秘書の嫁入り 夢(23)

「勝貴、感じるだろ? イッたばかりの俺のがムクムクと育っているのを。この子は、一番好きな場所をどこか知っているからなあ」

悪いな、と言うなり勇一が時枝を突き飛ばした。
時枝の身体が勇一から離れ、ソファからも落ち、ラグの上に転がった。
眼鏡はとっくの昔にラグの上だったが、幸い、眼鏡の上には落ちなかった。

「…痛いだろっ、」
「痛いぐらい、俺から酷くされるの好きなんだろ」

時枝の顔が、誰が見ても分るぐらい赤くなる。
勇一は腹に付いた白濁のモノを拭うこともなく、転がった時枝を肩に担ぐ。

「武史、客間借りるぞ。もちろん、文句ないよな?」
「ええ、ありませんよ。後片付けはして下さいよ。その様子じゃ、凄く汚れそうですからね。あと、内線のスイッチ、オンで」
「ああ、イイ声聞かせてやる」

雄々しい勇一の太腿には、時枝が勇一の中で出したモノが伝って降りていた。

「…組長さん、それ…先に流した方が」

潤が、後処理を勧めたが、勇一はニヤッと笑い、

「そんな勿体ないこと、できるか」

と、時枝を担いで出て行った。

「私達は先に食事にしよう。お腹空いてるよね?」
「ペコペコ……大丈夫かな…時枝さん」
「心配いらないよ。時枝、嬉しくて溜まらないんじゃない。多分、処女より乙女らしい反応しそう…ふふふ、素敵なBGM付きの晩餐といこう」

潤と黒瀬はダイニングへ、時枝を担いだ勇一は客間へと移動した。

「ここは、俺とお前の記念の部屋だったな」
「記念って…」
「覚えているだろう。ここで俺と勝貴は、初セックスだった」
「……恥ずかしいこと、言うな」
「お前、さっきまで散々、人を乱暴に掘っておいて、恥ずかしいも何もないだろうが。ほら、降りろ」

ドガッと、ベッドの上に勇一が担いでいた時枝を乱暴に放り投げた。

「俺は物じゃないぞ。丁寧に優しく扱え」

マットレスが時枝の体重を受けて沈むぐらい、激しく投げ付けられた時枝が抗議した。

「ウルセ―。優しくなんぞ、扱うはずねえだろ。優しくすれば『同情だ、愛してないんだ』て、俺のこの粘っこい愛を疑うくせによ。あげくの果てに、人のケツ掘りやがって」
「疑い? 勃起しなかったくせに…」
「ああ、悪かったよ。お前じゃなければ、傷付こうがどうしようが、俺の一物が反応しなくなるなんてことなかっただろうよ。しょうがないだろ。勝貴は、俺の一部なんだ。勝貴が傷付いていると、連鎖反応するんだよ」
「…なんだよ、その言い分…じゃあ、何か、もう俺が傷付いてないと思っているのか? だから、そんな状態なのか」

時枝が、天を仰ぐ勇一の雄芯を指さした。

「違うね。そんな浅い傷じゃないことぐらい、分ってるさ」

今度は勇一自身が、ベッドの上にダイブしてきた。
避けようとした時枝を組み敷いた。

「あれ以上、傷付けたくなかった。勝手に本能がストップかけてた。だが、違うって気付いただけだ。俺だけはお前を傷付けても良かったんだ」
「なんだ、その言い草は」
「お前が嫌がろうが、泣き喚こうが、お前は俺のモノだ。他の誰かに付けられた傷なんか、関係あるか。お前だって、さっき言ったじゃねえか。他の誰かと何しようが、意味がなかったって。俺がお前に遠慮する理由がないってことに、気付いただけだ。更に痛みを感じるなら、共有すればいいだけのことだろ?」
「人を、モノ扱いしやがってっ! 勝手なこと言うな」

時枝が、勇一を睨み付ける。
しかし、迫力に欠けた睨みだった。
水分タップリの池の中に沈んだ眼球で睨み付けられた勇一が、堪えきれず笑みを洩らした。
バカにしたのではなく、愛おしいのだ。

「可愛いヤツ。勝手なこと? 言うに決まってる。俺は勝手にしていいぐらいには、勝貴に愛されている。違うか?」
「違……わない」

時枝の目は既に洪水状態だった。

「ワン公に変なことさせたり、武史達と何やらしていたらしいな? そんな浮気行為するぐらいだから、覚悟は出来てるよな、勝貴ちゃん?」

勇一が時枝の腕を一本ずつ頭上に上げさせる。
片手で時枝の手首を二本一緒に縫止めた。

「分っていると思うが、俺のココが勃っているのは前立腺弄られたからじゃあないぜ。その分はもう一回出したからな」

目の縁を赤くし、頬を濡らす時枝の顔を勇一が獣の目で見下ろした。

「……本気…なのか?」

時枝の身体が小刻みに震えだした。
黒瀬には一度挿入されたが、勇一とはもう長い間身体を繋いでない。
イヤ、つい先程、繋いだことは繋いだが、受け入れてはいない。

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秘書の嫁入り 夢(22)

