む。

「ふふ、氷が溶け始めているのかも、ね」
「勝手なことを抜かすなっ! だいたい、どうして、お前たちが俺と一緒に寝ているんだっ! 変な犬まで連れ込んで。だから、奇妙な夢を見たんだっ! だいたい、ユウイチって、何だ! 前の桐生の組長は、犬だったのかッ? は?」

冷静な殺し屋のはずが、なぜ、こんなに興奮しているのか。
客観的に理論的に対応したいのにできない。
ユウイチ、という音にも、この小さな生き物にも何故か感情が乱される。
向きになって反論すること自体、大人げないと思いながら、橋爪は自分を止められなかった。

「家族水入らず、楽しいじゃないですか。誰かさんのせいで、潤も私も休暇中ですしね。ふふ、そうだ、時枝を虐めた兄さんに時枝に代わってお仕置きをしてあげましょう。残念ながら、時枝は当分動けませんし」
「兄さんって、呼ぶのはやめろっ。俺はお前の兄でも家族でもないっ」
「はいはい、橋爪さんでしたね。では、時枝を殺そうとしてしくじった腕の悪い殺し屋さんに、それ相応の報復ということで」

ちょっと失礼、と黒瀬がベッドの上を動く。

「な、んだっ」

油断していたわけじゃない。
黒瀬の動きに視線は這わせていた。
が、黒瀬の目的を阻止するには、いささか頭も体も寝ぼけていた。
橋爪は上半身を背後から羽交い締めにされた。

「この体勢で暴れても無駄だって分かっているでしょ? ふふ、それは楽しいお仕置きですから、心配無用ですよ」

自分の頭部の後ろから響く黒瀬の声が、本当に愉快そうなのが腹立たしい。
バタバタ暴れる気など、羽交い締めにされた段階でなかった。
体力を消耗するだけ無駄だと言われなくても分かっている。
隙のない人間相手に藻掻いても意味が無い。
ど素人相手みたいに、念を押されたこともバカにされたようで、橋爪には面白くなかった。

「潤、ユウイチお気に入りのアレ、うちにもあったよね?」

オモチャの銃でバカにされ、髪は切られ、次は何だっていうんだ。

「お仕置きって、そういうこと? 黒瀬、さすが! 冷蔵庫に入ってるから取って来る」

潤が犬を抱えたまま、ベッドから飛び降りると、その部屋から小走りで出て行った。

「言えっ。一体何をするつもりだ!」
「言ってるじゃないですか。楽しいお仕置きだって。ふふ、あなたが嫌がりそうなことですよ。でも、嫌いじゃないはず」

黒瀬が上半身を羽交い締めしている橋爪の背中にピタっと貼り付け、橋爪を挟む形で脚を投げ出した。

「オイッ!」

黒瀬は裸の橋爪とは違い、潤とお揃いでバスローブを着ていた。
開いた足のせいで前がはだけたらしく、何やら生温かいものが橋爪の尻の溝にあたる。

「変なもの押し付けるなっ! …お前まさかっ」
「まさか、何ですか?」

グリグリと尻の割れ目に食い込ませるように、生温かい物が押し付けられる。

「お前は、俺をっ、…いや、そんなはずは…。兄、だと…」
「ふふ、そんなはず、ありかもしれませんよ。ふふふ、橋爪さん、兄さんではないんでしょ? だったら、問題ない」

常識が通用する男ではないと分かっていたが、ここまでとは思わなかった。