その男、激情!70

切りの関係で、かなり短いです(此処までが三巻です)

***

 

「ボス、香港からたった今コレが」

自宅で息子と遊んでいた台湾マフィア李強の元に、小箱が届けられた。
送り主の欄には、知らない名前が書かれている。
箱を開けてみると、茶色のガラス瓶、カード、それに写真が入っていた。

「パパ、何なの? お菓子?」

写真を見て薄笑いを浮かべた李を見て、息子が箱の中身に興味を示した。
箱の中を覗こうとする息子を制し、中身が見えないよう息子の頭より高い位置に箱を持ち上げた。

「悪いが、仕事関係だ。向こうでケーキでも食べて来なさい」

連れて行け、と箱を届けた男に目配せで命じた。
まだ父親と遊びたかったのか、それとも箱の中身が見たかったのか、しょぼくれたまま、李の息子は部屋を出て行った。
部屋に一人になると、李は改めて箱の中身の確認を始めた。

「劉(りゅう)か」

写真に写っていたのは、自分が日本に送った殺し屋と、そのターゲットだった。
二人が折り重なって倒れていた。

「失敗したと報告が入っていたが、結果相討ちか?」

茶色のガラス瓶を照明に透かして見た。

「…ではなさそうだ」

中に入って居るのは、眼球だった。
ご丁寧にも二つ入っていた。
最後にカードを広げてみた。

『貴公が仕事を依頼した劉(りゅう)は、当方で始末した。死体は既に処理済みだ。眼球だけそちらへお返しする。日本の桐生に何かしら仕掛けた証拠があがったら、その時は貴公と貴公の一族が眼球だけ残すことになるだろう。 緑龍』

手に持っていたガラス瓶を壁に向って投げつけた。
ガラスは砕け、中に入っていた眼球が絨毯の上に落ちる。
転がった眼球が、李を別々の方向から睨み付けていた。

「ハハハ、…ハハハ。グリーン直々に、この俺を抹殺しようというのか」

笑いながら、李の全身は震えていた。

 

その男、激情!69

「勇一、どうした? …社長? 武史っ、何を…したんだっ」
「殺し屋さんを、殺しただけ」
「…ころ、…した…、勇一を? 嘘だっ、そんなはず、」
「ふふ、私が殺すはずないと思った? この人が生きていると、時枝、理性が飛ぶようだから。時枝のせいだよ」
「…俺の、……せい? ……俺が、……殺した?」

明らかに、時枝は正常な思考を失っていた。
混乱し、黒瀬が撃った事実よりも、自分が理由だという黒瀬の言葉が時枝を襲っていた。

「…嫌だっ! 折角戻って来たのにっ! 勇一ッ、勇一ッ、」
「時枝さん、危ないっ、」

時枝が不自由な身体でベッドから乗りだそうとするので、支えていた潤が時枝の胴体に腕を回し、自分の方へ強く引いた。

「勇一っ、…俺の勇一がっ、勇一ィイイイ――――ッ!」

窓ガラスが共鳴するぐらいの時枝の叫び。

「鼓膜が破れる。ウルサイよ、時枝」

黒瀬の言葉など、時枝には届いてなかった。
声が枯れるまで、叫び続け、しまいには、荒い呼吸だけになっていた。

「側に居たいんだろ? 運んであげるよ、時枝」

黒瀬が二つの銃を潤に渡し、潤が支えていた時枝の体をひょいと抱え上げた。

「体中、ぐっしょりだ」

橋爪とのセックスで、かなりの汗を掻いていた。
それだけでなく、顔から胸にかけては流れた涙ですっかり濡れていた。
更に抱え上げた拍子に、橋爪が放った物が時枝からトロトロと流れ始めた。

「すごい量、溜め込んでいたんだ~。そんなに、おいしいミルクとは思えないけど」

黒瀬の手によって、床に倒れる橋爪の上に時枝は降ろされた。
自分が乗っても、ピクリとも動かない体。

「…起きろ、勇一。俺を置いて二度も逝くつもりか? …俺も連れて行けっ、俺を殺しに来たんだろ? なあ、勇一っ、目を開けてくれよ、…酷い男だっ、…イヤだっ、俺も連れて行けっ、俺も、俺もッ…」

叫びすぎて枯れた声で、時枝が訴える。
橋爪の頭を抱えて顔を確認したくとも、それができるほどの腕力が今の時枝にはなかった。
伸ばすのがやっとの腕なのだ。
床に顔を横にした橋爪、その頬に時枝が頬を重ねた。

「…武史、…俺も、……俺も逝かせてくれ。もう、桐生に十分恩は返したじゃないか。頼むっ、俺も…」
「折角助かった命なのに?」
「意味ないだろッ! 何の為に生きなきゃならないんだっ」