「やあ、兄さん。今晩は。ご招待した時間にはまだなってないようですが」

ソファの上では裸体の男二人が絡んでいる。

「時枝、食事の用意が済んでいないようだか、ふふふ、兄さんの身体を料理するのに、忙しそうですね」

黒瀬がコートを脱ぐと、潤に手渡した。
潤は、顔を上げられず下を向いたままだ。

「…武史か…はぁ、てめぇ…、後で…、覚えてろッ…勝貴、こらっ、ぁあうっ、ソコは」
「男の時枝も、悪くないでしょ? 実際、兄さんより時枝の方が男らしいんですよ」

黒瀬が、ツカツカと勇一と時枝の側に近づいた。
ソファの上の二人を観察するように見下ろした。

「時枝、兄さんの中はどう? 使ってないから、狭くてキュッと締め付けてくるんじゃない?」
「うるさい、武史、邪魔するなっ」

秘書モードゼロの時枝だった。
黒瀬のことを面と向って武史と呼ぶのは珍しい。

「おお、コワッ。時枝、酒臭い。な~るほどね。理性の箍が外れちゃったかな? ふふふ、潤おいで」

黒瀬が目を伏せ、赤い顔をした潤を呼び寄せる。

「こっちにおいで」

ソファのアームに黒瀬が腰を降ろすと、潤を膝の上に招いた。
勇一の頭の先に、二人は陣取った。

「兄さんのアソコ、見てごらん」

潤がゆっくり勇一の身体に視線を這わす。

「…勃ってる」

時枝のモノが前立腺を刺激しているのか、勇一の雄芯は見事に勃ち上がっていた。

「…はぁ、二人して、…見てるんじゃ…ねえ…あぅ、あ アッチ…行けっ!」
「いいじゃないですか。お二人の愛の交わりを鑑賞させて下さいよ」

しれっと黒瀬がかわす。

「…こらっ、勝貴も、…あぁああ、だから、手加減しろって…、 …何とか、言えよ」
「邪魔しないなら、別に構わん。見られて、やましい事をしている訳じゃない。ほら、イけよ、勇一」

潤は知らないが、時枝も散々女を喰ってきた人間だ。
童貞こそ勇一の謀らいで捨てたが、その後はどれだけ女と寝てきたか。
雄としてのテクニックだって、勇一以上に持った男だ。
受ける立場としての経験もある。
そんな時枝に責められれば、後ろの経験が乏しい勇一は、一溜まりもないだろう。

「時枝さん、凄い…別人みたい」
「でも、時枝、本当は兄さんに抱かれたいんだと思うよ。兄さんを身体で受け止めたいんだと思うけど。そうしてくれなかった兄さんへの恨み辛みが反動になっているんじゃない?」

勇一の経験が少ないと分っているくせに、激しく打ち込む時枝は、鬼気迫るものがある。
ズブッズブッという音が、潤と黒瀬の耳に届くくらい、激しく責められていた。

「…勝貴、…もう、いいだろっ、ぁあっ、こんなに乱暴にしなくても…お前が男だって、知ってるぞ……あっ、くそっ、」
「素直に、イケッ!」

どこにその体力があったのか、というぐらい時枝が腰を使っていた。
差込んだまま、円を描くように回す腰つきは卑猥そのものだ。
勇一が手を伸ばした。

「…抱かせろ」
「俺は、こっちの方がいい」

時枝が勇一の伸びた手を握った。
勇一としっかり両手を握りあったまま、時枝が最後の留めを刺した。
一刺し、勇一の身体を貫くように引いた腰を激しく突き入れた。

「っぐ、ふぅ…勝貴ッ!」

勇一の身体が大きくバウンドし、勇一の上向いた先から、白濁の物が数回に分けて放出された。

「ぁあっ、イイッ…良かった……」

バタンと時枝が勇一の上に沈む。

「――勝貴、気が済んだか?」
「……気が済むとかすまないとかの、問題じゃない……イテェ…足が攣る」
「ばぁか、無理するからだ。―――勝貴、お前だけ、俺を好き勝手にして、狡いと思わないか? …良い経験をさせてもらったよ。桐生の組長を掘るなんて、お前ぐらいだろうよ。さすが、勝貴だ。お前以外には絶対、尻など預けないが、お前にならいくら預けてもいい。が、それじゃあ、お前の気は済まないだろ?」
「…だから、言っただろ。気が済むとか…済まないの…話じゃ……」

時枝の様子がおかしい。
さっきまでの強気の時枝ではない。
発散したおかげで、酔いが醒め始めていた。
潤と黒瀬もそれを感じていた。
この先どうなるんだ、とコトが終わった二人から目が離せない。

「お陰様で、ご期待にお応えできそうだ。イヤ、犯り殺せそうなぐらいキている…」
「え? あっ、」

腹の下で蠢く物の存在を、時枝は感じた。

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秘書の嫁入り 夢(21)

「抱かせろ」
「…はい?」
「だ・か・せ・ろ」
「……えっと、勝貴、今なんて」

気のせいかなと、わざとらしく勇一が頭をポリポリと掻く。

「俺が、勇一を抱く。俺を抱けないなら、俺が抱く。文句あるか?」
「…いや、その…文句あるとかないとかじゃ、なくて…」
「俺のこと、同情じゃなく好きだよな」
「それは、もちろん…えっ」

そこは黒瀬宅のリビングだった。
確か、時枝は食事の準備をしていた。
そして、憤怒し逆上し、乗り込んできたのは勇一の方だった。
だが、今、切れモードなのは、むしろ時枝のほうだ。
勇一に対する不満と、抑圧された勇一への欲望が酒の力で噴きだしていた
時枝の頭にあるのは、食事の準備でもなければ、招待状の言い訳でもなければ、そこがどこだということでもなく、勇一を抱きたいという一念だけだった。
時枝が勇一を押し倒し、唇を塞いだ。
勇一が目を白黒泳がせている。
こんな展開を想像していたはずがない。

「一つだけ確認しておく」

荒々しく口内を犯された勇一が、はあ、はあと息を切らしている。

「これは強姦じゃないよな? 合意だよな、勇一?」

これが、あの勝貴なのか?
弱々しく、一人でいることを不安がって、子犬相手でも震えていた勝貴なのか?
本質は、男気溢れる芯の通った男だということはもちろん知っている。
しかし、拉致され戻ってきた以降の時枝と同じ人間とは勇一には思えなかった。
キツネに抓まれたような気がする。
悪夢とまでは言わないが、異様な夢の中にいるような気がする。

「…強姦じゃないが…」

本気で俺を掘るって言うのか?

