「勇一、どうした? …社長? 武史っ、何を…したんだっ」
「殺し屋さんを、殺しただけ」
「…ころ、…した…、勇一を? 嘘だっ、そんなはず、」
「ふふ、私が殺すはずないと思った? この人が生きていると、時枝、理性が飛ぶようだから。時枝のせいだよ」
「…俺の、……せい? ……俺が、……殺した?」
明らかに、時枝は正常な思考を失っていた。
混乱し、黒瀬が撃った事実よりも、自分が理由だという黒瀬の言葉が時枝を襲っていた。
「…嫌だっ! 折角戻って来たのにっ! 勇一ッ、勇一ッ、」
「時枝さん、危ないっ、」
時枝が不自由な身体でベッドから乗りだそうとするので、支えていた潤が時枝の胴体に腕を回し、自分の方へ強く引いた。
「勇一っ、…俺の勇一がっ、勇一ィイイイ――――ッ!」
窓ガラスが共鳴するぐらいの時枝の叫び。
「鼓膜が破れる。ウルサイよ、時枝」
黒瀬の言葉など、時枝には届いてなかった。
声が枯れるまで、叫び続け、しまいには、荒い呼吸だけになっていた。
「側に居たいんだろ? 運んであげるよ、時枝」
黒瀬が二つの銃を潤に渡し、潤が支えていた時枝の体をひょいと抱え上げた。
「体中、ぐっしょりだ」
橋爪とのセックスで、かなりの汗を掻いていた。
それだけでなく、顔から胸にかけては流れた涙ですっかり濡れていた。
更に抱え上げた拍子に、橋爪が放った物が時枝からトロトロと流れ始めた。
「すごい量、溜め込んでいたんだ~。そんなに、おいしいミルクとは思えないけど」
黒瀬の手によって、床に倒れる橋爪の上に時枝は降ろされた。
自分が乗っても、ピクリとも動かない体。
「…起きろ、勇一。俺を置いて二度も逝くつもりか? …俺も連れて行けっ、俺を殺しに来たんだろ? なあ、勇一っ、目を開けてくれよ、…酷い男だっ、…イヤだっ、俺も連れて行けっ、俺も、俺もッ…」
叫びすぎて枯れた声で、時枝が訴える。
橋爪の頭を抱えて顔を確認したくとも、それができるほどの腕力が今の時枝にはなかった。
伸ばすのがやっとの腕なのだ。
床に顔を横にした橋爪、その頬に時枝が頬を重ねた。
「…武史、…俺も、……俺も逝かせてくれ。もう、桐生に十分恩は返したじゃないか。頼むっ、俺も…」
「折角助かった命なのに?」
「意味ないだろッ! 何の為に生きなきゃならないんだっ」
時枝の魂の叫びだった。
この数年、踏ん張ってこれたのも、勇一の生死が不明だったからだ。
でも、今は違う。
時枝の目の前で橋爪を名乗る勇一は倒れていた。
「…黒瀬、時枝さんを早く楽にしてあげて。もう、十分頑張ったよ」
潤が黒瀬に銃を手渡した。
「潤がそう言うなら、仕方ないね」
黒瀬が、時枝に銃口を向けた。
「言い残すことは?」
「…ありがとう、武史、潤…感謝している…」
そういうと、時枝は目を閉じた。
「…何いっているんだよっ。俺の方が時枝さんには、言葉に出来ないぐらい感謝しているんだっ! …幸せになってよぅ」
潤の言葉が終わると同時に、パンと乾いた音が再び響いた。
その音と同時に時枝の上半身が倒れ、乗っていた橋爪の身体に重なった。
「――終わった」
潤が黒瀬の側に歩み寄り、黒瀬の肩にもたれた。
「…終わったよ、黒瀬」
ツーッと一筋の涙と共に、潤が静かに呟いた。
「そうだね。これからか大変だけど、潤、大丈夫?」
「……でも、これが始まりなんだろ、」
「そういうこと。そろそろ、煩い猿も来る頃じゃない?」
バタバタと騒がしく音をたて、近付いてくる者がいる。
「黒瀬、どうして分ったんだ? …来たみたい」
足音が止み、ドアが開いた。
「オッサンもココか?」
「佐々木は動物園でメスゴリラと浮気中だと思うけど?」
「動物園? 何の事だよ。車いらないなら、俺帰るぞ…って、時枝のオヤジは?」
時枝を内緒で退院させるから、ワゴン車を持ってこいと大喜は黒瀬に命じられていた。
その当の時枝の姿がベッドから消えている。
「時枝は、こっち」
黒瀬が指さす方へ、大喜が視線をずらす。
「え? …どうなってるんだ? ……まさか」
男が二人、重なって倒れている。
「ふふ、心中ってところかな」
「嘘だろ、…黒瀬さん、二人を殺ったのか?」
「お猿にしては、鋭いね」
「マジ? 嘘だろっ、……死んでるのか?」
大喜は信じられない光景に、慌てるどころか、むしろ冷静になっていた。