時枝の魂の叫びだった。
この数年、踏ん張ってこれたのも、勇一の生死が不明だったからだ。
でも、今は違う。
時枝の目の前で橋爪を名乗る勇一は倒れていた。

「…黒瀬、時枝さんを早く楽にしてあげて。もう、十分頑張ったよ」

潤が黒瀬に銃を手渡した。

「潤がそう言うなら、仕方ないね」

黒瀬が、時枝に銃口を向けた。

「言い残すことは?」
「…ありがとう、武史、潤…感謝している…」

そういうと、時枝は目を閉じた。

「…何いっているんだよっ。俺の方が時枝さんには、言葉に出来ないぐらい感謝しているんだっ! …幸せになってよぅ」

潤の言葉が終わると同時に、パンと乾いた音が再び響いた。
その音と同時に時枝の上半身が倒れ、乗っていた橋爪の身体に重なった。

「――終わった」

潤が黒瀬の側に歩み寄り、黒瀬の肩にもたれた。

「…終わったよ、黒瀬」

ツーッと一筋の涙と共に、潤が静かに呟いた。

「そうだね。これからか大変だけど、潤、大丈夫?」
「……でも、これが始まりなんだろ、」
「そういうこと。そろそろ、煩い猿も来る頃じゃない?」

バタバタと騒がしく音をたて、近付いてくる者がいる。

「黒瀬、どうして分ったんだ? …来たみたい」

足音が止み、ドアが開いた。

「オッサンもココか?」
「佐々木は動物園でメスゴリラと浮気中だと思うけど?」
「動物園? 何の事だよ。車いらないなら、俺帰るぞ…って、時枝のオヤジは?」

時枝を内緒で退院させるから、ワゴン車を持ってこいと大喜は黒瀬に命じられていた。
その当の時枝の姿がベッドから消えている。

「時枝は、こっち」

黒瀬が指さす方へ、大喜が視線をずらす。

「え? …どうなってるんだ? ……まさか」

男が二人、重なって倒れている。

「ふふ、心中ってところかな」
「嘘だろ、…黒瀬さん、二人を殺ったのか?」
「お猿にしては、鋭いね」
「マジ? 嘘だろっ、……死んでるのか?」

大喜は信じられない光景に、慌てるどころか、むしろ冷静になっていた。

その男、激情!68

「グホッ」

潤の暴力は想定外だった。
セックスに溺れている橋爪は、明らかに油断していた。
潤の怒りの鉄拳は、橋爪の左頬にめり込んだ。
それから先は、スローモーションのような時間の流れに、橋爪はいた。
意識のない時枝の身体から、橋爪の身体が離れる。
瞬間、黒瀬が時枝の身体を支えた。
そして、横に半円を描くように落下する橋爪。
ハッと思った時は、病室の床に頭を打ち付ける寸前だった。
咄嗟に右手を床に突いた。
頭は無事だったが、その時、手首にグイっという嫌な音と痛みが走った。
片手で身体を支えきれず、捩ったのだ。

「右手をやられたら、拳銃無理じゃない? 橋爪さん、右利きだし、左で扱えるほど、器用じゃないみたいだし」

黒瀬は、橋爪が手を捻るのを見逃さなかった。

「うるせーっ!」

橋爪が下半身剥き出しの情け無い格好のまま、左手で黒瀬に渡された拳銃を探す。

「潤、時枝をよろしくね」

自分の暴力にショックを受け、呆然としている潤に黒瀬が時枝を預けると、橋爪の側に寄った。

「捜し物はコレでしょ?」

橋爪が持っていたはずの銃と、元々黒瀬が持っていた銃を左右別々に持ち、黒瀬は床の橋爪に向けた。

「そろそろ、遊びの時間は終わりにしましょう。もう、十分でしょ? 殺し屋として、ターゲットを殺せないあなたに、未来はない」
「殺せない? バカな事いうなっ!」
「時枝の身体、ふふ、今のあなたには撃てないでしょ?」
「…そ、そんなことはっ、」

ない、と言い切れなかった。

「仕事をしくじれば命がないのが、あなたの所属している世界でしょう? 二度のチャンスがあったのに、まだ、時枝は生きている」
「銃を貸せ」
「嫌です」

黒瀬が、右手に持った銃のトリガーガードからトリガーに指を移動した。

「はん、最初から、俺を始末つもりだったんだろ」
「時枝も、満足したようだし、もう橋爪さんに生きて頂く理由がないですから」
「最後の晩餐が、あいつのふざけた身体だったというわけか」

橋爪が、潤に身体を支えられている時枝を見た。
意識のない時枝の目から、スーッと一筋、涙が零れていた。
橋爪が自分から離れたことを、意識ないまま嘆き哀しんでいるように見える。

「兄さんだったら、歓迎したんですけどね。橋爪さんでは、時枝が自分を見失うだけですので、ふふ、死んで下さい」

橋爪が目を閉じた。
黒瀬のマンションで同じような状況があったが、さすがに今度はオモチャだった、というオチは用意されていないだろう。
橋爪自身、黒瀬が手にしている拳銃を確認している。
弾は一発。
この距離で黒瀬が外すとは思えない。
前回と違って、感傷に浸ることもなかった。
下半身を晒したままのこんな姿で三途の川を渡るのかと思うと、感傷どころか笑いさえこみ上げて来る。