「心配するな。優しくしてやる」

黒瀬と潤が帰宅する前に、時枝と勇一の一戦が始まった。

「ユウイチ、時枝さんは?」

帰宅した黒瀬と潤を出迎えたのは、ユウイチだけだった。

「組長さんも…これ、組長さんの雪駄(せった)だよね?」

エレベータを下りた場所に脱ぎ捨てられていたのは、本トカゲの雪駄だった。

「この趣味の悪さは兄さんの物に間違いないけど」
「組長さんが来ているにしては、静かだね」
「どうする? もしかしたら相討ちしてたりして…」
「・・・」

黒瀬は冗談のつもりで言ったのだが、潤の顔が一気に青くなる。
黒瀬とユウイチを残したまま、急に「どこだっ!」と叫びなら駆けだした。

「時枝さんっ! 組長さんっ!」

二人ともどこかにいるはずなのに、潤の呼びかけに答えないので、潤の不安が募る。
キッチンを真っ先に覗いたが、時枝の姿もユウイチの姿もなかった。
香ばしい匂いの天ぷらが皿の上に大量に盛られていたが、まだ途中なのか、中途半端に調理器具が出しっぱなしだ。
キッチンを出ると、ユウイチが尻尾を振って待っていた。 
付いて来いというように尻尾を振り、潤をチラ見しながら潤の前をスタスタと歩いて行く。
ユウイチの後を追うと、ユウイチがリビングのドアの前で止った。
そのあと、急に機嫌が悪くなり「ウーッ」と唸る。
潤を振り返り、ココだと教えるように吠えだした。

「リビングにいるんだね。二人とも?」

どうもそうらしい。
またユウイチがドアに向って唸りだした。
潤の耳にユウイチの唸り声でない何かが聞こえた。

「ユウイチ、少しだけ、シッ」

潤が自分の口に人差し指を当てると、ユウイチが唸るのを止めた。
すると――……

『…うっ、…はぁっ、……勝貴、優しく…しろっ…』
『――ココ、気持ちいいだろ』
『…慣れて…ないんだっ……』

これって、…まさか、あの二人…

「潤、兄さん達いた? どうした、赤い顔して」

黒瀬がやって来た。

「声がするんだけど」

ナニナニと、黒瀬がドアに耳を欹(そばだ)てる。

「しょうがない二人だ。私の演出無しで始めてしまって。ふ~ん、時枝、頑張っているみたいだね。鑑賞させてもらおう」
「黒瀬ッ!」

潤が慌てて黒瀬を止めようとしたが、遅かった。
黒瀬はリビングのドアを開け中に入って行った。
止めようとした潤はバランスを崩し、前につんのめりながらリビングの中に入ってしまった。

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秘書の嫁入り 夢(20)

「ユウイチ、止めなさい」

時枝が勇一の手を振り払い、ユウイチの側に行く。

「ユウイチ、この人、俺の友達だから。不審者じゃないから、大丈夫です」

時枝の顔と勇一の顔を見比べ、ユウイチが吠えるのを止めた。
しかし、気を許したわけではないらしく、時枝の脚の後ろに身体を隠し、顔だけ出して勇一を睨み付けていた。

「…確認したくないが、こいつの名前は…俺と一緒か?」
「ああ、そうだ。おいで、ユウイチ」

手を前に広げてやると、床からユウイチがジャンプして時枝に飛びかかった。
そのまま、時枝はユウイチを抱いて身体を撫でてやる。
動物の本能で時枝と勇一のただならぬ関係が分るのか、優越感に浸ったような視線をユウイチが勇一に向けた。
時枝は自分のモノだという表情を見せる子犬が、勇一には憎々しい。

「…お前…子犬だって怯えていたのに」
「そうだな。こいつは俺の身体が好きらしいぞ……どこかの誰かさんと違って、いい仕事する。招待状にあった通りだ」
「話、聞かせろ。事と次第によっては、これで武史を刺す」

懐から勇一が取りだしたのは、佐々木から奪った短刀だった。

「…物騒なモノ持ち出すな。貸せ。俺が預かる。武史は、可愛い弟だろ。頭冷やせ」

時枝が勇一から短刀を取り上げると、ユウイチを抱いたままリビングから出て行った。
短刀をキッチンの流しの下に隠しユウイチに餌を与え、ここで大人しく待つように命じると、日本酒の入った湯飲みを持って勇一の元に戻った。

「これでも、呑め。少しは頭、冷えたか」

湯飲みを勇一に渡したが、呑む気配はない。

「冷えるはずないだろ。脳裏に画像が焼き付いているんだ。武史に無理矢理撮らされたんじゃないのか? あいつならしそうなことだ」
「言い出しっぺは武史だ。だが、無理矢理じゃない。俺が撮影をOKしたんだ。俺の痴態なら、勇一が飛んで来ると思ったからな……まさか、短刀持ち出すとは思わなかったけど、武史の策略通り、勇一は飛んで来た」
「普通に呼び出せば、いつでも来た。あそこまでする必要がどこにある。勝貴、自分で傷の上塗りのようなことするな」

日本酒に口を付けない勇一から時枝が湯飲みを奪い、自分が一気に呑んだ。

「あの画像を見て分っただろ。こっちに来て、ユウイチ限定でも俺は触れるし、発作に見舞われることもなくなった。傷の上塗りでどうして悪い? お前が相手してくれなくても、ユウイチはお前の代わりに俺を慰めてくれる……見せつけたかったんだ……悪いか?」

酒の力を借り、時枝が勇一に本音を漏らす。

「――勝貴」
「俺はな、勇一だけに勃っていたんだ…それなのに…今じゃ……勇一以外でも反応する身体だ……無理矢理開かれれば、外国人でも犬でも武史にも潤にも……強姦されても勃起したんだよ。お前見たんだろ。だけど、勃起することに何の意味がある? 射精することに意味があるか? 子作りでもないんだ。意味など無かった……恥じる必要もなかったんだっ。違うか!?」

