「振り落とされないように、しっかり掴んでろッ」
時枝の腕を橋爪が自分の腰に回した。
そして、繋がったまま、時枝の腰を持ち上げ自分の足を前に投げ出し、対面座位の体勢をとった。
「これで文句無いだろがっ、」
「――ゆう、いちぃっ、」
上に乗っているため、時枝の顔の位置が橋爪より少し上になる。
時枝が、顔を橋爪の肩に載せ、歓喜の涙を零していた。
「お前の身体は俺の物だ。お前を生かすも殺すも、俺が決めるっ!」
仕事のターゲットではなくなったと言ってるのも同然の台詞。
依頼主の意向に背くとどうなるか、考える余裕が橋爪にはなかった。
ただ、溺れた。
淫乱だと軽蔑していた男の身体に溺れきっていた。
背後でドアが蹴破られる音がしたことも気付かないほど、橋爪も時枝もお互いに溺れていた。
「・・・な、なんてこったぁ…」
蹴破ったのは、もちろん、黒瀬の手により放り出された佐々木である。
「若頭、お願いですっ、俺達の事が可愛くないんですかっ!」
今にも室内に入って来そうな佐々木を、若い衆が身体を張って止めていた。
一歩でも佐々木が中に入れば、明日は冷たい海の中だと、彼等も必死である。
「…組長が…組長に…、」
「もう、邪魔できないよ、佐々木。交尾中の犬と同じだから。ふふ、二人を引き剥がそうとしても、無理だから」
「…記憶が、…戻ったん…ですか?」
上半身だけ、室内へ乗り込ませ、佐々木が恐る恐る訊いた。
「まさか。そう簡単に戻るものでは、ないんじゃない?」
「黒瀬は、俺を思い出してくれたよ?」
「ふふ、私の愛は、海よりも深いからね。世界一、いや、太陽系、ううん、銀河系一、潤を愛してるよ」
「…黒瀬、」
潤が黒瀬の双眸に吸い込まれるように、黒瀬を見上げた。
二人の顔の距離が縮まり、二人の小宇宙が生まれそうになった、まさにその時、
「ストーップ! それどころじゃないでしょっ! 記憶が戻ってないって…じゃあ、あれはっ、強姦じゃないですかっ!」
佐々木は、時枝が橋爪が持つ銃に額を当てた時の短い時間しか、事の成り行きを知らない。
直ぐに放り出されたため、橋爪が時枝を無理矢理に抱いていると思い込んでいた。
「私達の邪魔までしてくれるとは、全く邪魔なゴリラだ」
今にも飛び込んで来そうな佐々木の元まで、黒瀬が進む。
「強姦の定義は何? 時枝が望んでいるんだから、メイクラブじゃないの? ふふ、私が潤を覚えてなくても可愛がっていた時、佐々木邪魔しなかったくせに、時枝の時は邪魔するっていうの? 大いなる矛盾を感じるけど?」
「ボンッ、あの時とは事情が違いますっ! 殺そうとしたんですよっ! 殺されてしまいますっ!」
「ボン? 学習能力のない人間は本当に嫌いなんだけど。腹上死、結構じゃない。ふふ、それはそれで、幸せだと思うけど?」
と言いながら、黒瀬が佐々木の腹に拳を埋めた。
「若頭っ!」
佐々木の下半身を支えていた若い衆が同時に叫んだ。
「君達、ここはいいから、この頭の悪いゴリラを、動物園にでも連れて行ってくれる? それと、ここで見たこと・聞いたこと、全て忘れて。他に洩らしたら…分っているよね?」
失神した佐々木を見下ろしながら、黒瀬が桐生の組員を脅す。
死んだはずの勇一と時枝が合体していたなど、他の組に知れ渡ったら、今の段階ではまずい。
「ハイッ、東京湾でありますっ!」
桐生の組員達は緑龍のことを知らなくとも、本当に黒瀬を恐ろしいと思っている。
ヤクザと言えども命は惜しいので、外部に言いふらすことはない。
「ふふ、正解。では、よろしくね」
佐々木が蹴飛ばし外したドアを黒瀬と潤で元通りにしている間も、ベッドの上では橋爪が時枝を突き上げていた。
「…黒瀬、アレ、」
潤が時枝を指さした。
「本当に、腹上死?」
橋爪に抱かれている時枝の首は、ガクンと前に傾いていた。
口元から涎を垂らし、二つの目は完全に瞼が下りていた。