「薄気味悪い笑いですね。何か、言い残すことはありますか? 李に伝えることは?」
「地獄で会っても声を掛けるな、とでも言っておけ」
「承知しました。ふふ、では、橋爪さん、さようなら」

黒瀬が笑みを浮かべながら、トリガーを引いた。
サイレンサーが効いているのか、パンという乾いた音が小さく響き、そして橋爪が額から血を流し倒れた。

「実に呆気ない。これが、橋爪さんの最後とは」
「…勇一?」

銃声ではなく橋爪が床に倒れた音で、時枝の意識が戻った。
真っ先に勇一の姿を探すと、床に倒れた姿があった。 
その前方では、両手に銃を握った黒瀬が立っていた。 
右手の銃口からは微かに白い煙が上がっている。

その男、激情!67

「…まさかぁ、失神だよ…ね?」

恐る恐る、潤が二人が交わっているベッドに近付いて行く。
橋爪に巻き付けていた手もダラリと落ちている。

「…時枝さん?」

潤が時枝の肩を指でちょんちょんと突いた。

「うるせーっ、邪魔するなッ!」

橋爪が潤を一喝する。

「邪魔してないだろっ。あんた、時枝さんに何したんだよっ! いい加減終わりにしろ!」
「こいつの望み通り、犯してやってるだけだろうが。…なっ、に?」

夢中になりすぎて、橋爪は時枝の意識が飛んでいることに気付いてなかった。
潤に反論され、そこで気付いた。

「…いつだ?」

気付かないのも無理はない。
時枝の中は、動いていた。 
橋爪を締め付け、離すまいと絡むように律動を繰り返していた。
そういえば、勇一、勇一という耳障りな連呼がここ数分止んでいた。

「こんな身体で激しいセックスに耐えられるはずないだろ。誰かさんが蜂の巣みたいに撃ったんだからッ! 終わりにしろよ。時枝さんを殺す気かよ」
「はい? 俺は殺し屋だ。だいたい、誰が望んでこんなバカバカしいことになってるんだ? あ? そんなにお前はこいつの事が分っているか? お前は、そこの変態の事だけ心配してろっ!」
「…少なくとも、殺し屋のあんたより、俺の方が時枝さんのこと、分ってる。どんなに組長さんを愛していたかなど、今のあんたには分らないじゃないかっ!」

そこの変態と呼ばれた黒瀬は、珍しく傍観を決め込んでいる。
潤が橋爪に激しく応戦するのを愛おしそうに見つめていた。

「言いたい事はソレだけか? 指を出せ。いかにお前がこいつのことを理解していないか証明してやるッ!」
「指で、何が証明出来るって言うんだッ!」
「人差し指だけ貸せ。そうすれば、自分がいかに自意識過剰な愚か者か、分るだろうよ」

潤が、ムッと敵意剥き出しの顔をする。
そして、眉間に皺を寄せ、困ったように黒瀬を見た。
黒瀬は、優しく笑みを浮かべた。潤の判断に任せるよ、と言うことらしい。
潤が橋爪に指を出すと、潤の指を自分の雄が収まったままの時枝の孔に這わせた。

「何がしたいんだっ!」
「俺のに沿わせて挿れてみろ」
「俺は時枝さんから、早く抜け、と言ってるんだっ。そんな拷問みたいな真似出来るかっ。あんたじゃあるまいしっ、」

数年前に、橋爪、いや勇一にされたことを潤はリアルに思い出し、身体がゾクッと震えた。

「いいから、サッサと挿入しろッ!」

橋爪が潤の指の関節を持ち、強引に中に押し込んだ。

「…時枝さ…ん、な、んで」

ネットリと絡みついてきた時枝の内壁。
解した時とは明らかに違う律動。
橋爪の雄で広がったソコに、潤の指など辛い存在のはず。
だが、時枝のソコは悦びを見せていた。
潤は、慌てて指を抜いた。

