その男、激情!50

『勇一、起きろっ、いつまで寝ているつもりか』

煩いっ、俺は勇一じゃないっ。

『早く起きないと、ユウイチに大事なソコを噛みつかせるぞ』

なんだ、その小さな生き物はっ。

『行け、ユウイチ。役立たずのソーセージなんか、食いちぎってしまえ』

うわっ、ヤメロッ、
クソっ、手足の縛りを解け。

『ナニ寝ぼけたことをほざいているんだ。お前の身体は自由だろうが』

来るなっ、舌を出すなっ、
モコモコとした小さな生き物が、橋爪の股間に飛び掛かって来た。
身体が大の字に固定され動かない。
何が自由だ。
手足を拘束して、動きを封じているくせに。
第一、俺は起きているじゃないか。

『早く起きて俺の側に来ないと、ユウイチに去勢されてしまうぞ』

なんだ、このチビッ、
身体に似合わぬ牙しやがってっ!
冗談だろっ。
どうみても愛玩犬にしか見えない犬が、狂犬病を発症したかのように、涎を垂らしながら、橋爪の股間を狙っていた。

『そうか、そんなに俺が嫌で寝たふりを決め込むんなら、イケ、ユウイチ』
「ウ、ギャアアア―――ッ!」

股間に走った激痛で、橋爪の身体は飛び跳ねた。

「煩いなぁ、兄さん、どうしました」
「ハア、ハア、俺の、俺の股間がっ、……何だっ、どうして、お前がッ!」
「…組長さん? …怖い、夢でもみたの?」
「なっ、お前もいるのかっ」

右に黒瀬、左に潤と、橋爪は二人に挟まれベッドの上にいた。

「そんなことよりっ、」

橋爪は慌てて自分の股間を確認した。
布団を剥いだだけで、直ぐに自分の股間の存在を確認できた。
立派な雄が天井を見上げていた。

「ハァ、ハァ、無事だ、ある、…夢か」

夢と分かっても、痛みを感じる。

「いい歳して、夢見て大騒ぎですか? おやまあ、お元気ですね」
「…凄い、組長さん。痛そう」

黒瀬と潤の視線は、橋爪の股間だ。
そこは、見るだけで同性なら痛みを覚えるほど、見事に勃起していた。
実際、橋爪が痛みを感じているのは、夢のせいではなく朝の現象のせいだった。

「痛いんだっ。あの犬が…」

と、言い掛けて橋爪は止めた。

「何でもない」

小さな愛玩犬に襲われる夢で跳び起きたなど、男の沽券にかかわる。

「犬? 時枝さんのこと、思い出したのか?」

潤が橋爪の顔を横から覗き込む。

「何の事だ」
「犬関係で、大騒ぎするっていったら、時枝さんのことしか考えられない」
「…あいつは、犬が嫌いなのか?」
「好きなはずない。あんな残酷な目に遭わされて……覚えてないなら、いい」

潤が勇一に寄せていた顔を離す。

「残酷? 小さなモコモコに、玉でも囓られたのか」
「小さなモコモコ? それって…」

橋爪に背を向けたと思うと、布団の中から何かを引っ張り出しクルッと振り返ると

「この子?」

モコモコしたものを、橋爪の腹の上に乗せた。

「ワンッ!」
「ゥワァアッ!」

咄嗟に橋爪は、腹の上の物体を払い落とした。

その男、激情!49

「なあ、黒瀬」
「なあに?」
「組長さんさ、どこか悪いんじゃない?」
「記憶以外に?」
「おでこの傷、見ただろ。髪の毛切るまで気付かなかったけどさ、あれって、自分でやった気がする。さっきも鏡に打ち付けようとしていたけど、同じ事した傷だよ。きっと」
「精神的に不安定なのは、間違いないね」
「それに…、アン、んもう、ダメだって、話している途中なのに」

背後から悪戯を仕掛けてくる黒瀬に、潤がバシャッとお湯を掛けた。
二人は今、ジャグジーの中だ。
橋爪を名乗る勇一を、黒瀬が気絶させてしまったので、二人掛かりでベッドに運んだ。
それから今度は自分達が入浴するために、浴室に戻って来た。

「話は出来るはずだよ? 兄さんの髪型だけでも元に戻した私に、ご褒美あってもいいと思うけど?」

前に座っていた潤を、黒瀬が自分の膝の上に乗せた。 
黒瀬の中心が、潤の背中に当たる。
それは膨張している最中らしく、潤の背中に添って、ピクッ、ピクッと動く。

「ご褒美って、俺を触るぐだけ?」
「ふふ、潤と身体を密着できるだけでも、十分私にはご褒美だけど…できれば」
「できれば?」

潤が後ろの黒瀬を振り返る。

「潤の期待に応えたいな。潤の悦ぶ顔が、何よりのご褒美」
「それって、結局、黒瀬より俺の方が褒美もらったことになるじゃないかよぅ…狡いよ、いつも俺ばっかり…与えられる」
「ふふ、それがどうして、狡いの?」
「俺だって黒瀬を悦ばせたいのに」
「ふふ、逆だよ、潤。極上の悦楽を与えてもらっているのは私の方」
「本当?」
「ふふ、何を今更なことを。本当だよ。ご褒美もらってもいい?」
「うん。でも、話しも聞いて」
「もちろん。兄さんの事が気になるんだろ? ふふふ、ちょっと兄さんにジェラシーを感じちゃうけど。聞くよ」
「バカァ、何言ってるんだよぅ…続きだけどさ、」

