秘書の嫁入り 夢(14)

「俺は、あんたらの中じゃあ、部外者だからよ、時枝のオヤジに何があったのかも、あの二人の間で何があったかは詳しくはしらね~よ。でも、時枝のオヤジが出て行ったからって、佐々木のオッサンを巻き込むことはないだろっ! これって、半分は時枝のオッサンの責任じゃねえのか?」
「ま、そうだろうね」

大喜が拍子抜けするぐらいあっさりと、黒瀬が認めた。

「佐々木の性格知ってて、連れて行ったんだとすると…うん、我が兄ながら、やること見え透いてて、同情すら覚えてしまうよ」

黒瀬一人が、何やら納得している。

「どういうことだ?」
「俺も知りたい」

大喜と潤が、黒瀬の答えを待つ。

「どうして、佐々木を連れて行ったかと考えてごらん? しかも同行だけじゃなく、抱かせたんだろ?」

大喜と潤が顔を見合わせて、分からない、という表情を浮かべる。

「ふふふ、分からない?」

黒瀬が大喜の顔を指で指す。

「お猿さんがいるからだろ」
「俺? 俺がいるから抱かせるって、おかしいだろ。普通は抱かせないっていうんじゃないのか」

大喜が、訳が判らないと、むくれた。

「だから、佐々木が女性を抱いたとなると、こうして大騒ぎになるだろう? これが他の組員じゃ、妻帯者でもならない。ヤクザの夫が風俗で遊ぼうが、他に愛人がいようが、そう騒ぎ立てる程のことじゃないが、佐々木は違う」
「そうか! 分かった」

声をあげたのは、潤だった。

「さすが、私の潤。潤、先を言ってごらん」
「うん。つまり、佐々木さんが風俗とはいえ、女性を抱いたとなったら、絶対、大森君に話すだろうし、佐々木さんの性格じゃこれは遊びや浮気といった簡単な話ではないはず。大森君、ダイダイが時枝さんに組長さんの乱行話を届けることを見越してだ。つまり、組長さんは、風俗で遊んでいる話を時枝さんに知らせたかったというわけだ」
「そう、結果、お猿さんは、兄さんの睨んだ通りの行動に出た。だから、今、此所にいる」
「ふざけるなっ!」

黒瀬と潤の解説を聞いて、大喜の頭に一気に血が駈けのぼった。
黒瀬が要注意人物だったということを忘れ、黒瀬のデスクの前まで突進し、バンッ、とデスクの上に両手を振り下ろした。

「じゃあ何か? ボンクラ組長の浮気を報告させる為に、俺のオッサンは犠牲になったと言うのか? たったそれだけの為に? オッサンの純情を利用してか? そんなこと、ますます許せるかっ!」

大喜が身を乗り出して抗議した。

「ま、お猿さんが怒るのも無理はないけど。それを私に吠えられてもね。相手が違うだろ? ふふ、ちゃんと、時枝には私が責任を持って伝えておくよ。お猿さんには、お詫びに佐々木との営みが楽しくなるグッズを大量に贈ってあげるから」
「そんな物で、誤魔化されないぞっ!」
「でも、私が佐々木を傷付けたわけじゃない。我が愚兄のしたことだ。兄さんには私がお仕置きしてあげるから…うふふ」

ゾワッとするような冷気を含んだ黒瀬の微笑。
大喜の背筋に冷たいものが流れた。
勢いでデスクまで来てしまったことを、大喜は後悔した。
少しずつ、後退る。

「グッズ、楽しみに待っていなさい。佐々木の真珠もいいかもしれないけど、あの堅物、オモチャは使わないでしょ? 可愛い私の秘書さん、お猿さんを丁重にお送りして」

社長室を出ると、大喜は、はぁ~っと深呼吸の後、一気に脱力した。
横で潤がクスクス笑っている。

「あんたさ、よくあんなのと一緒に居られるね。時々不気味な笑顔するよな、あの人」

どっと疲れを感じるのは、黒瀬との対峙にエネルギーを使い果たしたからだろう。

「不気味? そんな顔見たことないけど。大森君、変なこと言うね」

あんた、あの笑顔が不気味じゃないのかっ!?
大喜は心の中で叫び、もしかしたら、潤は見かけによらず大物かもしれないと、隣に並ぶ潤の顔をマジマジと見た。

「黒瀬さんとあんたの組み合わせって、やっぱ、奇跡って感じする」
「俺も、奇跡だと思うよ。君と佐々木さんだって、そうじゃない? 人と人の出会いって、全て奇跡だよ。意味があると思うし」

潤がどこか遠くを見ている。
視線の先にあるのは、エレベータのドアだが、もっと遠くの何かを見ているように大喜は感じだ。
この童顔の男は、人知れぬ苦労をした人間かもしれないと、ふと大喜は思った。

「俺と黒瀬は何度も時枝さんや組長さんに助けられているんだ。だから、今度は力になってあげたい。だからって、佐々木さんの心を踏みにじっていいって、弁護するつもりはないよ。ただね、組長さん、必死なんだよ。そこだけは分かってやって欲しい。いざとなれば、佐々木さんや大森君だけじゃなく、桐生全体を命がけで守ろうとする男だから」

言い換えれば、桐生から逃げられない男なのだ。
エレベーターの扉が開き、二人で乗り込む。
他に社員はいなかった。