「…意識ないのに、…どうして、」

潤にも分った。
終わりにしたくないのは、むしろ時枝の方なのだ。
意識が飛んでいても、細胞の一つ一つが、愛しい男を離したくないと訴えているのを感じだ。

「…こんなに、組長さんを欲していたんだ。…こんなに、深く……。この三年間、必死で仮面を被って生きていたんだ……くっ、くっ、…うっ」

涙を静かに流しながら、潤が左右の手をギュッと強く握りしめる。
爪の先が皮膚を刺すぐらい固く握った右の拳を振り上げた。

「…くっ、そぉおおッ!」

潤の頭に血が逆流していた。
その昔、ヒースロー空港で黒瀬を平手で叩いた時も、冷静さは残っていた。
怒りに任せ、出せる力の全てを拳に込めた。

その男、激情!66

「振り落とされないように、しっかり掴んでろッ」

時枝の腕を橋爪が自分の腰に回した。
そして、繋がったまま、時枝の腰を持ち上げ自分の足を前に投げ出し、対面座位の体勢をとった。

「これで文句無いだろがっ、」
「――ゆう、いちぃっ、」

上に乗っているため、時枝の顔の位置が橋爪より少し上になる。
時枝が、顔を橋爪の肩に載せ、歓喜の涙を零していた。

「お前の身体は俺の物だ。お前を生かすも殺すも、俺が決めるっ!」

仕事のターゲットではなくなったと言ってるのも同然の台詞。
依頼主の意向に背くとどうなるか、考える余裕が橋爪にはなかった。
ただ、溺れた。
淫乱だと軽蔑していた男の身体に溺れきっていた。
背後でドアが蹴破られる音がしたことも気付かないほど、橋爪も時枝もお互いに溺れていた。

「・・・な、なんてこったぁ…」

蹴破ったのは、もちろん、黒瀬の手により放り出された佐々木である。

「若頭、お願いですっ、俺達の事が可愛くないんですかっ!」

今にも室内に入って来そうな佐々木を、若い衆が身体を張って止めていた。
一歩でも佐々木が中に入れば、明日は冷たい海の中だと、彼等も必死である。

「…組長が…組長に…、」
「もう、邪魔できないよ、佐々木。交尾中の犬と同じだから。ふふ、二人を引き剥がそうとしても、無理だから」
「…記憶が、…戻ったん…ですか?」

上半身だけ、室内へ乗り込ませ、佐々木が恐る恐る訊いた。

「まさか。そう簡単に戻るものでは、ないんじゃない?」
「黒瀬は、俺を思い出してくれたよ?」
「ふふ、私の愛は、海よりも深いからね。世界一、いや、太陽系、ううん、銀河系一、潤を愛してるよ」
「…黒瀬、」

潤が黒瀬の双眸に吸い込まれるように、黒瀬を見上げた。
二人の顔の距離が縮まり、二人の小宇宙が生まれそうになった、まさにその時、

「ストーップ! それどころじゃないでしょっ! 記憶が戻ってないって…じゃあ、あれはっ、強姦じゃないですかっ!」

佐々木は、時枝が橋爪が持つ銃に額を当てた時の短い時間しか、事の成り行きを知らない。
直ぐに放り出されたため、橋爪が時枝を無理矢理に抱いていると思い込んでいた。

「私達の邪魔までしてくれるとは、全く邪魔なゴリラだ」

今にも飛び込んで来そうな佐々木の元まで、黒瀬が進む。

「強姦の定義は何? 時枝が望んでいるんだから、メイクラブじゃないの? ふふ、私が潤を覚えてなくても可愛がっていた時、佐々木邪魔しなかったくせに、時枝の時は邪魔するっていうの? 大いなる矛盾を感じるけど?」
「ボンッ、あの時とは事情が違いますっ! 殺そうとしたんですよっ! 殺されてしまいますっ!」
「ボン? 学習能力のない人間は本当に嫌いなんだけど。腹上死、結構じゃない。ふふ、それはそれで、幸せだと思うけど?」

と言いながら、黒瀬が佐々木の腹に拳を埋めた。

「若頭っ!」

佐々木の下半身を支えていた若い衆が同時に叫んだ。

「君達、ここはいいから、この頭の悪いゴリラを、動物園にでも連れて行ってくれる? それと、ここで見たこと・聞いたこと、全て忘れて。他に洩らしたら…分っているよね?」