振り返ったまま、潤は黒瀬の頭に手を回し、自分の顔に引き寄せた。
すかさず、黒瀬の唇を奪った。
続きを話すのかと思えば、潤の起した可愛い行動に、黒瀬の顔が綻ぶ。そして、凍りがちな黒瀬の心も。

「まったく、潤には、驚かされるね」

潤からのキスは、一分以上続いた。

「…黒瀬が、ジェラシーなんて言うから」
「ふふ、潤が大胆になってくれるなら、ジェラシーも悪くないね」

潤が頬を上気させたまま、黒瀬の胸板にしな垂れ掛かる。

「バカァ…」

黒瀬の手は潤の胸にぶら下がるピアスに伸びた。
潤の身体には、三箇所のピアッシングが黒瀬の手により、施されている。
全て服で隠れる場所だが、それ故に、潤は公衆の面前で裸を晒せない。
それに不便も感じなければ、不満もなかった。
あるのは、黒瀬の愛情の証で、身体を飾られているという幸福感だけだ。

「…組長さんさ、精神的なものだけじゃなくて、…あっ、ダメだって…もう少し、待って」

自分から仕掛けたキスで、身体中の神経が敏感になっていた。
特にピアスを通された部分は、少し触られただけでも、身体に電流が走るほど過敏になっていた。

「我慢して、その先を話してごらん。その我慢が、あとで堪らない悦びを運んでくるから」
「…そういうところ、黒瀬ってホント意地悪だ…ぁあん、」
「なら、ご期待に応えて、もっと意地悪になってあげよう」
「…ごめんっ、――俺が悪かったっ、…ダメェ、」

コリコリとピアスごと尖った赤い部分を指で転がされ、身体の奥まった所までむず痒くなる。
身体が黒瀬を欲し始めていた。

「ふふ、何がダメなの? 精神的なものだけじゃなくて、どうしたの?」
「…ん、…どこか、…ぁあっ、…くっ、…悪いん、じゃ、…身体も、…どこかっ、…検査、…した、方が…、ぁあっ、んもう、…ギブ」

身を捩り、悶えながらも、伝えたいことの大筋は言えた。
黒瀬の指に翻弄され、すでに溶けかかっている身体から黒瀬の指を振り払うと、潤が体勢を変えた。

「ちゃんと話は聞いてるよ? 兄さんの身体に異変があるって言いたいんだろ? 頭痛も酷いみたいだしね」

黒瀬の方を向いて、座り直した潤に、黒瀬の手は伸びてこなかった。
潤の指が、黒瀬の胸に残るスプーン型の火傷をなぞる。

「…もう、話は終わったから、」

縁を赤く染めた目で、潤が黒瀬を見つめる。

「だから?」
「…意地悪していいぞ」

両手を黒瀬の首に回し、潤が黒瀬を誘った。

「しているけど?」

黒瀬が、ふふ、と笑っている。

「…黒瀬、今、してない…」

潤が真っ赤に熟した乳首を黒瀬の胸にあて、擦りつけた。

「意地悪しているじゃない。触って欲しくて堪らない潤を、ほったらかし。ふふ、最高の意地悪」
「…そういうこと、言うんだ。なら、優しくして」
「優しいだけでいいの?」

うん、と潤は首を縦に振った後で、慌てて左右にふり直した。

「…イヤ、…激しくがいい…、凄く激しく愛されたい…、俺の目の前には、俺のことちゃんと俺だとわかっている黒瀬が存在しているから…それって、当たり前みたいになってるけど」

当たり前じゃない、と潤は痛感していた。
勇一のことが、潤に過去の辛い出来事を、鮮明に思い出させていた。

その男、激情!48

「大丈夫だ、佐々木。その先は、武史から詳しく聞いている」
「し、かし…組長、」

鼻まで押さえられ、大喜が息が出来ず藻掻いていた。

「死にますよ。放してあげなさい」

大喜の様子に気付き、慌てて佐々木が大喜の口と鼻から手を退けた。

「ぁあああっ、オッサン、死ぬかと思った。ハア、空気が美味い」
「本当に…いいコンビだな…二人とも」

寂しげに時枝が呟いた。

「あのう、組長…、差し支えがなかったら、どんな夢を見ていたのか、教えて頂けませんか? あんな風に泣く組長は…組長になってからは…お目にしてなかったので…その、気になって。やはり、こいつがその、アレ、された事が…」
「それで、大泣きしたのは、オッサンだろ」