時枝の話した内容に、聞き捨てならない単語があった。

「…武史や潤って・・・」
「うるさいッ! 問題はそこじゃないっ!」

久しぶりの酒が、時枝を解放していく。
怒っていたはずの勇一は、時枝の勢いに押され、疑惑をそれ以上確かめられなかった。

「お前と…勇一と寝るのとは、意味が違うんだよ。お前以外は…何されてもただの暴力や自慰と変わらないんだ」

分ってるのかと、時枝が勇一の胸ぐらを掴む。

「…はい」

逆らえない勇一が、小さく返事する。

「だがな、だからといって、お前がルミと浮気をしたことを許すかどうかは、別の問題だ。人が一生懸命トラウマを克服しようと頑張っている間、お前はっ!」
「…えっと…、それは…俺も…その」
「女の柔肌で快楽三昧だったらしいな」
「…だから、俺も…勝貴の為に…」
「俺の為に何だ? 嫉妬させようとしたのか? 俺には勃たないくせに、ルミには勃つって、見せつけたかったのか?」

完全に時枝の目は据わっていた。
ヤバイ、と勇一の本能が警鐘を鳴らした。

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秘書の嫁入り 夢(19)

「社長、携帯が鳴ってます」

まだ、黒瀬と潤は社内にいた。
会議が終わった直後で、社長室に戻る途中だった。

「ありがとう」

潤が預かっていた黒瀬の携帯を手渡す。

「佐々木からか」

黒瀬が一瞬ニヤッと笑みを浮かべ、携帯に出る。

「…あ、そう。じゃあ、先に着いてるかもしれないね。…まだ会社だけど。その様子じゃ、時間見てないよね…八時、て書いてたのに。ふふふ、兄さん、多分週末本宅には戻れないから…佐々木、あとを頼むよ…」

黒瀬が携帯を閉じると、潤が、組長さんのことかと、興味津々の目を向けた。

「招待状見て、事務所を飛び出したみたい。今頃もう、マンションに着いていると思うよ。私達も急ごう」

黒瀬がコートを羽織り、帰り支度を始めた。

「時枝さん、まだ夕飯の準備終わってないんじゃない?」

潤が終わったばかりの会議の資料を重要度別に仕分けし、キャビネットと黒瀬の鞄に入れていく。

「食事も兼ねての招待のつもりだったけど、兄さんそれどころではないみたいだよ」
「きっと、驚いたよね。犬を克服している時枝さんの姿を見て、感動してたりして」
「それがね、怒っているみたい。佐々木の短刀奪って出て行ったみたいだから」

動いていた潤の手が止る。

「黒瀬ッ! 早く帰ろうっ! 時枝さんとユウイチが心配だ」
「大丈夫。多分兄さんが怒っているの、私にだから。今頃、時枝に出迎えられて、拍子抜けしているんじゃない?」
「…どうして、黒瀬に怒るんだよ。短刀って、黒瀬を刺すつもりかよ……もしもの時は、俺が黒瀬守るからな」
「ふふ、ありがとう。でも、大丈夫だよ。それより、今夜は楽しい事が起りそうな予感がするよ。潤も早く帰り支度をしておいで」

楽観的な黒瀬とは裏腹に、潤は本当に大丈夫かなと、不安で一杯だった。
時枝は黒瀬宅のキッチンで天ぷらを揚げていた。
勇一が来るかもしれないと、勇一の好物の天ぷらを大皿に盛っていく。
来ない場合を考えて個別には盛らず、人数の調整がきくように、一つの皿に揚げた天ぷらを盛る。
海老にナスにサツマイモにシシトウに椎茸にイカにササミに…とかなりの種類だ。
八時と聞いていた。
まだまだ時間はあるが、落ち着かない時枝は料理に没頭していた。
時枝宅から付いて来たユウイチは、リビングの床に敷かれたラグの上で寝ている。
子犬だけあって、一旦寝るとなかなか起きない。
インターフォンが鳴ったので、火を止め、出た。
モニターに映っていたのは、勇一の逆上した顔だった。

『武史、コノヤロ―ッ、開けろっ!』
「勇一、大声を出すな。社長はまだ戻っていない」
『…え……、勝貴か……お前…武史の所で何をやってるんだ』

少しだけ、トーンが下がる。

「何って、夕飯の準備だ。勇一の分も用意してあるから、怒るな」
『空腹で、怒っている訳じゃないっ』
「じゃあ、なんでだ? 招待状か?」

他に怒る理由がないだろう。
さすがに喜ぶとは思わなかったが、ここまで逆上するとも時枝は思っていなかった。

『……お前…アレ…どういう事だっ!』

思い出したように、また勇一の声が大きくなる。

「どういうって、インターフォン越しに話すことじゃない。解錠したから、さっさと上がって来い」

どんな顔をして会えばいいのかと緊張していた時枝だったが、当の勇一が憤怒している為、変な緊張は溶けた。
それよりも怒り心頭の勇一を、どう宥めようかとそちらに気が向う。

「…勇一、久しぶり」

一週間と少ししかまだ経ってないというのに、半年振りぐらいに感じた。
すぐに触れたい衝動に駆られたが、勇一の怒りのオーラが強くて近寄れなかった。

「……勝貴、脚の具合はどうだ?」
「…皮膚は攣ってるが、歩くのに支障はない」
「…来い」

手首を掴まれ、引き摺られていく。

「勇一、痛い。…駄目だ、そっちは」

ユウイチが寝ているリビングの方へ行こうとするので、勝貴が慌てて止めた。

「武史達はいなんだろ。聞きたいことがある」
「だから、そこには……」

犬の優れた嗅覚と聴覚で、ユウイチは自分が知らない人間がいることを悟ったらしい。
眠っていたはずのユウイチが、突然吠えだした。

「…犬? あの犬か? お前、平気なのか……愚問だった」

写真に写っていた時枝の姿を見れば、平気に決まっていた。

「あの子だけだ」
「あの子? ふん、何だその仲睦まじそうな呼び方は」

勇一がリビングに近づくとユウイチの鳴き声が、一層激しくなった。
リビングのドアを開けると、入口でユウイチが小さな身体を震わせ、牙を剥き、勇一を威嚇し始めた。

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秘書の嫁入り 夢(18)