失神した佐々木を見下ろしながら、黒瀬が桐生の組員を脅す。
死んだはずの勇一と時枝が合体していたなど、他の組に知れ渡ったら、今の段階ではまずい。

「ハイッ、東京湾でありますっ!」

桐生の組員達は緑龍のことを知らなくとも、本当に黒瀬を恐ろしいと思っている。
ヤクザと言えども命は惜しいので、外部に言いふらすことはない。

「ふふ、正解。では、よろしくね」

佐々木が蹴飛ばし外したドアを黒瀬と潤で元通りにしている間も、ベッドの上では橋爪が時枝を突き上げていた。

「…黒瀬、アレ、」

潤が時枝を指さした。

「本当に、腹上死?」

橋爪に抱かれている時枝の首は、ガクンと前に傾いていた。
口元から涎を垂らし、二つの目は完全に瞼が下りていた。

その男、激情!65

訪れた奇跡だった。
もう、本当に死んでもいい。
欲しければ、こんな命くれてやる。
時枝は肩の痛みを無視し、両腕とも自分の上に被さろうとする橋爪に伸ばした。

「邪魔だ、退けろっ!」

時枝が伸ばした手を振り払うと、傷を負った時枝の上半身に橋爪は手を突いた。

「ぐッ」
痛みに顔をしかめながらも、時枝はその手から受ける勇一の重みさえ、勇一の生存の証だと嬉しかった。

「犯されたいんだろッ、ド変態!」

貶し言葉を吐きながら、勇一が時枝の中に突き進んだ。

「ぅあぁ―っ、ぁああう、ゆう…いっ、」

時枝が、首を左右に激しく振る。
拒絶するように激しく振られた首は、時枝のこの上もない喜びの表われだった。

「ぁあう、勇一ッ、勇一ッ、勇一ィイイイッ!」

『勇一』と呼ぶなと言われたことなど、完全に時枝から消えていた。

「うるさいッ!」

橋爪が、時枝の頬を音が出るぐらい激しく叩いた。
時枝の顔に既に眼鏡はなかったが、それでも強く叩かれれば被害は大きい。
時枝の鼻から赤い筋が垂れてきた。
潤が駆け寄ろうとしたが、黒瀬が止めた。
どうしてだよ、と潤が黒瀬の手を振り払おうした。

「よく見てご覧、アノ顔」

黒瀬が、時枝の顔を指した。
叩かれ腫れた頬、鼻血の垂れた顔、目からは大粒の涙、だが、幸せで堪らないという表情に、潤も納得した。

ズッシリとした熱の塊が自分の中に埋まる感触、それは黒瀬や他の男達とはまるで違う物だった。
初めて自分の中に押し入って来たときから、勇一だけが時枝の心まで満たしていた。
どんなに乱暴に抱かれても、彼だから本能以上の悦びに繋がった。
勇一が消え、黒瀬に乱暴に犯され、桐生の組を率いるようになり、他の男達と遊ぶようになっても、渇ききった心を満たすようなセックスなど一度もなかった。
どんなに激しい交わりでも、無茶なプレイでも、それは虚しさしか時枝に残さなかった。
心がないセックス。
それは、今も同じかもしれない。
だが、違うのだ。
時枝の想いの分、勇一に犯されることは、暴力でもなければプレイでもなかった。

―――なんなんだ、こいつの身体はっ!

時枝が歓喜している一方で、橋爪は時枝の身体に、説明し難い融合感を感じていた。

―――喰われているのは、俺の方か?

溶かされるんじゃないかと思うぐらい、熱い。
ドロドロした物が纏わり付いてくる感じがする。
あくまでも感じるだけで、実際は潤っているだけだろう。
橋爪の経験ではない感触が時枝の中にはあった。

「くっ、…お前、…どうなってるんだっ!」

良すぎるのだ。
今までに突っ込んだどの女よりも、橋爪の雄を興奮させる感触。
いや、感触だけじゃない。
時枝から発せられる汗の匂いも、犯されているというのに、嬉しそうに勃起した先端から漂う時枝の匂いも。
腰の動きが止まらない。
乱暴に突き上げても、もっと激しくと、挑発するようにドロドロの内部が締め付けてくる。
野生の獣そのものに、自分の下に組み敷いた獲物を、ただ、犯したくて堪らない。
突いて突いて突き上げて、息の根を止めたくなるほど。

―――この身体は、俺のものだっ!

「ぁああうっ、…ゆう、…ぃちっ」

時枝が、懲りずにまた手を伸ばす。

「何度言っても分らないやつだっ!」

橋爪が、時枝の両腕を腕を乱暴に掴んだ。

「何をするつもりだ!」

時枝ではなく、潤が怒鳴る。

「うるせーっ、外野は黙ってろ」

橋爪は潤を一喝すると、時枝の傷の状態などお構いなしに、

「来いっ!」

時枝の腕を力任せに引き寄せ、上半身を起こそうとした。
時枝本人の力が入らないその身体は、かなり重く、腕だけで持ち上がるようなものではない。
下手をすると脱臼ものだろう。

「手伝えっ!」

潤と黒瀬に、橋爪は横柄に命じた。

「人使いの荒い人だ。私をこき使うとは、ふふ、高くつきますよ」

黒瀬が潤を促し、二人掛かりで時枝の上半身を起こしてやる。

その男、激情!64

橋爪が何を考えていようと、二人には関係なかった。 
潤は、今すべき、自分の役割を理解していた。
黒瀬が素早く臨戦態勢に入れるよう、黒瀬を挑発するように口を半開きにし、濡れた視線を黒瀬に返した。

「ふふ、私の準備も完了。兄さんの目の前で時枝を犯れるなんて、楽しくてたまらない。あの時の報復が、今頃になって出来るなんてね。状況も似てるし。ふふふ」
「あの時? …アノ償いは、もうしたはずですっ!」
「たったアレだけで? 大丈夫、私は兄さんほど鬼畜ではないから、道具など使わないよ」

黒瀬が、時枝に先端を押し付けた。

「ハッ、嫌ですっ」
「一気に突いてあげるから」

黒瀬が先がグッと中に押し込められた。

「嫌、ヤメロ――ッ!」
「ふふ、久しぶりだけど、時枝のココは覚えてくれているみたいだよ。口ほどには嫌がってない」
「違うっ、勇一の前で変な事言うなっ!」

知られたくなかった。
勇一がいない間に黒瀬と寝たことなど、例え、それが「橋爪」を名乗る男でも、時枝は知られたくなかった。

「ふん、結局、こいつもただの淫乱だってことだろ。だから、自分を殺そうとした俺に犯せとか言えるんだ。変態野郎」

吐き捨てるように、橋爪が言った。

「サッサと突っ込んでやれ。俺に仕事を早くさせろ」

無性にイライラする。
仕事が出来ないからイラつくのか、この馬鹿げた行為を見せつけられるからなのか。
縋るように俺を見る時枝の目が気にくわないからなのか。

「ふふ、ではご要望にお応えして」

黒瀬がチラッと潤を見た後、時枝の内部を突き上げた。

「ヒィッ、勇一ィイイ―――ッ!