横から口を挟んだ大喜に、佐々木が邪魔をするなと睨みをきかせた。

「苦しんでいる。…勇一が、苦しんでいるんだ」

時枝の目は、何処か遠くを見つめていた。

「は?」

佐々木から、間の抜けた声が洩れた。

「あのう、夢の中で、勇一組長に何かが?」
「勇一が、泥沼の迷路の中で出口が分からず苦しんでいる。俺が手を差しのばしているのに、俺の手に気付かない。泥に足を取られ、自由に歩くことも出来ない…俺の手さえ取れば楽になるのに…気付いてくれない…可哀想なヤツだ」
「違うと思うぜ。可哀想なのは、時枝のオヤジ、じゃなかった、時枝組長だろ。気付いて欲しくて、哀しかったんじゃないのか?」

大喜の横槍を、時枝は否定しなかった。

「全く、教育の行き届いてない子どものくせに、核心を突いてくる。そういう所が、武史と潤に気に入られているんでしょうね」
「やめてくれよ、潤さんはともかく、あのド変態は苦手なんだから。今日のことだって、まだ、勇一、あ、勇一組長で、良かったんだって…あれが、黒瀬のド変態だったらと思うと…今頃、きっとオッサンを哀しませる結果になっているぜ」

大喜が佐々木をチラッと見た。
明らかに、ムッとしていた。

「でしょうね。どういう気で、勇一が大森の下着まで脱がせたのか、容易に推測できる。下半身裸にしておけば、そう簡単に逃げ出す気にならないと思ったんでしょうけど。これが、武史なら、目的は別でしょうから」

はあ、と時枝が溜息を付く。

「勇一が、昔の勇一じゃなくても、俺にはアレの考えそうな事が、分かる。俺を早く殺してしまわないと、自分の存在価値を見失うかもしれない…殺し屋なんて、一番、似合わない職業だというのに…」
「アッシもそう思いますっ! あの人の手は、人を殺める為のものじゃねえ。時枝組長を抱き締める為のものだっ!」

一歩退いた所で、大喜はここが個室で良かったと思った。
最上級のロマンティストなのだ。
顔と年と職業に似合わず、この桐生の若頭は。

「でもさ、元々ヤクザの組長なんだからさ、人殺した事もあるんじゃないの?」
「勇一は、下っ端から這い上がって組長になったんじゃない。殺した数で評価され、組長になった訳じゃない。…自らの手を汚すことは、早々ない。あったとして、自衛の為だ…殺しを職業なんて…。バカは、過去を失っても治らないのか…更に大バカになって、戻ってきやがって……」

それ以上、時枝は喋らなかった。
顔を佐々木と大喜から背けた。

「…組長」

微かに時枝の後頭部が震えているのを見て、佐々木が呼び掛けた。

「…オッサン」

大喜が佐々木の手を取った。
そっとしておいてやろう、という意味で、手をギュッと握り首を左右に振った。
時枝が声を殺し泣いているのを、しばらくの間、二人は静かに見守っていた。

その男、激情!47

「組長、時枝組長」

身体を揺さぶられ、桐生組現組長の時枝が目を開けた。

「…なんだ、佐々木、…さんか」
「佐々木、で結構です。アッシは若頭、組のナンバーツー。組長はナンバーワンですよ。人の目があってもなくてもそれは変りません」
「そうだったな。何か? 大森の側にいなくていいのですか?」

大喜が、橋爪を名乗る勇一に何をされていたのか、もちろん時枝にも事細かく報告が入っていた。
報告主は黒瀬。
コメディ映画の内容を話すように、それは楽しげに。

「俺なら、オッサンの横にいるだろ。惚けるには早いぞ」

大喜の声に、時枝は眼鏡を探した。
身動きが自由に出来ない時枝に変って、佐々木が時枝の顔に眼鏡を掛けようとした。
が、その前に時枝の顔を、胸ポケットから出したハンカチで拭いた。

「…佐々木。俺の顔に涎でも…」
「涙です」
「そうだよ、涙ポロポロ流し出したから、心配になって起したんだよ。怖い夢でも見てたんじゃないのか?」
「怖い目にあったのは、あなたでしょ。無事で良かったですよ」
「その安堵は俺を心配して? それともあいつの浮気を心配して?」
「ダイダイッ!」

眼鏡を時枝の顔に掛けていた佐々木が大喜を振り返り、叱るように名前を呼んだ。

「もちろん、両方ですよ。それにしても大森はいつになったら…まともな言葉を覚えるのか」
「俺だってTPOで使い分けぐらい出来るぜ」
「と、思っているのは自分だけですよ。来年クロセで鍛えられるでしょうから、覚悟しておきなさい」
「コワァ~」
「ダイダイッ! 賢い子なんだから、もっと普通に受け答えしろっ。拳骨が飛ぶぞッ!」

