その男、激情!43

大股で三歩進むと、手錠で繋がった手で、黒瀬のシャツの襟を掴んだ。

「こんなことして、タダで済むとは思っていないだろう」
「兄さん、顔が近すぎですよ。私とキスでもするつもりですか?」
「するかっ!」
「じゃあ、離れて下さい。殴るつもりでしたら、もう少し距離があっても大丈夫でしょ? ふふ、歓迎が嬉しかったのは理解できますが、兄弟で唇を重ねるのはごめんです」
「殺す。依頼は受けてないが、お前を殺す」
「できると思っているなら、あなた、殺し屋失格ですよ? ふふ、もっとも殺し屋など、あなたには不向きな職業です。冷静さが、私の半分以下ですから」

黒瀬の言う通りだった。
今の橋爪は冷静さに欠けていた。
黒瀬の挑発にまんまと引っ掛かり、黒瀬を痛め付けることしか頭になかった。
襟から手を離し、一歩だけ後退る。
手錠で繋がれた手を振り上げ黒瀬を殴ろうとした瞬間、局部に強烈な痛みが走る。

「あなたは、本当にバカになって戻って来ましたね」

激痛に、振り下ろしかけた手が止まる。

「自分が全裸だって事も忘れていたのですか? 急所丸出しで私を殺す? 面白い冗談ですね。ふふ、柔らかいクルミを片手で潰すぐらい私の可憐な潤でも出来ますよ。もっとも潤が穢れると困るので、触らせませんけど」
「はっ、なせっ!」

急所が黒瀬に手の中だ。
しかも、ギュッと握られている。
息するのも苦しいぐらいの圧迫感と痛みだ。

「それに、こちらは本物ですよ」

黒瀬が最初に持っていたふざけた銃を放り投げ、別の銃を取りだした。

「見覚えあるでしょ?」

それこそが、橋爪が所有していた銃だった。
急所を握った手を緩めることなく、黒瀬が橋爪の腹に銃を突き付けた。

「兄さん、手を頭の後ろに戻して下さい」

この状況で逆らうバカはいないだろう。
命乞いをするつもりはサラサラないが、この男にバカにされたまま死ぬのは男としてのプライドが許さない。
きっと、形勢逆転のチャンスはあるはずだと橋爪は黒瀬の指示に従った。

「黒瀬、いい加減、その手退けたら? 組長さんのだからって、俺以外のに長時間は…それに、使い物にならなくなったら、時枝さんが可哀想だし…」

結果として、潤のこの発言で橋爪は黒瀬の拷問から逃げられたのだが、どうして自分の局部とターゲットを結びつけるんだと、橋爪は不満だった。
時枝という名前が仕事以外に意味を持つことが、不快で堪らない。

「ふふ、潤のジェラシーは可愛いね。潤のクルミは、手ではなく口で優しく含んであげるから」
「バカァア…。想像しちゃっただろ。…後でして。ああ、もう、そんなことより、組長さんの歓迎も終わったことだし、黒瀬、そろそろ、アレを始めよう」

急所は解放されたが、腹に突き付けられた銃口はそのままだった。

「そうだね」
「何をしようって言うんだっ!」

どうせ良からぬことだ。
あのふざけた銃を歓迎だと言うぐらいだ。
凄く悪い予感がした。
そして、その予感は当たった。
銃で脅されながら、橋爪は豪華な造りの浴室に案内された。
大きな鏡の前に置かれた椅子。
そこに座るよう命じられた。
座ると直ぐに手錠を掛けた手を椅子の背もたれに固定され、そのうえ、身体を麻紐で括り付けられた。
鏡に映る自分の姿。
素っ裸で縄を掛けられた、憐れな囚人そのものだった。