時枝の絶叫が、部屋中に響き渡った。
瞬間、橋爪は黒瀬を殴り飛ばしていた。
ベッドから転がり落ちた黒瀬が、切れた口の端を手の甲で拭いながら、橋爪を見上げた。
獣のごとく、どう猛な目をした橋爪が、ベッドの上でファスナーに手を掛けていた。
何が起きているのか、一番分かっていないのは、橋爪本人だった。
自分の中に突如湧き上がってきた強い衝動に橋爪は支配されていた。
とにかく黒瀬が許せず、淫乱と自ら時枝を罵ったくせに、時枝の体を汚していいのは自分だけなんだと、黒瀬の場所を奪った。

「俺が犯してやるッ!」

突然の交代劇。

「――勇一ィ、」

時枝の涙が、歓びに変わろうとしていた。

「その名で呼ぶなッ」

時枝は、勇一と名前が零れないようにと口をギュッと閉ざし、数年ぶりに触れようとする愛しい男を見つめた。
ファスナーを開き、太腿まで下衣を一気に下げた橋爪の中心には、雄々しく勃起した物が存在していた。
黒瀬みたいに、自慰で成した訳ではない。
そんな兆候など時枝の悲鳴を聞くまで一切なかったのに、橋爪を支配する激しい衝動に連動して、筋を浮き立つぐらい成長していた。

「この中に入れりゃ、いいんだろ」

黒瀬の規格外を含んだ後で、時枝のソコはまだ小さく口を開いていた。
そこに、遠慮なく橋爪が先端を押しつけた。

「ゅう、…」

間違いなく、勇一だった。
何一つ変わっていない感触だった。
勝手な言いぐさで体の関係を持った時から、この体を愛し続けた、勇一の雄の象徴。
勇一が橋爪になろうと、自分を殺そうとしようと、そこは雄として自分の前で勃起している。
生きている。
勇一は生きている。
勇一、と名を呼びたい時枝が開きかけた唇をギュッと噛み、心の中で『勇一』と叫ぶ。

その男、激情!63

「潤ッ!」

黒瀬が叫んだ。

「…俺は大丈夫だ」

頭を左右に振りながら、潤がゆっくりと起き上がった。

「橋爪さん、あなた、そんなに死にたいのなら、私があの世に送ってあげますよ。その前に、時枝に責任を取ってもらわないと」

潤が殴られ、ハッと我に返った時枝に黒瀬が凍るような視線を向けた。

「…責任って…、社長ッ、」
「時枝が言い出したことだ。それに協力した潤が被害にあったのだから、当然じゃない? それに、この殺し屋は、時枝を気持ち悪いっていうんだから、とことん、その気持ち悪さを見せつけてやればいい。潤、大丈夫?」
「大丈夫だって、心配症だな」
「良かった…」

心底ホッとした表情を黒瀬が見せる。

「しばらく、コレは没収。お仕事の時、返却してあげますよ」

そして、橋爪の手から拳銃を奪うとその拳銃を潤に投げた。

「潤、逃げないように見張ってて」

誰が逃げるか、と橋爪が呟く。

「了解。…黒瀬、今から時枝さんを」
「別に浮気じゃないからね、潤」
「…そんなこと、今更言わなくても、俺、分ってるし。少なくとも、黒瀬は時枝さんを気持ち悪いとは思ってないし…このバカ野郎が時枝さんを抱くより黒瀬の方がマシだよ」
「…勝手なことをっ、…嫌だっ、…それは嫌だっ、」

時枝が、涙を流している。
酷い言葉を浴びせられても、時枝にとって勇一は、ただ一人の愛しい男だった。

「時枝が懇願しても無駄。この人にその気はないし、その気のない男は大事な所が眠ったままだろうから、時枝の望みは無理。桐生の組長なら、泣いてないで責任ぐらい取れるよね? ふふ、橋爪さん、私が時枝を犯すほうが、自分が私から犯されるよりはマシでしょう?」
「当然だろ。馬鹿げているが、ヤるならサッサとやれ。早く俺に仕事をさせろっ!」

目の前の男を殺すだけに、どれだけ待たせるんだ。
股を濡らした死にぞこないがどうなろうと知った事じゃないっ。
どうして、俺が男を掘ったり、掘られたりしないとならない。
やるなら、自分達だけで勝手に盛り上がればいいだろ!