時枝の顔に眼鏡を掛け終わった佐々木が、大喜の前で拳を振り上げてみせた。

「なんだよ、もう未成年じゃないのに、まだガキ扱いする気か?」

大喜が口を尖らせる。

「大人でも、だ。時枝組長に失礼な態度をするな。俺の上司だ。俺の事、嫌いになったのなら、好きにすればいい」

珍しく佐々木が強気な態度で大喜に接した。

「――嫌い、」
「え?」

拳を振り上げたまま、佐々木の眉が、情けなくハの字になる。

「…に、なるわけないだろっ! 悪かったよ、オッサン。ごめん」

途端、佐々木の顔がデレ~ッと、これまた一層、見るに耐えないぐらい情けなくなる。
大喜の方が一枚上手なのか、潤(うる)ませた目で佐々木を見上げた。

「…ダイダイ…、可愛いっ!」

佐々木が大喜に飛び付こうとした瞬間、そこが二人だけの世界ではないことを、時枝の咳払いが告げた。

「二人とも、いい加減にしなさい。佐々木、躾るなら真面目にやりなさい。何が、『可愛いっ!』ですか。大森はもう、そういう年ではありませんよ」

眼鏡によりクリアな視界を手に入れた時枝が、レンズ越しに冷やかに二人を睨む。

「申し訳ございませんっ! ほら、ダイダイも、謝れ」
「悪い事してないのに?」
「今の時枝組長の心情をお察ししろっ! 目の前で俺達が仲良くしている姿を見るだけで、きっと内心穏やかじゃない」

時枝を怒らせるような事を言っている自覚は、もちろん佐々木にはない。

「佐々木ッ、…あぁ、疲れた。反論する気にもなれない。まともな会話ができる相手が欲しい」
「あの変態ヤロウとなら、会話が出来るって言いたいのか?」
「変態ヤロウ? 武史のことか?」

変態と言えば、イコール黒瀬武史が時枝の頭にはインプットされていた。
潤という伴侶がいながら、年上の自分を犯すことさえ、ためらいなくやってのけた男だ。

「違う。あいつは別格だろ。ド変態だ。勇一だよ」
「ダイダイッ! 呼ぶ捨てにするなっ。元組長だ。…さっき言ったばかりだろ。失礼な態度を取るなって…」
「あ、そうだった。ワリィ、オッサン。だからさ、俺が言いたいのは…申し上げたいのは、時枝組長が欲しがっている会話できる相手っていうのは、俺の下着まで脱がせて…んぐっ」

その先を言えなかったのは、佐々木が大喜の口を塞いだからだ。

その男、激情!46

「いい加減にしとけよっ!」
「吠えても無駄ですよ。ふふ、子どもが嫌だったら、大人しくすればいいだけのこと」
「覚えてろよっ、」

一言残し、橋爪は目を閉じた。
髪を切断する音が耳に響く。
床に落ちる音からして、かなりの量を切られているらしい。
髪ぐらい、また伸びるさ。
たいしたことじゃない、と暗闇の中で橋爪は自分に言い聞かせた。
首の付け根まで届いていた髪が切られ、首元に外気が触れ、ブルッと橋爪の身体が震えた。

「…組長さんだ。黒瀬、組長さんだよ」
「ふふ、私の腕もなかなかじゃない?」

橋爪の耳に届いていたハサミの音が消えた。
ゆっくりと瞼を上げた。
正面の鏡の中に、見慣れない男が、裸で椅子に座っていた。

「―――誰だ」
「誰って、あなたでしょ。橋爪さん、いや、桐生勇一さん」
「違うっ! 俺じゃないっ」

風呂上がりに見る、水分で髪のボリュームがない時の姿に似てはいる。
だが、違う。
顔の造作は同じだが…まるで違う印象。

「組長さんだよっ! どこからどう見ても、組長さんだよっ! 俺達の前から消えた時の組長さんだよっ!」
「違うっ!」

橋爪が鏡に映る男を睨みつけた。

『勇一、お前それでも組長か?』
『勇一、殴らせろ』

鏡に映る顔の上に、別の顔が重なる。
幻聴まで聞こえる。
ターゲット時枝勝貴の顔だった。
声などまともに聞いたことないはずなのに、幻聴も時枝勝貴の声だと感じた。

「ヤメロッ! 喋るなッ!」

橋爪が声をかき消そうと、頭を激しく振った。

『…勇一、ごめん』

今度は鏡の中ではなく、橋爪の頭の中に、瀕死状態の時枝の姿が浮かんだ。
自分が負わせた傷ではなく、惨い姿の時枝が切れ切れの息で橋爪を見つめていた。
愛しい者に向ける情愛と後悔に満ちた切なげな視線。

「見るなッ! 俺を見るなっ」
「一体、誰に向って言ってるんですか?」

様子がおかしくなった橋爪に黒瀬が問う。

「うるさいっ、あの男に決ってるだろッ」
「あの男って、ふふ、幻覚ですか? ここには、あなたと私と潤しかいませんよ」
「当たり前のこと、言うなっ! 俺に何をしたっ! 俺が目を覚ます迄の間に、薬物を打ったのかっ」
「私達が非合法な事に手を出すと思います? これでも私と潤は上場企業の社長とその秘書ですよ」
「裏で何かやってるのはバレバレなんだよっ。消えろっ、死にかけのくせに俺をそんな目で見るなっ!」

