「ゴホッ、ゴホッ、ゲッ、…ハァ、空気が美味しい…ハア、酷い余興だよ」
首を絞められていた若い男――潤の顔は、真っ赤になり、浮腫みも出ていた。
「兄さん、両手を後頭部に」
橋爪がゆっくり手を自分の頭に回す。
「また悪さされても、困りますので」
ガチャガチャと音がし、手首に冷たい金属を感じた。
黒瀬が拳銃を握ってない左手で、橋爪の両手首に手錠を掛けたのだ。
「そうだよ、組長さん。そんなモノ、俺の上に乗せてたら、時枝さんに殺されるぞ?」
潤が、自分の腹部に乗っている橋爪の一物を指さした。
「ふん、殺すのは、俺の仕事だ」
「はいはい、分かりましたから。一体いつまで私の潤の上に乗っているつもりですか? このまま、私に撃たれて、潤の上で腹上死のマネごとでもしたいんですか?」
「うわっ、ダメッ、黒瀬ッ! ここで引いたら…」
潤の慌てぶりに、橋爪は黒瀬が本気で自分を撃つつもりだと判断した。
チェッと舌打ちして、橋爪が跨っていた潤から降り、そのままベッドからも降りた。
「そのままゆっくり壁に向って歩いて下さい」
言われるまま、壁に向う。
反撃できる隙を窺いつつ、素直に指示に従うフリをした。
頭部に感じていた銃口の感覚が消えた。
すかさず、
「ふふ、狙ってますから。気を抜かない方がいいですよ」
黒瀬が橋爪の思考を覗いたかのように忠告をいれた。
「壁に着いたら、手はそのままでゆっくりとこちらを向いて下さい」
指示に従う。
黒瀬武史が、銃を構え立ったいた。
その距離、僅か一メートル。
一発で、間違いなくあの世行きだ。
「何処を撃って欲しいです? ご希望の場所はあります?」
「殺したいなら、サッサとやれ。命乞いなどするつもりはない」
「潤に手を掛けようとした罪は重いですよ。それに、お猿にまで手を出そうとして」
「猿? 何の話だ」
日本に来てから、猿は見ていない。
「猿を一匹攫ったでしょ。下半身を剥いて、一体何をしようとしてたんだか」
下半身…剥いて…
「…あぁ、…あのくそ生意気なガキのことか」
やっと橋爪は、此処の前に何処にいたのか思い出した。
「ガキに手など出すか。そもそも男に興味などあるかっ!」
ガキが叫いていた内容を思い出す。
『あんた、前の組長で時枝のオヤジの彼氏で、俺のオッサンの元上司だっ! 』
まともに会話したこともない、ただ写真で指示されただけのターゲットと自分が何かあるわけがない。
こいつら、寄って集って人を洗脳しようとしているのか?
「あるんじゃない? ねえ、潤」
「ないとは言わせないよ、組長さん。なかったことにした事実でも、まるっきり忘れられたんじゃ…ちょっと気分悪い。黒瀬、言ってもいい?」
潤が黒瀬に確認を取る。
詳細を告げるまでもなく、黒瀬には潤が何を言いたいのか分かっているらしい。
同一人物とは思えぬ優しい眼差しを黒瀬は潤に向け、いいよ、と頷いた。
「俺、組長さんに、無理矢理犯(や)られた事があるんだけど」
ムッとした表情で潤が言う。
だが、その表情がわざとらしく、冗談を言っているようにも見える。
「ふふ、兄さんの鬼畜ぶりは、ある意味最高でしたよ。潤の可憐な花弁に、玩具やらその情けないモノやら、同時に何本も挿れたんですからね」
黒瀬と潤が唇を合わせた。
そこで、橋爪は、この二人の関係を知った。
私の潤』というのは、私の可愛い部下という意味ではなかったらしい。
「俺のはずがないっ! そいつとは初対面だ」
「どうせ、殺すなら、あの時殺しておけばよかったですね。そうすれば、時枝にも別の人生があったかも。ふふ、覚悟して下さい」
黒瀬が橋爪の額に狙いを定めた。