秘書の嫁入り 夢(20)

「ユウイチ、止めなさい」

時枝が勇一の手を振り払い、ユウイチの側に行く。

「ユウイチ、この人、俺の友達だから。不審者じゃないから、大丈夫です」

時枝の顔と勇一の顔を見比べ、ユウイチが吠えるのを止めた。
しかし、気を許したわけではないらしく、時枝の脚の後ろに身体を隠し、顔だけ出して勇一を睨み付けていた。

「…確認したくないが、こいつの名前は…俺と一緒か?」
「ああ、そうだ。おいで、ユウイチ」

手を前に広げてやると、床からユウイチがジャンプして時枝に飛びかかった。
そのまま、時枝はユウイチを抱いて身体を撫でてやる。
動物の本能で時枝と勇一のただならぬ関係が分るのか、優越感に浸ったような視線をユウイチが勇一に向けた。
時枝は自分のモノだという表情を見せる子犬が、勇一には憎々しい。

「…お前…子犬だって怯えていたのに」
「そうだな。こいつは俺の身体が好きらしいぞ……どこかの誰かさんと違って、いい仕事する。招待状にあった通りだ」
「話、聞かせろ。事と次第によっては、これで武史を刺す」

懐から勇一が取りだしたのは、佐々木から奪った短刀だった。

「…物騒なモノ持ち出すな。貸せ。俺が預かる。武史は、可愛い弟だろ。頭冷やせ」

時枝が勇一から短刀を取り上げると、ユウイチを抱いたままリビングから出て行った。
短刀をキッチンの流しの下に隠しユウイチに餌を与え、ここで大人しく待つように命じると、日本酒の入った湯飲みを持って勇一の元に戻った。

「これでも、呑め。少しは頭、冷えたか」

湯飲みを勇一に渡したが、呑む気配はない。

「冷えるはずないだろ。脳裏に画像が焼き付いているんだ。武史に無理矢理撮らされたんじゃないのか? あいつならしそうなことだ」
「言い出しっぺは武史だ。だが、無理矢理じゃない。俺が撮影をOKしたんだ。俺の痴態なら、勇一が飛んで来ると思ったからな……まさか、短刀持ち出すとは思わなかったけど、武史の策略通り、勇一は飛んで来た」
「普通に呼び出せば、いつでも来た。あそこまでする必要がどこにある。勝貴、自分で傷の上塗りのようなことするな」

日本酒に口を付けない勇一から時枝が湯飲みを奪い、自分が一気に呑んだ。

「あの画像を見て分っただろ。こっちに来て、ユウイチ限定でも俺は触れるし、発作に見舞われることもなくなった。傷の上塗りでどうして悪い? お前が相手してくれなくても、ユウイチはお前の代わりに俺を慰めてくれる……見せつけたかったんだ……悪いか?」

酒の力を借り、時枝が勇一に本音を漏らす。

「――勝貴」
「俺はな、勇一だけに勃っていたんだ…それなのに…今じゃ……勇一以外でも反応する身体だ……無理矢理開かれれば、外国人でも犬でも武史にも潤にも……強姦されても勃起したんだよ。お前見たんだろ。だけど、勃起することに何の意味がある? 射精することに意味があるか? 子作りでもないんだ。意味など無かった……恥じる必要もなかったんだっ。違うか!?」

時枝の話した内容に、聞き捨てならない単語があった。

「…武史や潤って・・・」
「うるさいッ! 問題はそこじゃないっ!」

久しぶりの酒が、時枝を解放していく。
怒っていたはずの勇一は、時枝の勢いに押され、疑惑をそれ以上確かめられなかった。

「お前と…勇一と寝るのとは、意味が違うんだよ。お前以外は…何されてもただの暴力や自慰と変わらないんだ」

分ってるのかと、時枝が勇一の胸ぐらを掴む。

「…はい」

逆らえない勇一が、小さく返事する。

「だがな、だからといって、お前がルミと浮気をしたことを許すかどうかは、別の問題だ。人が一生懸命トラウマを克服しようと頑張っている間、お前はっ!」
「…えっと…、それは…俺も…その」
「女の柔肌で快楽三昧だったらしいな」
「…だから、俺も…勝貴の為に…」
「俺の為に何だ? 嫉妬させようとしたのか? 俺には勃たないくせに、ルミには勃つって、見せつけたかったのか?」

完全に時枝の目は据わっていた。
ヤバイ、と勇一の本能が警鐘を鳴らした。