橋爪は黒瀬に答えながら、自分を縋るように見つめる時枝を拒絶した。

「時枝さん? そうなんでしょ? 組長さん、時枝さんが見えてるんだ」
「そうみたい」

橋爪ではなく、黒瀬が潤に答えた。

「…ヤメロッ、見るな…。どうして、俺にそんな目を向けるっ!」

頭を振っていた橋爪が、括り付けられた椅子ごと、前後に身体を揺らし始めた。

「黒瀬、ヤバイよ。組長さん、このままだと鏡に激突しそう」
「ふふ、時枝との対面を邪魔するつもりはないけど、その石頭で鏡を割られるのもごめんなので、」

黒瀬が橋爪が座っている椅子の背もたれを動かないよう片手で押さえつけると、

「失礼しますよ」

橋爪の腹部に拳を埋めた。

その男、激情!45

「黒瀬は、顔だけじゃなくて、心も凛々しい。組長さんも、早く精悍で凛々しい元の組長さんに戻れよ。せめて姿だけでも」
「俺は男として精悍だ。この優男(やさおとこ)に負けているとでもいうつもりか」
「図々しいよ、組長さん。黒瀬に勝っているつもり? ダイダイ攫って、何かを企もうとしてたくせに。姑息だろ。銃を振り回しているから、精悍なんて言うつもりじゃないよな? そんな生き方している人間は、普通の暮らしをしている人間より、全てにおいて負けてる。ってことに気付けば?」

潤は怒っていた。
自分の知っている桐生勇一の顔をし、その身体を持つ人間が、その欠片も見せないことに。
少なくとも潤の知っている勇一は、男気溢れ、桐生の構成員から長として尊敬される男だった。
弱い面もあったが、一本筋の通った男だった。

「だいたい、時枝さんを殺したいなら、正面切って行けばいいだろ。こそこそと姿隠して狙撃なんて、卑怯者のすることだっ!」

人の目のある街中で、正面切って殺しにいく殺し屋など皆無に等しいが、勇一には堂々とした人間であって欲しいのだ。
黒瀬が過去に潤を忘れたことがあった。
だが、黒瀬は黒瀬のままだった。
勇一は違う。
過去と一緒に本来の勇一まで消えたようで、潤の中に哀しさと憤りがこみ上げていた。

「卑怯者だとぉおっ! もう一遍言ってみろっ!」

頬にハサミが当たっていることも忘れ、橋爪が吠えた。
頬に赤い筋が出来た。
しかし深くはない。
黒瀬が咄嗟にハサミを外したからだ。

「危ないな。殺し屋さんにしては、冷静さに欠けてますよ。ふふ、だから、あなたにそんな仕事は向いてないんですよ。傷物にしたら、時枝に叱られるかな?」

黒瀬の指が橋爪の頬の赤い筋をなぞり、手に付着した血液を舐めた。

「この血の中に、桐生の血が流れているんですよ。逃がしませんよ、兄さん」

黒瀬が橋爪の髪を一房握ると、ハサミを構えた。

「切るなッ!」
「女じゃあるまいし、髪が命だって情けないこと言わないで下さいよ」

容赦なく、黒瀬がハサミのクリップを閉じた。
ザリッという音がし、バサッと黒い髪が大理石の光沢のある床に散る。
止めさせようと、橋爪が頭を振る。

「そういうの、無駄な抵抗って言うんですよ。耳切り落としても知りませんよ?」
「っつぅ、」

黒瀬が後部の髪を、ギュッと後ろに引っ張った。

「こうすれば、首を振れないでしょ。子どもじゃないんですから、大人しくカットされなさい。あまり聞分けがないと、ふふ、あとで、その無意味なヘアも剃りますよ?」
「…ナニをぉおっ!」

髪を引っ張られ、顎を天井に向けた格好でも、黒瀬のヘアがどこを指すのかは、橋爪にも分かった。

「無意味なヘアーって、ココのこと?」

潤が、橋爪の局部を指さした。

「ふふ、潤も言ってたじゃない? 精悍さもない卑怯者だって。そんな男に、その黒々とした雄の象徴みたいな茂みは必要ないと思うけど。ふふ、子どもでもいいんじゃない?」
「…でも、それだと、時枝さんが」
「時枝の状態だと、この『橋爪さん』と対面できるのは、しばらく掛かるよ。それに、こういうのも好きかも知れないじゃない? 時枝も放っておかれた期間が長いから、色々遊んでいるみたいだし」
「そうだね。そうだ、観察日記でも付けようか。毎日伸び具合を写メで撮って時枝さんに送る? どうせ、組長さん、ここではずっと裸だし、時枝さん、入院生活は退屈だろうし」

橋爪を抜きに、二人の話が更にエスカレートしていく。

その男、激情!44

「銃弾の跡、あの時のだね。綺麗に貫通している」

潤が、橋爪の身体に残る銃創を指で確かめるように触る。
何故か涙ぐんでいる。

「…組長さんも、死ぬような目に遭って、辛かったと思うけど…、時枝さんはもっと辛かったんだっ。なのに、なんだよ、今のあんた」

何故、この青年は泣く?
あの時?
ダメだ、ダメだ。
これがこいつらの手だ。
人の傷を利用して、人の記憶が曖昧なのを利用して、俺を違う人間に仕立て上げようとしているんだっ。

