秘書の嫁入り 夢(16)

「潤、時枝と浮気した?」
「…は?」
「以心伝心ってやつ? 凄くジェラシーを感じるんだけど。いつの間に」
「この間のことは、浮気じゃないって言ったじゃないかよっ! 酷いよ…黒瀬だって…時枝さんの……。だいたい、黒瀬が時枝さんをベッドに運んだんだろ。一緒に寝ようって言い出したんじゃないかよぅ…そりゃ、俺だって放っておけなかったし……」

潤が真っ赤な顔で黒瀬に抗議している。

「社長、根拠のないことで、混乱を招くような発言はお控え下さい。食事中ですよ」

思い出したのか、時枝の顔も赤い。

「根拠? あるよ。さっきから二人して私にチラチラ視線送ってくれるじゃない。しかも同じようなタイミングで」

二人とも、個々に無意識でしていたことだった。

「気のせいです」
「ははは、そうだよ……」

自覚した自分の行動を、二人とも誤魔化そうとした。

「ふ~ん、そう来るの。ホントに浮気してたら、潤、私と一緒に死んでもらうよ」
「…黒瀬も死ぬのかよ」
「当たり前だろ。潤一人であの世になんか逝かせるはずないだろ。潤がいない世界で生きていく気もないから」
「…黒瀬」

潤の目にはしっかりとハートマークが浮かび上がっている。

「浮気はしないけど…黒瀬の手に掛かるのはイヤじゃないから。俺、黒瀬にだったら、殺されてもいいから」
「潤、ふふふ、潤の命は私のものだからね」
「いい加減にして下さい。惚気るのは結構ですが、食事が終わってからにして下さい」
「時枝、兄さんと寝てないからって、イライラしないでほしいね。代わりにユウイチとは毎晩、仲良く寝てるんだろ?」
「何度も申し上げていますが、食事中です」

黒瀬の挑発に乗ることなく、時枝は食事を続けた。
黒瀬の口からそれ以上、勇一の話も出なかったので、潤も食べることに集中した。

「デザートです。バニラアイスを作ってみました」

バニラアイスに、冷凍のラズベリーが添えられていた。

「凄い…時枝さん、冷菓も作れるんだ」

潤にとってアイスは買ってくるものであって、自宅で作るものではなかった。

「時枝の実家は、もともと洋食屋だったからね。料理のセンスがあるんだよ」
「これぐらい、料理好きな主婦なら誰でも作れますよ。最近はアイスを自宅で作る器具もありますし、材料さえ揃えば、潤さまもできます。今度教えてさし上げましょう」
「お願いします」

黒瀬が食事はデザートまでとって完了するものだと思っているので、潤も料理するときはデザートまで出すが、大抵果物か買ってきたケーキが多い。
時枝が忙しい時は、レシピをゆっくり聞き出す時間もないので、この際色々教えてもらうのも悪くないと思った。

「ところで、時枝、」

黒瀬が紅茶を飲みながら、時枝に話を振ろうとしている。 
いよいよかと 潤がアイスを口に含んだまま息を呑む。

「今週末にでも、兄さんを食事に招待したいと思っているんだけど、異存はないよね?」

あれ、と潤が黒瀬の顔を見る。

「ありません」
「それで、招待状を作りたいんだけど」
「招待状?」

勇一を呼び出すのに、そんな洒落たものは必要ないだろうと、時枝と潤が顔を見合わせた。

「そう、招待状。兄さんが時枝の顔を見たくて堪らなくなるようなね。しかも、兄さんの下半身を刺激するような…ふふふ、あの人、今、不夜城の女の子とバカみたいに遊んでいるようだし…時枝に勃たない分、他で発散しているみたい」

とうとう言ったと、潤が時枝の顔を見る。
表情を崩さなかったが、メガネの奥で黒目が一瞬泳いだ。

「…ルミですか。あの子は、勇一の馴染みでお気に入りですから。身体だけじゃなく、性格の良い子なんですよ」

風俗で遊ぶなら、ルミが一番勇一のことを分かってくれている、と時枝は思う。
が、それと嫉妬するかしないかは別の問題だ。

「時枝だって、俺と潤に挟まれて発散したんだから、兄さんが女の子と遊んでもジェラシーは感じないだろうけど」

黒瀬が、時枝の嫉妬心を煽る。

「アレは…あなた方が、勝手に……」
「時枝は普通に勃つのにね。ユウイチとも仲良しだし。それで、素敵な招待状を作ってあげようかなと思って。兄さん、きっと週末待たずして、飛んでくるよ」
「黒瀬、一体どんな招待状だよ」

内容が気になってしょうがない潤が口を挟んだ。