「ふふ、時枝残念だけど」

黒瀬が毛布を剥ぐと、開いてた股を更に広げ、橋爪にその場所をよく見えるようにしてから指で触れた。

「触るなっ!」

時枝が叫ぶ。

「あれ? 乾いてきたようだ。潤、何かある?」

潤が黒瀬に先程使用したローションを渡した。
渡しながら、潤は黒瀬に『愛してる、黒瀬』と、呟いた。
潤なりの憎まれ役黒瀬へのエールだった。

「イヤだっ、…話が違うっ! 俺は勇一と!」

時枝が上半身を揺らし、抗議する。
まともに動けず抵抗すらできない身体は、あっけなく黒瀬の支配下に置かれた。
黒瀬がローションを自分の指に垂らし、濡れた指を遠慮なく差し込んだ。

「いやだぁああっ!」
「なに、駄々捏ねてるの。さっき潤にだって触られているはずだろ? ふふ、まだ柔らかい。潤、良い仕事したね。私も頑張らないといけないかな?」

黒瀬がベッドにあがった。
ファスナーを降ろすと、橋爪に銃を突きつけている潤を見た。

「潤、愛しているよ」

潤が送ったエールに時間差で応えるように黒瀬が語りかける。

「黒瀬、犯して…俺も…時枝さんも」

橋爪は、潤の発した言葉の意味が直ぐには分らなかった。
が、黒瀬の視線と手の動きで理解した。
セックスしてやがる、こいつら。
足下に横たわる時枝を犯す為に、黒瀬は潤と視線でセックスをしているのだ。
距離も直の体温もこの二人には関係ないのだ。
変態もここまでくれば一流だな、と橋爪は呆れ果てていた。

その男、激情!62

「ふふ、橋爪さん、犯すの? それとも、」

橋爪の銃口は時枝の額が捉えていた。
その橋爪の後頭部に黒瀬が別の銃を当てた。

「犯されたい? もちろん、私から、」
「…それ、本物か?」

玩具で騙されたことを橋爪は思い出した。

「本物かどうか撃ってみたら分りますけど、その場合、あなたは確認できないでしょ? このカラッポの頭に風穴が開いた後にどう確認するですか? ふふ、信じる信じないは自由ですけど」
「…ふん、肉親と言いながらも、犯そうとしたり、殺そうとする。実際そういうことが出来る男らしいな、お前は」

犬を使って嬲られたのは、昨夜のことだ。
その際、黒瀬の一物を尻に押し付けられた。
あの緑龍の女帝の血を引くなら、兄と呼びながらもその命を絶つことぐらい平気だろう。

「あぁ、もう一つ、オプションがありましたね。私があなたの前で時枝を犯す、というのも面白いかもしれません。さあ、どれにします?」

この男が時枝を犯す?

「…そんなこと、そこに突っ立ているヤツが、許すはずないだろっ」

橋爪は、横目で潤を捉えた。

「……許す。俺は黒瀬が時枝さんを俺の目の前で犯しても、許す。あんただって、昔、俺を時枝さんの前で犯したんだ。同じ事じゃないか」

頭が変になりそうだ。
誰か一人、普通の思考のヤツはいないのかっ!?

「嫌です!」

声を上げたのは、時枝だった。
額を橋爪が構える銃から外し、橋爪の頭を通り越し、黒瀬を睨んだ。

「それは嫌ですっ! 勇一の前で社長に犯されるなんて話が違いますっ! …やっと会えた勇一の前で、…俺は、勇一にっ、…その為に準備をしたんだっ、」
「準備? 何をした?」

橋爪が訊いた。

「鈍い男だね、あんたも。分るだろ? 受け入れやすいように柔らかくしてあるんだよ。俺が黒瀬より先に来た理由はその準備の為」

答えたのは潤だった。
潤は答えただけではなかった。
橋爪の所まで行くと、銃を持ってない左手の手首を掴んだ。

「確かめてみればいい」

掴んだ手を、毛布の下の時枝の秘部に持って行き、橋爪の手を押し付けた。

「勇一ッ!」

時枝が、思わず叫んだ。
心身共に待ち望んでいた男と、時枝が接触した瞬間だった。

「ヤメロッ! 気持ち悪いことするなっ!」

だが、橋爪が口にしたのは、時枝の心を切り裂くような容赦無い言葉と拒絶だった。
ヌルッとした感触と高い体温に、ギョッとした。
濡れた女と同じ感覚に、本当に不快だったのだ。
橋爪は潤を振り払い、毛布から手を引き抜くと、微かに湿りを感じた部分を自分の履いていたズボンで拭った。

「…信じられない、…あんた、……あんた、今、何を言った? 何をした?」

口を開いたのは潤だった。
時枝はショックのあまり、声も出なかった。
現実を分っているつもりだったが、目の前に立っている男が勇一ではなく橋爪と名乗っていることが何を意味するのか、時枝はこの時実感した。