「潤、アレ、持って来て」

黒瀬が、潤を浴室の外にやる。

「兄さん、潤を泣かせないで下さい」
「勝手に泣き出したんだろ、知るかっ」
「あなたが覚えていようといまいと、あなたは残念ながら、桐生勇一なんですから。ふふ、時枝を早く、私の手元に戻して下さい」
「どういうことだ? あ? お前のイロは、あに若造だろうが。あの死に損ないとも関係があるのか?」
「寝ているのか、という意味ですか?」
「ああ。お前らの周囲は、ホモ臭が蔓延しているからな」
「ふふ、時枝とも、寝たことはありますよ。意外と良い身体してましたよ。誰かさんの仕込みが良かったのか」

バカにされた腹立ちで、忘れていた頭痛がズキッと音を立て戻って来た。
何故か心臓まで縮むように痛んだ。
そして、理由のない怒りがこみ上げて来た。

「ヤメロッ!」

唯一、自由になる足で、橋爪は大理石の床を蹴った。

「どうして、橋爪さんが怒るんです? 兄さんじゃないなら、関係ない話でしょ?」

黒瀬が『橋爪』を強調した。

「ああ、関係ないさ。ホモ臭に胸くそ悪くなっただけだ」

黒瀬の指摘通り、時枝が何をしようと自分には関係ない。
どうして腹の底から怒りが湧き上がるのか、橋爪自身、分からない。

「これ、ユウイチ用に買ってたものだけど、大丈夫かな?」

場の空気を一変させるように、澄んだ潤の声が、浴室に響く。
潤が手にトレーを持ち、戻って来た。

「ユウイチ同士、仲良く同じ道具使用でいいんじゃない? 潤がする?」
「俺? 無理無理。器用じゃないし」
「でも、あのモデルガンの改造は見事だったよ。兄さんの額に吸盤が見事に貼り付いた時は、感動したね」

あのふざけた玩具は、この若造の仕業だったのか。
鏡越しに橋爪は潤を睨んだ。

「ああいうのは得意だけど。こういうのはダメ。黒瀬がしろよ」
「何をするつもりだ」
「ふふ。橋爪さんを、兄さんに変えてみたいなと思って」

黒瀬が、トレーの上の光る物を手にした。

「――まさか、ソレ、」
「その鬱陶しい髪を、綺麗にしてあげますよ」

黒瀬が手にしたのは、散髪用のハサミだった。
ハサミの刃を広げ、橋爪の頬にピタピタと当てた。

「ヤメロッ、要らんことをするなっ。鬱陶しいのは、お前の髪だ」
「何言ってるの。黒瀬の髪は、組長さんと違って、手入れが行き届いた髪だろ。黒瀬の凛々しい顔にピッタリだっ」

潤が、黒瀬の髪に手櫛を入れながら反論した。

「ふん、この男の顔が凛々しい?」

見ようによっては、女より美しい顔をした男だ。
この顔なら、まだターゲットの時枝の方が凛々しいと言えるだろう。

その男、激情!43

大股で三歩進むと、手錠で繋がった手で、黒瀬のシャツの襟を掴んだ。

「こんなことして、タダで済むとは思っていないだろう」
「兄さん、顔が近すぎですよ。私とキスでもするつもりですか?」
「するかっ!」
「じゃあ、離れて下さい。殴るつもりでしたら、もう少し距離があっても大丈夫でしょ? ふふ、歓迎が嬉しかったのは理解できますが、兄弟で唇を重ねるのはごめんです」
「殺す。依頼は受けてないが、お前を殺す」
「できると思っているなら、あなた、殺し屋失格ですよ? ふふ、もっとも殺し屋など、あなたには不向きな職業です。冷静さが、私の半分以下ですから」

黒瀬の言う通りだった。
今の橋爪は冷静さに欠けていた。
黒瀬の挑発にまんまと引っ掛かり、黒瀬を痛め付けることしか頭になかった。
襟から手を離し、一歩だけ後退る。
手錠で繋がれた手を振り上げ黒瀬を殴ろうとした瞬間、局部に強烈な痛みが走る。

「あなたは、本当にバカになって戻って来ましたね」

激痛に、振り下ろしかけた手が止まる。

「自分が全裸だって事も忘れていたのですか? 急所丸出しで私を殺す? 面白い冗談ですね。ふふ、柔らかいクルミを片手で潰すぐらい私の可憐な潤でも出来ますよ。もっとも潤が穢れると困るので、触らせませんけど」
「はっ、なせっ!」

