その男、激情!61

イライラするぜ。
胸くそ悪い。
何が俺のせいだ?
ありがとうってなんだ?
仮にだ。あくまでも仮にだ。
俺がこいつらのいうところの、勇一だったとして――、
数年間連絡もよこさず、自分を殺そうとする元恋人など、憎いだけの存在だろうがっ!
橋爪は、理解出来なかった。
腹だけが立つ。

「最低」

潤が軽蔑の眼差しで、橋爪に言葉を放った。

「外野は引っ込んでろ」

鋭い眼光で、橋爪が潤を睨んだ。

「最悪」

潤も負けてはなかった。橋爪をにらみ返した。

「…いいんです、潤さま。…私の頭など、あの時から壊れたままです…。勇一のいない生活など、要らない…この命は、勇一が好きにすればいい…あの時、死ぬはずだったのが、勇一のおかげで三年延びただけです…」

橋爪にしがみついていた時枝が顔をあげた。
そして、ゆっくりと腕を解き、橋爪が手にしている銃の先に自らの額を押し付けた。

「撃てばいい。好きにしていいから…、」

額を銃口に当てたまま、時枝が視線だけ上に向けた。

「…その前に、…俺を、犯してくれ」

今、コイツは何て言った?
聞き間違いか?

「頼むっ、…あとは好きにしていいからっ、誰にも俺を殺すのを邪魔させないからっ、」

間違いじゃない?

「組長ッ、お止め下さいっ!」

そこに突然割り込んできた怒鳴り声。
時枝以外の三人が、一斉に声の方を振り向くと、ハアハアと息を切らした佐々木が立っていた。

「…間に合って、良かった」

黒瀬に連れられた橋爪の事が、佐々木の耳にまで届くのに、そう時間は掛からなかった。
「勇一組長が現われました」という報告を受け、慌てて駆けつけたのだ。

「ふふ、良くないよ」
「ボンッ! 何突っ立っているんですかっ。潤さまも。勇一組長から銃を取り上げて下さい!」

佐々木が唾を飛ばして、まくし立てる。

「…佐々木、俺の邪魔をするな」

時枝が、佐々木を見もしないで唸った。
地の底から湧き上がったような低い声で、佐々木を牽制した。

「そういう訳にはいきませんっ!」

佐々木が、それこそ鬼の形相で橋爪と時枝の方へと歩き始めた。

「佐々木、」

黒瀬が佐々木の進路を塞ぐ。

「ボンッ、邪魔しないで下さいッ」

はい、と言うような黒瀬では、もちろんない。
黒瀬の手が、佐々木の肩をガシッと掴む。

「馬に蹴られたいとか? 馬に蹴られるゴリラも悪くないと思うけど、馬の前にコッチかな」

佐々木が黒瀬の手を振り払うより前に、佐々木の腹に正面から強い衝撃が走った。

「うっ…クッ…駄目です…ッ、ツゥ」

普通なら気を失って倒れる所だが、佐々木は床に膝を着いただけだった。
時枝と橋爪の暴走を止めないという執念で、持ちこたえていた。

「往生際の悪いゴリラだ」

しょうがない、と黒瀬が両手を組み、佐々木の背後から首の付け根を叩きオとした。
さすがに今度は一発で昇天したらしい。
佐々木の大きな図体が床に転がった。

「粗大ゴミは、外」

黒瀬が佐々木を病室の外に放り投げた。
桐生の見張りが何事かと集まって来たので、

「このゴリラを私の許可がおりるまで、中に入れないように。もし乱入してきたら、君達全員、明日には東京湾だからね。よろしく」

と、冷やかな笑みを浮かべ、優しく穏やかに命じた。
蛇に睨まれた蛙が数匹。
青い顔でブルブルと震えている。

「返事は?」
「は、ハイッ!」
「結構。ではよろしく」

その蛙どもを黒瀬は信用してなかった。
ドアに内側から鍵を掛け、黒瀬は橋爪と時枝の側に戻って来た。