「…黒瀬…、…あの…俺……考えたんだけど」

撮影会が終わり、時枝の部屋から戻るエレベータ―の中、潤が黒瀬に話しかけた。
黒瀬と潤の部屋と、時枝の部屋はエレベーターで繋がっている。
もちろん室内の専用エレベーターなので、靴を履く必要はない。シルクのパジャマに室内履きを履いている。

「何を考えたの?」

一つ上の階に戻るだけなので、エレベーターは直ぐに止った。

「ユウイチ、時枝さんから離した方が良くない? 教育上良くないと思う。ユウイチ、まだ子犬だよ?」

歩きながら、潤が黒瀬を見上げている。

「潤、PTAみたい」
「…あそこまで…ユウイチやるとは…思わなかった… ユウイチ、時枝さん、人間だってわかってるのかな? それに、あんなに仲良くなりすぎたら…組長さんと時枝さんが元に戻った時、ユウイチ、寂しいと思うんだ。犬って、ヤキモチ焼くだろ?」

潤の目の縁が赤い。
頬もほんのり桃色だ。

「ふふふ、そうだね…」
「ユウイチ、すっかり、時枝さんの…好きになってるみたい。きっとこれから夜な夜な時枝さんの……うわっ、急にビックリするだろ」

リビングのドアに潤が手を掛けたとき、黒瀬の手が潤の股間に伸びた。

「潤、勃ってる」

パジャマの上から、やんわりと握られた。

「…あんな痴態みせられたら…しょうがないだろ。…時枝さん、凄かった」

潤の欲情を黒瀬が見逃すはずがない。

「悪い子だ。旦那様がいるのに、他人の痴態で興奮するとは。ふふ、お仕置きだね、潤」
「あっ、バカ」

ギュッと、黒瀬の手に力が入る。
堪らず、潤が黒瀬の腕を掴むと、黒瀬が潤を抱き上げた。

「お茶より、することあるよね、潤?」

潤を抱きかかえた黒瀬は、リビングには入らず寝室へと向う。

「カメラが当たって痛いよ。黒瀬、これ、カードに加工するんだろ? しなくていいの?」

黒瀬の胸のポケットには小型のデジタルカメラが収納されていた。

「今、して欲しいの?」
「……えっと…違う…して欲しいのは…俺の方かも」
「だろ? 私はユウイチのざらざらした舌より、潤の滑らかな舌の方が好きだから。ふふ、背中の痕も潤の舌だと、感じるから」

黒瀬の背中には、少年期に父親から受けた虐待の痕が、ケロイド状で残っている。

「嬉しい、黒瀬。ユウイチなんかに負けない仕事するから…早く、しよ」

黒瀬が潤をベッドに降ろす。
胸のポケットから時枝のあられもない姿と声が収まったデジタルカメラを取りだし、サイドテーブルに置いた。
時枝と潤は気づいてなかったが、写真を撮るだけでなく動画も声も黒瀬はカメラに収めていた。

 

「組長、バイク便でこれが」

金曜日の夕方。
今日も歓楽街へ繰り出そうと事務所で帰り支度をしていた勇一に、佐々木が白い封筒を差し出した。

「…武史からか。何事だ…」

差出人は「黒瀬武史」となっている。
用事なら携帯からの電話かメールで済むだろうに、と不審に思いながら開封した。
中に入っていたのは二つ折りのカード。
表に英語でインビテーションと書かれている。
ゆっくりカードを開いた。

「…」

カードを持ったまま、勇一が震えだした。

「組長? 何か大変な事態でも?」

様子のおかしい勇一に、佐々木が声を掛けた。

「……あのやろうっ、ふざけやがってっ!」

勇一が厚みのあるカードを粉々に割いていく。
事務所に残っていた佐々木以外の組員は、勇一の激怒に、どこかの組と抗争が始まるのか? と緊張が走った。

「落ち着いて下さい。ボンが、どうかしたんですか? アッシが話、つけてきましょうか?」
「あのガキ、勝貴をオモチャにしやがったっ! ドス持って来いっ!」
「組長! 駄目です。兄弟ゲンカは止めて下さい。あんなにボンのこと溺愛してたじゃないですかっ!」
「うるせ―っ。過去の話だ。邪魔するなら、お前も沈めるぞ」

勇一が、佐々木を殴り飛ばした。
倒れた佐々木の上に勇一が乗ると、佐々木のスーツの袷に手を入れ、佐々木が胸に隠し持っていた短刀を奪った。

「ボヤッと見てないで、組長をお止めしろっ!」

と佐々木が叫んだ時には、勇一の姿はもう事務所になかった。
立ち上がった佐々木が慌てて勇一を追ったが、勇一の姿もなければ、勇一専用車も消えていた。

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秘書の嫁入り 夢(17)

「知りたい?」
「知りたい!」

潤が身を乗り出した。

「…知りたくありません」

ユウイチと仲良しと黒瀬が言った段階で、時枝には嫌な予感がしていた。

「ふふ、ユウイチが全裸の時枝と遊んでいる写真を刷り込んだカード。特に、ユウイチが好きなウィンナーを美味しそうに舐めているところ。ぼかし、修正なし。もちろん、時枝は恍惚の表情を浮かべているの。どう?」

得意気に黒瀬が説明した。

「――黒瀬…、」
「―――社長……、」

二人して、黒瀬を呼びながら、テーブルに手を付き立ち上がった。

「最高っ!」
「最悪ですっ!」

そして同時に正反対の感想を叫んだ。

「凄いっ! 黒瀬、天才っ! そうだよ、風俗で遊ぶような組長さんには、それぐらいショッキングな招待状の方がいいよ」
「潤さままで、なんですかっ! 誰が一体、ソレ、撮るんですか。あなたのことだ、まさかセルフタイマーでとは言わないでしょ! ご自分がシャッター切るつもりでしょっ!」