急所が黒瀬に手の中だ。
しかも、ギュッと握られている。
息するのも苦しいぐらいの圧迫感と痛みだ。

「それに、こちらは本物ですよ」

黒瀬が最初に持っていたふざけた銃を放り投げ、別の銃を取りだした。

「見覚えあるでしょ?」

それこそが、橋爪が所有していた銃だった。
急所を握った手を緩めることなく、黒瀬が橋爪の腹に銃を突き付けた。

「兄さん、手を頭の後ろに戻して下さい」

この状況で逆らうバカはいないだろう。
命乞いをするつもりはサラサラないが、この男にバカにされたまま死ぬのは男としてのプライドが許さない。
きっと、形勢逆転のチャンスはあるはずだと橋爪は黒瀬の指示に従った。

「黒瀬、いい加減、その手退けたら? 組長さんのだからって、俺以外のに長時間は…それに、使い物にならなくなったら、時枝さんが可哀想だし…」

結果として、潤のこの発言で橋爪は黒瀬の拷問から逃げられたのだが、どうして自分の局部とターゲットを結びつけるんだと、橋爪は不満だった。
時枝という名前が仕事以外に意味を持つことが、不快で堪らない。

「ふふ、潤のジェラシーは可愛いね。潤のクルミは、手ではなく口で優しく含んであげるから」
「バカァア…。想像しちゃっただろ。…後でして。ああ、もう、そんなことより、組長さんの歓迎も終わったことだし、黒瀬、そろそろ、アレを始めよう」

急所は解放されたが、腹に突き付けられた銃口はそのままだった。

「そうだね」
「何をしようって言うんだっ!」

どうせ良からぬことだ。
あのふざけた銃を歓迎だと言うぐらいだ。
凄く悪い予感がした。
そして、その予感は当たった。
銃で脅されながら、橋爪は豪華な造りの浴室に案内された。
大きな鏡の前に置かれた椅子。
そこに座るよう命じられた。
座ると直ぐに手錠を掛けた手を椅子の背もたれに固定され、そのうえ、身体を麻紐で括り付けられた。
鏡に映る自分の姿。
素っ裸で縄を掛けられた、憐れな囚人そのものだった。

その男、激情!42

本気なのか?
黒瀬の冷たく笑う視線に、橋爪は本心が読めない。  
先程はあった潤の制止も入らない。
ベッドに飛ぶ血は勘弁だが、床と壁に血が飛ぶのは構わない、という事なのだろう。
緊迫した空気が、橋爪と黒瀬――二人の間に流れた。

「黒瀬、ちょっと近すぎない? もう五十センチ程離れて。じゃないと」

なんだ、この若いの?
黒瀬に指図できる程、銃にこなれているようには見えない。
それに、距離は関係ないだろ。
どのみち、この距離から五十センチ離れたとしても、俺の血と脳味噌が壁を汚す。
橋爪は、潤の意図が分からなかったが、自分を殺すことには同意らしいと、納得した。

「黒瀬、さっさとヤッて」
「いいね、潤の口から『ヤッて』って。ゾクゾクと興奮してしまう。ふふ、兄さん、最後に何か言いたい事は?」
「あるかっ! サッサとやれ。別にこの世に未練はない。俺が死んで泣くヤツもいないしな…」

あ、一人はいるか。
李の息子。
あの少年だけは、俺の死を哀しんでくれるかも知れないが…彼の耳に俺の死など届くはずもない…。

「いますよ。残念ながら」

ふふ、と意味ありげな笑みを黒瀬が浮かべる。

「黒瀬、早くっ! 早くみたいっ!」

只者じゃないのは、黒瀬だけかと思ったら、何だ、こいつ。
人が殺されるがそんなに見たいのか?
橋爪が、潤を睨んだ。
潤は視線に怯えることなく、「うわ、久しぶりに見るその目」とバカにしたように戯けた。

「いい夢を」

黒瀬がトリガーに指をかけ、引いた。

『俺の人生って…一体…、』

人は死ぬ瞬間、何を思うのだろう。
走馬燈のように過去を映像で見るのか…
ふん、過去のない男が何を言ってるんだ。
一秒にも満たない時間、橋爪は自分の人生を振り返ろうとし、振り返る過去がないことを痛烈に感じた。
そして、額に衝撃が走り……短いとは言い難いが、長いとも言えない人生の幕が下りた、―――はずだった。
パン、パンと、いう消音の銃とは違う派手な音が耳に届く。
地獄というのは騒がしい出向かえをする場所なのか、とすっかりあの世で魂だけの存在になったつもりで、橋爪は目を開けた。

「は? 」
「お帰りなさ~~~いっ!」

パンパンと派手な音が、また響く。

「……て、テメェラァアアアアッ!」

あの世でも地獄でもなく、橋爪はこの世にいた。
地の底から湧出たような怒り心頭で身体を震わせ大声で叫んだ。
それも仕方がないだろう。
この状況で冷静にいられるのは、かなりの徳を積んだ僧侶ぐらいなものだろう。
撃たれたはずの橋爪の額には、弾の貫通した穴はなく、代わりに何かが貼り付いていた。
そこから、黒瀬が持っている銃へ伸びた一本のヒモ。そのヒモには

