「抱かせろ」
「…はい?」
「だ・か・せ・ろ」
「……えっと、勝貴、今なんて」
気のせいかなと、わざとらしく勇一が頭をポリポリと掻く。
「俺が、勇一を抱く。俺を抱けないなら、俺が抱く。文句あるか?」
「…いや、その…文句あるとかないとかじゃ、なくて…」
「俺のこと、同情じゃなく好きだよな」
「それは、もちろん…えっ」
そこは黒瀬宅のリビングだった。
確か、時枝は食事の準備をしていた。
そして、憤怒し逆上し、乗り込んできたのは勇一の方だった。
だが、今、切れモードなのは、むしろ時枝のほうだ。
勇一に対する不満と、抑圧された勇一への欲望が酒の力で噴きだしていた
時枝の頭にあるのは、食事の準備でもなければ、招待状の言い訳でもなければ、そこがどこだということでもなく、勇一を抱きたいという一念だけだった。
時枝が勇一を押し倒し、唇を塞いだ。
勇一が目を白黒泳がせている。
こんな展開を想像していたはずがない。
「一つだけ確認しておく」
荒々しく口内を犯された勇一が、はあ、はあと息を切らしている。
「これは強姦じゃないよな? 合意だよな、勇一?」
これが、あの勝貴なのか?
弱々しく、一人でいることを不安がって、子犬相手でも震えていた勝貴なのか?
本質は、男気溢れる芯の通った男だということはもちろん知っている。
しかし、拉致され戻ってきた以降の時枝と同じ人間とは勇一には思えなかった。
キツネに抓まれたような気がする。
悪夢とまでは言わないが、異様な夢の中にいるような気がする。
「…強姦じゃないが…」
本気で俺を掘るって言うのか?
「心配するな。優しくしてやる」
黒瀬と潤が帰宅する前に、時枝と勇一の一戦が始まった。
「ユウイチ、時枝さんは?」
帰宅した黒瀬と潤を出迎えたのは、ユウイチだけだった。
「組長さんも…これ、組長さんの雪駄(せった)だよね?」
エレベータを下りた場所に脱ぎ捨てられていたのは、本トカゲの雪駄だった。
「この趣味の悪さは兄さんの物に間違いないけど」
「組長さんが来ているにしては、静かだね」
「どうする? もしかしたら相討ちしてたりして…」
「・・・」
黒瀬は冗談のつもりで言ったのだが、潤の顔が一気に青くなる。
黒瀬とユウイチを残したまま、急に「どこだっ!」と叫びなら駆けだした。
「時枝さんっ! 組長さんっ!」
二人ともどこかにいるはずなのに、潤の呼びかけに答えないので、潤の不安が募る。
キッチンを真っ先に覗いたが、時枝の姿もユウイチの姿もなかった。
香ばしい匂いの天ぷらが皿の上に大量に盛られていたが、まだ途中なのか、中途半端に調理器具が出しっぱなしだ。
キッチンを出ると、ユウイチが尻尾を振って待っていた。
付いて来いというように尻尾を振り、潤をチラ見しながら潤の前をスタスタと歩いて行く。
ユウイチの後を追うと、ユウイチがリビングのドアの前で止った。
そのあと、急に機嫌が悪くなり「ウーッ」と唸る。
潤を振り返り、ココだと教えるように吠えだした。
「リビングにいるんだね。二人とも?」
どうもそうらしい。
またユウイチがドアに向って唸りだした。
潤の耳にユウイチの唸り声でない何かが聞こえた。
「ユウイチ、少しだけ、シッ」
潤が自分の口に人差し指を当てると、ユウイチが唸るのを止めた。
すると――……
『…うっ、…はぁっ、……勝貴、優しく…しろっ…』
『――ココ、気持ちいいだろ』
『…慣れて…ないんだっ……』
これって、…まさか、あの二人…
「潤、兄さん達いた? どうした、赤い顔して」
黒瀬がやって来た。
「声がするんだけど」
ナニナニと、黒瀬がドアに耳を欹(そばだ)てる。
「しょうがない二人だ。私の演出無しで始めてしまって。ふ~ん、時枝、頑張っているみたいだね。鑑賞させてもらおう」
「黒瀬ッ!」
潤が慌てて黒瀬を止めようとしたが、遅かった。
黒瀬はリビングのドアを開け中に入って行った。
止めようとした潤はバランスを崩し、前につんのめりながらリビングの中に入ってしまった。