時枝が激昂している。

「時枝、ユウイチだけがいいの? 一人と一匹の世界に浸りたいとか? 撮影会じゃなくて、本物の危ない世界? へ~、そこまで仲良しさんになったんだ。もしかして、人間の勇一はお払い箱?」
「な、な、な、ナニを、バカな事をッ。勇一が一番に決まってるでしょっ!」
「だって、時枝がセルフタイマーとか言うから。てっきりユウイチだけで、楽しみたいのかと」
「そんなはず、ないでしょっ! ええ、撮影会で結構ですっ! どうぞ、お好きにお撮り下さいっ!」

結局、時枝は黒瀬に乗せられ、撮影の許可をしてしまった。

「ふふ、じゃあ、善は急げということで、今夜中に撮ろう。ユウイチ、おいで」

食事を終えテーブルの下で寝ていたユウイチが、黒瀬の膝に載る。
黒瀬には緊張するのか、顔を舐めることなく行儀がいい。
顔を見上げ、次の命令を待っている。

「ユウイチ、今日は、大仕事だからね。頑張ったら、ご褒美に最高級のドッグフードを買ってきてあげるからね。いい仕事しなさい」
「ワンッ」

言葉の意味などわかるはずないだろうが、はい、と張り切って返事をしているように見える。
撮影は黒瀬と潤の入浴後と決まり、食事の後片付けを終えた時枝は、ユウイチと共に一階下の自分の部屋へ戻った。

「ユウイチ、勇一はルミと遊んでいるんだと。どう思う? 俺には勃たないくせに……。勇一が来たら、お前、勇一のソコ、噛んでやるか? ……俺のは噛むなよ…噛んだら、絶交だからな…はあ…全く武史のヤツ……ろくなこと言い出さないよな……」

あの場所で、犬たちに犯された傷か癒えたわけではなかった。
今でもユウイチ以外の犬は、小型犬でも苦手だ。
だが発作は起さないぐらいには、なった。
自分がユウイチと全裸で接触している写真を見て、勇一はどう思うだろうか。
呆れ果てるか、憤りを感じるか、もしくは自分に欲情してくれるか。
大事にされるだけの生殺しはもう耐えられない。
傷を抉ってもいいから、身体を重ねたかった。
勇一が抱けないなら、自分が抱いてもいい。
恐いのは、それすら拒否された時の自分の受けるショックだ。
黒瀬の思惑どおり上手くいくのだろうか?
いくのなら、恥ずかしい姿を黒瀬や潤に晒しても、構わない…

「ユウイチ、勇一の下半身を直撃するぐらい、いい写真にするんだからな。俺を乱れさせろよ? どうせ、死ぬほど恥ずかしいんだから…二人の視線を忘れるぐらい、気持ち良くしてくれよ?」

時枝は自ら、冷蔵庫の中からバターやジャムやユウイチの大好物のカスタードクリームを取りだし寝室のサイドテーブルに並べた。

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秘書の嫁入り 夢(16)

「潤、時枝と浮気した?」
「…は?」
「以心伝心ってやつ? 凄くジェラシーを感じるんだけど。いつの間に」
「この間のことは、浮気じゃないって言ったじゃないかよっ! 酷いよ…黒瀬だって…時枝さんの……。だいたい、黒瀬が時枝さんをベッドに運んだんだろ。一緒に寝ようって言い出したんじゃないかよぅ…そりゃ、俺だって放っておけなかったし……」

潤が真っ赤な顔で黒瀬に抗議している。

「社長、根拠のないことで、混乱を招くような発言はお控え下さい。食事中ですよ」

思い出したのか、時枝の顔も赤い。

「根拠? あるよ。さっきから二人して私にチラチラ視線送ってくれるじゃない。しかも同じようなタイミングで」

二人とも、個々に無意識でしていたことだった。

「気のせいです」
「ははは、そうだよ……」

自覚した自分の行動を、二人とも誤魔化そうとした。

「ふ~ん、そう来るの。ホントに浮気してたら、潤、私と一緒に死んでもらうよ」
「…黒瀬も死ぬのかよ」
「当たり前だろ。潤一人であの世になんか逝かせるはずないだろ。潤がいない世界で生きていく気もないから」
「…黒瀬」

潤の目にはしっかりとハートマークが浮かび上がっている。

「浮気はしないけど…黒瀬の手に掛かるのはイヤじゃないから。俺、黒瀬にだったら、殺されてもいいから」
「潤、ふふふ、潤の命は私のものだからね」
「いい加減にして下さい。惚気るのは結構ですが、食事が終わってからにして下さい」
「時枝、兄さんと寝てないからって、イライラしないでほしいね。代わりにユウイチとは毎晩、仲良く寝てるんだろ?」
「何度も申し上げていますが、食事中です」

黒瀬の挑発に乗ることなく、時枝は食事を続けた。
黒瀬の口からそれ以上、勇一の話も出なかったので、潤も食べることに集中した。

「デザートです。バニラアイスを作ってみました」

バニラアイスに、冷凍のラズベリーが添えられていた。

「凄い…時枝さん、冷菓も作れるんだ」

潤にとってアイスは買ってくるものであって、自宅で作るものではなかった。

「時枝の実家は、もともと洋食屋だったからね。料理のセンスがあるんだよ」
「これぐらい、料理好きな主婦なら誰でも作れますよ。最近はアイスを自宅で作る器具もありますし、材料さえ揃えば、潤さまもできます。今度教えてさし上げましょう」
「お願いします」

黒瀬が食事はデザートまでとって完了するものだと思っているので、潤も料理するときはデザートまで出すが、大抵果物か買ってきたケーキが多い。
時枝が忙しい時は、レシピをゆっくり聞き出す時間もないので、この際色々教えてもらうのも悪くないと思った。

