その男、激情!45

「黒瀬は、顔だけじゃなくて、心も凛々しい。組長さんも、早く精悍で凛々しい元の組長さんに戻れよ。せめて姿だけでも」
「俺は男として精悍だ。この優男(やさおとこ)に負けているとでもいうつもりか」
「図々しいよ、組長さん。黒瀬に勝っているつもり? ダイダイ攫って、何かを企もうとしてたくせに。姑息だろ。銃を振り回しているから、精悍なんて言うつもりじゃないよな? そんな生き方している人間は、普通の暮らしをしている人間より、全てにおいて負けてる。ってことに気付けば?」

潤は怒っていた。
自分の知っている桐生勇一の顔をし、その身体を持つ人間が、その欠片も見せないことに。
少なくとも潤の知っている勇一は、男気溢れ、桐生の構成員から長として尊敬される男だった。
弱い面もあったが、一本筋の通った男だった。

「だいたい、時枝さんを殺したいなら、正面切って行けばいいだろ。こそこそと姿隠して狙撃なんて、卑怯者のすることだっ!」

人の目のある街中で、正面切って殺しにいく殺し屋など皆無に等しいが、勇一には堂々とした人間であって欲しいのだ。
黒瀬が過去に潤を忘れたことがあった。
だが、黒瀬は黒瀬のままだった。
勇一は違う。
過去と一緒に本来の勇一まで消えたようで、潤の中に哀しさと憤りがこみ上げていた。

「卑怯者だとぉおっ! もう一遍言ってみろっ!」

頬にハサミが当たっていることも忘れ、橋爪が吠えた。
頬に赤い筋が出来た。
しかし深くはない。
黒瀬が咄嗟にハサミを外したからだ。

「危ないな。殺し屋さんにしては、冷静さに欠けてますよ。ふふ、だから、あなたにそんな仕事は向いてないんですよ。傷物にしたら、時枝に叱られるかな?」

黒瀬の指が橋爪の頬の赤い筋をなぞり、手に付着した血液を舐めた。

「この血の中に、桐生の血が流れているんですよ。逃がしませんよ、兄さん」

黒瀬が橋爪の髪を一房握ると、ハサミを構えた。

「切るなッ!」
「女じゃあるまいし、髪が命だって情けないこと言わないで下さいよ」

容赦なく、黒瀬がハサミのクリップを閉じた。
ザリッという音がし、バサッと黒い髪が大理石の光沢のある床に散る。
止めさせようと、橋爪が頭を振る。

「そういうの、無駄な抵抗って言うんですよ。耳切り落としても知りませんよ?」
「っつぅ、」

黒瀬が後部の髪を、ギュッと後ろに引っ張った。

「こうすれば、首を振れないでしょ。子どもじゃないんですから、大人しくカットされなさい。あまり聞分けがないと、ふふ、あとで、その無意味なヘアも剃りますよ?」
「…ナニをぉおっ!」

髪を引っ張られ、顎を天井に向けた格好でも、黒瀬のヘアがどこを指すのかは、橋爪にも分かった。

「無意味なヘアーって、ココのこと?」

潤が、橋爪の局部を指さした。

「ふふ、潤も言ってたじゃない? 精悍さもない卑怯者だって。そんな男に、その黒々とした雄の象徴みたいな茂みは必要ないと思うけど。ふふ、子どもでもいいんじゃない?」
「…でも、それだと、時枝さんが」
「時枝の状態だと、この『橋爪さん』と対面できるのは、しばらく掛かるよ。それに、こういうのも好きかも知れないじゃない? 時枝も放っておかれた期間が長いから、色々遊んでいるみたいだし」
「そうだね。そうだ、観察日記でも付けようか。毎日伸び具合を写メで撮って時枝さんに送る? どうせ、組長さん、ここではずっと裸だし、時枝さん、入院生活は退屈だろうし」

橋爪を抜きに、二人の話が更にエスカレートしていく。