その男、激情!44

「銃弾の跡、あの時のだね。綺麗に貫通している」

潤が、橋爪の身体に残る銃創を指で確かめるように触る。
何故か涙ぐんでいる。

「…組長さんも、死ぬような目に遭って、辛かったと思うけど…、時枝さんはもっと辛かったんだっ。なのに、なんだよ、今のあんた」

何故、この青年は泣く?
あの時?
ダメだ、ダメだ。
これがこいつらの手だ。
人の傷を利用して、人の記憶が曖昧なのを利用して、俺を違う人間に仕立て上げようとしているんだっ。

「潤、アレ、持って来て」

黒瀬が、潤を浴室の外にやる。

「兄さん、潤を泣かせないで下さい」
「勝手に泣き出したんだろ、知るかっ」
「あなたが覚えていようといまいと、あなたは残念ながら、桐生勇一なんですから。ふふ、時枝を早く、私の手元に戻して下さい」
「どういうことだ? あ? お前のイロは、あに若造だろうが。あの死に損ないとも関係があるのか?」
「寝ているのか、という意味ですか?」
「ああ。お前らの周囲は、ホモ臭が蔓延しているからな」
「ふふ、時枝とも、寝たことはありますよ。意外と良い身体してましたよ。誰かさんの仕込みが良かったのか」

バカにされた腹立ちで、忘れていた頭痛がズキッと音を立て戻って来た。
何故か心臓まで縮むように痛んだ。
そして、理由のない怒りがこみ上げて来た。

「ヤメロッ!」

唯一、自由になる足で、橋爪は大理石の床を蹴った。

「どうして、橋爪さんが怒るんです? 兄さんじゃないなら、関係ない話でしょ?」

黒瀬が『橋爪』を強調した。

「ああ、関係ないさ。ホモ臭に胸くそ悪くなっただけだ」

黒瀬の指摘通り、時枝が何をしようと自分には関係ない。
どうして腹の底から怒りが湧き上がるのか、橋爪自身、分からない。

「これ、ユウイチ用に買ってたものだけど、大丈夫かな?」

場の空気を一変させるように、澄んだ潤の声が、浴室に響く。
潤が手にトレーを持ち、戻って来た。

「ユウイチ同士、仲良く同じ道具使用でいいんじゃない? 潤がする?」
「俺? 無理無理。器用じゃないし」
「でも、あのモデルガンの改造は見事だったよ。兄さんの額に吸盤が見事に貼り付いた時は、感動したね」

あのふざけた玩具は、この若造の仕業だったのか。
鏡越しに橋爪は潤を睨んだ。

「ああいうのは得意だけど。こういうのはダメ。黒瀬がしろよ」
「何をするつもりだ」
「ふふ。橋爪さんを、兄さんに変えてみたいなと思って」

黒瀬が、トレーの上の光る物を手にした。

「――まさか、ソレ、」
「その鬱陶しい髪を、綺麗にしてあげますよ」

黒瀬が手にしたのは、散髪用のハサミだった。
ハサミの刃を広げ、橋爪の頬にピタピタと当てた。

「ヤメロッ、要らんことをするなっ。鬱陶しいのは、お前の髪だ」
「何言ってるの。黒瀬の髪は、組長さんと違って、手入れが行き届いた髪だろ。黒瀬の凛々しい顔にピッタリだっ」

潤が、黒瀬の髪に手櫛を入れながら反論した。

「ふん、この男の顔が凛々しい?」

見ようによっては、女より美しい顔をした男だ。
この顔なら、まだターゲットの時枝の方が凛々しいと言えるだろう。