「ところで、時枝、」

黒瀬が紅茶を飲みながら、時枝に話を振ろうとしている。 
いよいよかと 潤がアイスを口に含んだまま息を呑む。

「今週末にでも、兄さんを食事に招待したいと思っているんだけど、異存はないよね?」

あれ、と潤が黒瀬の顔を見る。

「ありません」
「それで、招待状を作りたいんだけど」
「招待状?」

勇一を呼び出すのに、そんな洒落たものは必要ないだろうと、時枝と潤が顔を見合わせた。

「そう、招待状。兄さんが時枝の顔を見たくて堪らなくなるようなね。しかも、兄さんの下半身を刺激するような…ふふふ、あの人、今、不夜城の女の子とバカみたいに遊んでいるようだし…時枝に勃たない分、他で発散しているみたい」

とうとう言ったと、潤が時枝の顔を見る。
表情を崩さなかったが、メガネの奥で黒目が一瞬泳いだ。

「…ルミですか。あの子は、勇一の馴染みでお気に入りですから。身体だけじゃなく、性格の良い子なんですよ」

風俗で遊ぶなら、ルミが一番勇一のことを分かってくれている、と時枝は思う。
が、それと嫉妬するかしないかは別の問題だ。

「時枝だって、俺と潤に挟まれて発散したんだから、兄さんが女の子と遊んでもジェラシーは感じないだろうけど」

黒瀬が、時枝の嫉妬心を煽る。

「アレは…あなた方が、勝手に……」
「時枝は普通に勃つのにね。ユウイチとも仲良しだし。それで、素敵な招待状を作ってあげようかなと思って。兄さん、きっと週末待たずして、飛んでくるよ」
「黒瀬、一体どんな招待状だよ」

内容が気になってしょうがない潤が口を挟んだ。

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秘書の嫁入り 夢(15)

「潤さんってよ、見かけによらずいろいろ考えているんだな。もっとなんか、こう…」

正直、少し見下していた。
今潤は大喜にとって尊敬に値する人間に変わりつつある。

「アホかと思ってた? 黒瀬とイチャついているだけだって思ってただろ。これでも仕事もしてるし、必死で黒瀬や時枝さんに追い付きたいと思ってる。手足になりたいんだ。実力で側にいたいんだ。君だって同じだろ」
「そうかもな…。黒瀬さんは、おっかないけど、俺、潤さんとはいろいろもっと話したいかも。なんかあったら、相談に乗ってよ」

まさか、そんなことを大喜から言われるとは思っていなかった。
一人っ子の潤は、弟が出来たようで嬉しかった。

「困ったことがあったら、いつでもどうぞ。ケー番とメルアド交換する?」

大喜と潤は携帯の番号とメールアドレスを交換し、別れた。
勇一に踊らされた事に大喜は腹を立てながらも、気持ちは晴れていた。
佐々木の為に此所まで来た収穫はあったかも知れないと、携帯を握りしめていた。
潤は潤で、大喜の背を見送りながら、自分同様、普通の家庭から極道の佐々木との道を選んだ大喜に親近感を覚えていた。
同時に、大喜の話を受けて、黒瀬がどういう行動に出るのか、時枝と勇一がどうなるのか、憂いでいた。

「ただいま、時枝」
「時枝さん、ユウイチ、ただいま」

黒瀬と潤が自分達のマンションへ帰宅するのは、時枝が抜けてから連日九時を回っている。
先週までは黒瀬が組長代理の任で会社を抜けることもあったので、仕事が溜まっていた。
時枝が本宅を出てからは、忙しい潤の代わりに時枝が黒瀬宅の家事を引き受けていた。
もっともこれには、時枝が体力を付け、身体を慣らすという意味合いも含まれている。
黒瀬と潤と出迎えるのは、時枝とトイプードルのユウイチだ。
時枝が歩くのを邪魔するようにユウイチが、時枝にまとわりついている。
この二人、もとい、一人と一匹とは、すっかり仲良しだ。

「お帰りなさい。食事も風呂も全て用意できています。寝室のベッドメイキングも済ませてますが―――…あなた達、昨晩、何回やったんですか! イヤ、回数はこの際問題じゃない。どんなことをしたら、シーツに血が点点と付くのか」

帰宅早々、時枝の小言が始まった。

「はあ、あなた達、夫婦で一体どんなプレイをしているんですか?」
「ふふ、独り寝の時枝には刺激が強すぎた? どんなプレイって、それは秘密だけど。ナイフを太腿に刺したりとか?」
「社長っ! それは犯罪です!」
「んもう、時枝さん、それ、冗談だよ。そんなこと、黒瀬が俺にするはずないだろ。あれ、鼻血。あんまり黒瀬が凄いから…思わず興奮し過ぎて……」
「あなた達、毎晩やってて、まだそんなに………はあ……」

呆れ果てたのか、時枝が深い溜息を漏らす。
それを見て、何故か潤が嬉しそうな顔をする。

「潤さま、何がそんなに、楽しいのですか?」
「もちろん、時枝さんのお小言。時枝さん、大分元気になったなと思って。ユウイチ、おいで」

潤がユウイチを呼ぶと、ユウイチが潤に飛びかかる。
ユウイチは潤も好きらしい。
潤が抱っこしてやると、嬉しそうに顔を舐めた。

「まったくこのユウイチも兄さん同様、見境がない。時枝一人で満足しない所が、兄さんそっくりだ」

黒瀬の発言に、時枝の右眉がピクッと動いた。
自分の他に誰かがいるというニュアンスに心騒いだが何も言わず、二人と一匹を食卓へと向わせた。

「お二人は手を洗って下さい。ユウイチは、下に降りなさい。あなたの食事は、テーブルの下です」

は~い、ママ、と潤が時枝を茶化して黒瀬と共に洗面所へ向う。
先にユウイチが食事を始める。
黒瀬と潤が戻り、時枝を囲んで食事が始まった。
メニューはビーフシチューがメインの洋食だった。

