秘書の嫁入り 夢(18)

「…黒瀬…、…あの…俺……考えたんだけど」

撮影会が終わり、時枝の部屋から戻るエレベータ―の中、潤が黒瀬に話しかけた。
黒瀬と潤の部屋と、時枝の部屋はエレベーターで繋がっている。
もちろん室内の専用エレベーターなので、靴を履く必要はない。シルクのパジャマに室内履きを履いている。

「何を考えたの?」

一つ上の階に戻るだけなので、エレベーターは直ぐに止った。

「ユウイチ、時枝さんから離した方が良くない? 教育上良くないと思う。ユウイチ、まだ子犬だよ?」

歩きながら、潤が黒瀬を見上げている。

「潤、PTAみたい」
「…あそこまで…ユウイチやるとは…思わなかった… ユウイチ、時枝さん、人間だってわかってるのかな? それに、あんなに仲良くなりすぎたら…組長さんと時枝さんが元に戻った時、ユウイチ、寂しいと思うんだ。犬って、ヤキモチ焼くだろ?」

潤の目の縁が赤い。
頬もほんのり桃色だ。

「ふふふ、そうだね…」
「ユウイチ、すっかり、時枝さんの…好きになってるみたい。きっとこれから夜な夜な時枝さんの……うわっ、急にビックリするだろ」

リビングのドアに潤が手を掛けたとき、黒瀬の手が潤の股間に伸びた。

「潤、勃ってる」

パジャマの上から、やんわりと握られた。

「…あんな痴態みせられたら…しょうがないだろ。…時枝さん、凄かった」

潤の欲情を黒瀬が見逃すはずがない。

「悪い子だ。旦那様がいるのに、他人の痴態で興奮するとは。ふふ、お仕置きだね、潤」
「あっ、バカ」

ギュッと、黒瀬の手に力が入る。
堪らず、潤が黒瀬の腕を掴むと、黒瀬が潤を抱き上げた。

「お茶より、することあるよね、潤?」

潤を抱きかかえた黒瀬は、リビングには入らず寝室へと向う。

「カメラが当たって痛いよ。黒瀬、これ、カードに加工するんだろ? しなくていいの?」

黒瀬の胸のポケットには小型のデジタルカメラが収納されていた。

「今、して欲しいの?」
「……えっと…違う…して欲しいのは…俺の方かも」
「だろ? 私はユウイチのざらざらした舌より、潤の滑らかな舌の方が好きだから。ふふ、背中の痕も潤の舌だと、感じるから」

黒瀬の背中には、少年期に父親から受けた虐待の痕が、ケロイド状で残っている。

「嬉しい、黒瀬。ユウイチなんかに負けない仕事するから…早く、しよ」

黒瀬が潤をベッドに降ろす。
胸のポケットから時枝のあられもない姿と声が収まったデジタルカメラを取りだし、サイドテーブルに置いた。
時枝と潤は気づいてなかったが、写真を撮るだけでなく動画も声も黒瀬はカメラに収めていた。

 

「組長、バイク便でこれが」

金曜日の夕方。
今日も歓楽街へ繰り出そうと事務所で帰り支度をしていた勇一に、佐々木が白い封筒を差し出した。

「…武史からか。何事だ…」

差出人は「黒瀬武史」となっている。
用事なら携帯からの電話かメールで済むだろうに、と不審に思いながら開封した。
中に入っていたのは二つ折りのカード。
表に英語でインビテーションと書かれている。
ゆっくりカードを開いた。

「…」

カードを持ったまま、勇一が震えだした。

「組長? 何か大変な事態でも?」

様子のおかしい勇一に、佐々木が声を掛けた。

「……あのやろうっ、ふざけやがってっ!」

勇一が厚みのあるカードを粉々に割いていく。
事務所に残っていた佐々木以外の組員は、勇一の激怒に、どこかの組と抗争が始まるのか? と緊張が走った。

「落ち着いて下さい。ボンが、どうかしたんですか? アッシが話、つけてきましょうか?」
「あのガキ、勝貴をオモチャにしやがったっ! ドス持って来いっ!」
「組長! 駄目です。兄弟ゲンカは止めて下さい。あんなにボンのこと溺愛してたじゃないですかっ!」
「うるせ―っ。過去の話だ。邪魔するなら、お前も沈めるぞ」

勇一が、佐々木を殴り飛ばした。
倒れた佐々木の上に勇一が乗ると、佐々木のスーツの袷に手を入れ、佐々木が胸に隠し持っていた短刀を奪った。

「ボヤッと見てないで、組長をお止めしろっ!」

と佐々木が叫んだ時には、勇一の姿はもう事務所になかった。
立ち上がった佐々木が慌てて勇一を追ったが、勇一の姿もなければ、勇一専用車も消えていた。