『お帰りなさい、組長さん! 熱烈大歓迎♪』

と書かれた垂れ幕が下がっている。
銃に実弾は入ってなく、橋爪の額に飛んで来たのは、このふざけた垂れ幕付きのヒモを固定する吸盤だったのだ。
そして、遅れて聞こえてきたのは、潤が鳴らしたクラッカーだったらしい。
床に紙で出来たリボンが散らかっていた。

「どう、私の腕は?」
「凄いよ、黒瀬。見事に額のど真ん中」

二人とも、一仕事終えたと満足そうだった。

「いい加減にしろっ!」

これ程バカにされたことなどない。
ないはずだ。
ほとんどが欠落したままの過去だが、人に蔑まれた時に感じる感情は、頭の片隅に残っているはずだ。
手錠を掛けられ後頭部に置いていた手を頭部を越え前に持ってくると、額に貼り付いた吸盤を床に叩きつけるように落とした。
黒瀬を殴るか蹴るかしないと気が済まない。
手錠を掛けられたぐらいで、怯む橋爪ではない。
相手が銃を持っていたから、言いなりになっていただけのこと。
その銃が、ふざけた玩具だったのだ。

その男、激情!41

「ゴホッ、ゴホッ、ゲッ、…ハァ、空気が美味しい…ハア、酷い余興だよ」

首を絞められていた若い男――潤の顔は、真っ赤になり、浮腫みも出ていた。

「兄さん、両手を後頭部に」

橋爪がゆっくり手を自分の頭に回す。

「また悪さされても、困りますので」

ガチャガチャと音がし、手首に冷たい金属を感じた。 
黒瀬が拳銃を握ってない左手で、橋爪の両手首に手錠を掛けたのだ。

「そうだよ、組長さん。そんなモノ、俺の上に乗せてたら、時枝さんに殺されるぞ?」

潤が、自分の腹部に乗っている橋爪の一物を指さした。

「ふん、殺すのは、俺の仕事だ」
「はいはい、分かりましたから。一体いつまで私の潤の上に乗っているつもりですか? このまま、私に撃たれて、潤の上で腹上死のマネごとでもしたいんですか?」
「うわっ、ダメッ、黒瀬ッ! ここで引いたら…」

潤の慌てぶりに、橋爪は黒瀬が本気で自分を撃つつもりだと判断した。
チェッと舌打ちして、橋爪が跨っていた潤から降り、そのままベッドからも降りた。

「そのままゆっくり壁に向って歩いて下さい」

言われるまま、壁に向う。
反撃できる隙を窺いつつ、素直に指示に従うフリをした。
頭部に感じていた銃口の感覚が消えた。
すかさず、

「ふふ、狙ってますから。気を抜かない方がいいですよ」

黒瀬が橋爪の思考を覗いたかのように忠告をいれた。

「壁に着いたら、手はそのままでゆっくりとこちらを向いて下さい」

指示に従う。
黒瀬武史が、銃を構え立ったいた。
その距離、僅か一メートル。
一発で、間違いなくあの世行きだ。

「何処を撃って欲しいです? ご希望の場所はあります?」
「殺したいなら、サッサとやれ。命乞いなどするつもりはない」
「潤に手を掛けようとした罪は重いですよ。それに、お猿にまで手を出そうとして」
「猿? 何の話だ」

日本に来てから、猿は見ていない。

「猿を一匹攫ったでしょ。下半身を剥いて、一体何をしようとしてたんだか」

下半身…剥いて…

「…あぁ、…あのくそ生意気なガキのことか」

やっと橋爪は、此処の前に何処にいたのか思い出した。

「ガキに手など出すか。そもそも男に興味などあるかっ!」

ガキが叫いていた内容を思い出す。

『あんた、前の組長で時枝のオヤジの彼氏で、俺のオッサンの元上司だっ! 』

まともに会話したこともない、ただ写真で指示されただけのターゲットと自分が何かあるわけがない。
こいつら、寄って集って人を洗脳しようとしているのか?

「あるんじゃない? ねえ、潤」
「ないとは言わせないよ、組長さん。なかったことにした事実でも、まるっきり忘れられたんじゃ…ちょっと気分悪い。黒瀬、言ってもいい?」

潤が黒瀬に確認を取る。
詳細を告げるまでもなく、黒瀬には潤が何を言いたいのか分かっているらしい。
同一人物とは思えぬ優しい眼差しを黒瀬は潤に向け、いいよ、と頷いた。

「俺、組長さんに、無理矢理犯(や)られた事があるんだけど」

ムッとした表情で潤が言う。
だが、その表情がわざとらしく、冗談を言っているようにも見える。

「ふふ、兄さんの鬼畜ぶりは、ある意味最高でしたよ。潤の可憐な花弁に、玩具やらその情けないモノやら、同時に何本も挿れたんですからね」

黒瀬と潤が唇を合わせた。
そこで、橋爪は、この二人の関係を知った。
私の潤』というのは、私の可愛い部下という意味ではなかったらしい。

「俺のはずがないっ! そいつとは初対面だ」
「どうせ、殺すなら、あの時殺しておけばよかったですね。そうすれば、時枝にも別の人生があったかも。ふふ、覚悟して下さい」

黒瀬が橋爪の額に狙いを定めた。