「…どれだけ、…どれだけ、傷付けたら、気が済むんだよっ! なぁ、教えてくれよっ!…あんまりじゃないかっ、」

潤が顔を真っ赤にして、橋爪の胸ぐらを掴んだ。
潤が、ここまで興奮して怒りを露わにするのは珍しい。

「ガキには関係ないだろうがっ。女ならまだしも、男の股など触って喜ぶヤツがどこにいるっ」

橋爪が銃口を、時枝から潤に移した。

「弾は一発だと言ったはずですよ。潤に使うということは、時枝は殺さないという意味ですよね、殺し屋さん」

黒瀬が拳銃の先をグリグリと橋爪に押し付けた。
潤から銃口を退けろという催促だ。

「どいつもこいつも、ガタガタうるせーっ!」

胸ぐらを掴む潤の頭を、橋爪は銃で殴った。
ゴツンと乾いた音がし、潤が頭を押さえて床に沈んだ。

その男、激情!61

イライラするぜ。
胸くそ悪い。
何が俺のせいだ?
ありがとうってなんだ?
仮にだ。あくまでも仮にだ。
俺がこいつらのいうところの、勇一だったとして――、
数年間連絡もよこさず、自分を殺そうとする元恋人など、憎いだけの存在だろうがっ!
橋爪は、理解出来なかった。
腹だけが立つ。

「最低」

潤が軽蔑の眼差しで、橋爪に言葉を放った。

「外野は引っ込んでろ」

鋭い眼光で、橋爪が潤を睨んだ。

「最悪」

潤も負けてはなかった。橋爪をにらみ返した。

「…いいんです、潤さま。…私の頭など、あの時から壊れたままです…。勇一のいない生活など、要らない…この命は、勇一が好きにすればいい…あの時、死ぬはずだったのが、勇一のおかげで三年延びただけです…」

橋爪にしがみついていた時枝が顔をあげた。
そして、ゆっくりと腕を解き、橋爪が手にしている銃の先に自らの額を押し付けた。

「撃てばいい。好きにしていいから…、」

額を銃口に当てたまま、時枝が視線だけ上に向けた。

「…その前に、…俺を、犯してくれ」

今、コイツは何て言った?
聞き間違いか?

「頼むっ、…あとは好きにしていいからっ、誰にも俺を殺すのを邪魔させないからっ、」

間違いじゃない?

「組長ッ、お止め下さいっ!」

そこに突然割り込んできた怒鳴り声。
時枝以外の三人が、一斉に声の方を振り向くと、ハアハアと息を切らした佐々木が立っていた。

「…間に合って、良かった」

黒瀬に連れられた橋爪の事が、佐々木の耳にまで届くのに、そう時間は掛からなかった。
「勇一組長が現われました」という報告を受け、慌てて駆けつけたのだ。

「ふふ、良くないよ」
「ボンッ! 何突っ立っているんですかっ。潤さまも。勇一組長から銃を取り上げて下さい!」

佐々木が唾を飛ばして、まくし立てる。

「…佐々木、俺の邪魔をするな」

時枝が、佐々木を見もしないで唸った。
地の底から湧き上がったような低い声で、佐々木を牽制した。

「そういう訳にはいきませんっ!」

佐々木が、それこそ鬼の形相で橋爪と時枝の方へと歩き始めた。

「佐々木、」

黒瀬が佐々木の進路を塞ぐ。

「ボンッ、邪魔しないで下さいッ」

はい、と言うような黒瀬では、もちろんない。
黒瀬の手が、佐々木の肩をガシッと掴む。

「馬に蹴られたいとか? 馬に蹴られるゴリラも悪くないと思うけど、馬の前にコッチかな」

佐々木が黒瀬の手を振り払うより前に、佐々木の腹に正面から強い衝撃が走った。

「うっ…クッ…駄目です…ッ、ツゥ」

普通なら気を失って倒れる所だが、佐々木は床に膝を着いただけだった。
時枝と橋爪の暴走を止めないという執念で、持ちこたえていた。

「往生際の悪いゴリラだ」

しょうがない、と黒瀬が両手を組み、佐々木の背後から首の付け根を叩きオとした。
さすがに今度は一発で昇天したらしい。
佐々木の大きな図体が床に転がった。

「粗大ゴミは、外」

黒瀬が佐々木を病室の外に放り投げた。
桐生の見張りが何事かと集まって来たので、

「このゴリラを私の許可がおりるまで、中に入れないように。もし乱入してきたら、君達全員、明日には東京湾だからね。よろしく」

と、冷やかな笑みを浮かべ、優しく穏やかに命じた。
蛇に睨まれた蛙が数匹。
青い顔でブルブルと震えている。

「返事は?」
「は、ハイッ!」
「結構。ではよろしく」

その蛙どもを黒瀬は信用してなかった。
ドアに内側から鍵を掛け、黒瀬は橋爪と時枝の側に戻って来た。