「美味しそう!」
「そう?」

潤の素直な感想に、時枝の目が吊り上がる。
同じような場面が過去にもあったなと、クスッと潤が笑う。

「いえ、美味しいに決まってます。頂きます」
「頂きます」

潤が食事前には必ず手を合わせるので、黒瀬も時枝もそれに合わせるようになった。
一見穏やかな、食事風景が始まる。
しかし、時枝の心中は勇一のことでざわついていたし、潤は潤で、いつ黒瀬が今日の大喜の話を持ち出すのかと、気になってしょうがなかった。
二人とも、知らず知らずのうちに黒瀬に視線を送っていたらしい。

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秘書の嫁入り 夢(14)

「俺は、あんたらの中じゃあ、部外者だからよ、時枝のオヤジに何があったのかも、あの二人の間で何があったかは詳しくはしらね~よ。でも、時枝のオヤジが出て行ったからって、佐々木のオッサンを巻き込むことはないだろっ! これって、半分は時枝のオッサンの責任じゃねえのか?」
「ま、そうだろうね」

大喜が拍子抜けするぐらいあっさりと、黒瀬が認めた。

「佐々木の性格知ってて、連れて行ったんだとすると…うん、我が兄ながら、やること見え透いてて、同情すら覚えてしまうよ」

黒瀬一人が、何やら納得している。

「どういうことだ?」
「俺も知りたい」

大喜と潤が、黒瀬の答えを待つ。

「どうして、佐々木を連れて行ったかと考えてごらん? しかも同行だけじゃなく、抱かせたんだろ?」

大喜と潤が顔を見合わせて、分からない、という表情を浮かべる。

「ふふふ、分からない?」

黒瀬が大喜の顔を指で指す。

「お猿さんがいるからだろ」
「俺? 俺がいるから抱かせるって、おかしいだろ。普通は抱かせないっていうんじゃないのか」

大喜が、訳が判らないと、むくれた。

「だから、佐々木が女性を抱いたとなると、こうして大騒ぎになるだろう? これが他の組員じゃ、妻帯者でもならない。ヤクザの夫が風俗で遊ぼうが、他に愛人がいようが、そう騒ぎ立てる程のことじゃないが、佐々木は違う」
「そうか! 分かった」

声をあげたのは、潤だった。

「さすが、私の潤。潤、先を言ってごらん」
「うん。つまり、佐々木さんが風俗とはいえ、女性を抱いたとなったら、絶対、大森君に話すだろうし、佐々木さんの性格じゃこれは遊びや浮気といった簡単な話ではないはず。大森君、ダイダイが時枝さんに組長さんの乱行話を届けることを見越してだ。つまり、組長さんは、風俗で遊んでいる話を時枝さんに知らせたかったというわけだ」
「そう、結果、お猿さんは、兄さんの睨んだ通りの行動に出た。だから、今、此所にいる」
「ふざけるなっ!」

黒瀬と潤の解説を聞いて、大喜の頭に一気に血が駈けのぼった。
黒瀬が要注意人物だったということを忘れ、黒瀬のデスクの前まで突進し、バンッ、とデスクの上に両手を振り下ろした。

「じゃあ何か? ボンクラ組長の浮気を報告させる為に、俺のオッサンは犠牲になったと言うのか? たったそれだけの為に? オッサンの純情を利用してか? そんなこと、ますます許せるかっ!」

大喜が身を乗り出して抗議した。

「ま、お猿さんが怒るのも無理はないけど。それを私に吠えられてもね。相手が違うだろ? ふふ、ちゃんと、時枝には私が責任を持って伝えておくよ。お猿さんには、お詫びに佐々木との営みが楽しくなるグッズを大量に贈ってあげるから」
「そんな物で、誤魔化されないぞっ!」
「でも、私が佐々木を傷付けたわけじゃない。我が愚兄のしたことだ。兄さんには私がお仕置きしてあげるから…うふふ」

ゾワッとするような冷気を含んだ黒瀬の微笑。
大喜の背筋に冷たいものが流れた。
勢いでデスクまで来てしまったことを、大喜は後悔した。
少しずつ、後退る。

「グッズ、楽しみに待っていなさい。佐々木の真珠もいいかもしれないけど、あの堅物、オモチャは使わないでしょ? 可愛い私の秘書さん、お猿さんを丁重にお送りして」

社長室を出ると、大喜は、はぁ~っと深呼吸の後、一気に脱力した。
横で潤がクスクス笑っている。

「あんたさ、よくあんなのと一緒に居られるね。時々不気味な笑顔するよな、あの人」

どっと疲れを感じるのは、黒瀬との対峙にエネルギーを使い果たしたからだろう。

「不気味? そんな顔見たことないけど。大森君、変なこと言うね」

あんた、あの笑顔が不気味じゃないのかっ!?
大喜は心の中で叫び、もしかしたら、潤は見かけによらず大物かもしれないと、隣に並ぶ潤の顔をマジマジと見た。

「黒瀬さんとあんたの組み合わせって、やっぱ、奇跡って感じする」
「俺も、奇跡だと思うよ。君と佐々木さんだって、そうじゃない? 人と人の出会いって、全て奇跡だよ。意味があると思うし」

潤がどこか遠くを見ている。
視線の先にあるのは、エレベータのドアだが、もっと遠くの何かを見ているように大喜は感じだ。
この童顔の男は、人知れぬ苦労をした人間かもしれないと、ふと大喜は思った。

「俺と黒瀬は何度も時枝さんや組長さんに助けられているんだ。だから、今度は力になってあげたい。だからって、佐々木さんの心を踏みにじっていいって、弁護するつもりはないよ。ただね、組長さん、必死なんだよ。そこだけは分かってやって欲しい。いざとなれば、佐々木さんや大森君だけじゃなく、桐生全体を命がけで守ろうとする男だから」

言い換えれば、桐生から逃げられない男なのだ。
エレベーターの扉が開き、二人で乗り込む。
他に社員はいなかった。

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