秘書の嫁入り 夢(15)

「潤さんってよ、見かけによらずいろいろ考えているんだな。もっとなんか、こう…」

正直、少し見下していた。
今潤は大喜にとって尊敬に値する人間に変わりつつある。

「アホかと思ってた? 黒瀬とイチャついているだけだって思ってただろ。これでも仕事もしてるし、必死で黒瀬や時枝さんに追い付きたいと思ってる。手足になりたいんだ。実力で側にいたいんだ。君だって同じだろ」
「そうかもな…。黒瀬さんは、おっかないけど、俺、潤さんとはいろいろもっと話したいかも。なんかあったら、相談に乗ってよ」

まさか、そんなことを大喜から言われるとは思っていなかった。
一人っ子の潤は、弟が出来たようで嬉しかった。

「困ったことがあったら、いつでもどうぞ。ケー番とメルアド交換する?」

大喜と潤は携帯の番号とメールアドレスを交換し、別れた。
勇一に踊らされた事に大喜は腹を立てながらも、気持ちは晴れていた。
佐々木の為に此所まで来た収穫はあったかも知れないと、携帯を握りしめていた。
潤は潤で、大喜の背を見送りながら、自分同様、普通の家庭から極道の佐々木との道を選んだ大喜に親近感を覚えていた。
同時に、大喜の話を受けて、黒瀬がどういう行動に出るのか、時枝と勇一がどうなるのか、憂いでいた。

「ただいま、時枝」
「時枝さん、ユウイチ、ただいま」

黒瀬と潤が自分達のマンションへ帰宅するのは、時枝が抜けてから連日九時を回っている。
先週までは黒瀬が組長代理の任で会社を抜けることもあったので、仕事が溜まっていた。
時枝が本宅を出てからは、忙しい潤の代わりに時枝が黒瀬宅の家事を引き受けていた。
もっともこれには、時枝が体力を付け、身体を慣らすという意味合いも含まれている。
黒瀬と潤と出迎えるのは、時枝とトイプードルのユウイチだ。
時枝が歩くのを邪魔するようにユウイチが、時枝にまとわりついている。
この二人、もとい、一人と一匹とは、すっかり仲良しだ。

「お帰りなさい。食事も風呂も全て用意できています。寝室のベッドメイキングも済ませてますが―――…あなた達、昨晩、何回やったんですか! イヤ、回数はこの際問題じゃない。どんなことをしたら、シーツに血が点点と付くのか」

帰宅早々、時枝の小言が始まった。

「はあ、あなた達、夫婦で一体どんなプレイをしているんですか?」
「ふふ、独り寝の時枝には刺激が強すぎた? どんなプレイって、それは秘密だけど。ナイフを太腿に刺したりとか?」
「社長っ! それは犯罪です!」
「んもう、時枝さん、それ、冗談だよ。そんなこと、黒瀬が俺にするはずないだろ。あれ、鼻血。あんまり黒瀬が凄いから…思わず興奮し過ぎて……」
「あなた達、毎晩やってて、まだそんなに………はあ……」

呆れ果てたのか、時枝が深い溜息を漏らす。
それを見て、何故か潤が嬉しそうな顔をする。

「潤さま、何がそんなに、楽しいのですか?」
「もちろん、時枝さんのお小言。時枝さん、大分元気になったなと思って。ユウイチ、おいで」

潤がユウイチを呼ぶと、ユウイチが潤に飛びかかる。
ユウイチは潤も好きらしい。
潤が抱っこしてやると、嬉しそうに顔を舐めた。

「まったくこのユウイチも兄さん同様、見境がない。時枝一人で満足しない所が、兄さんそっくりだ」

黒瀬の発言に、時枝の右眉がピクッと動いた。
自分の他に誰かがいるというニュアンスに心騒いだが何も言わず、二人と一匹を食卓へと向わせた。

「お二人は手を洗って下さい。ユウイチは、下に降りなさい。あなたの食事は、テーブルの下です」

は~い、ママ、と潤が時枝を茶化して黒瀬と共に洗面所へ向う。
先にユウイチが食事を始める。
黒瀬と潤が戻り、時枝を囲んで食事が始まった。
メニューはビーフシチューがメインの洋食だった。

「美味しそう!」
「そう?」

潤の素直な感想に、時枝の目が吊り上がる。
同じような場面が過去にもあったなと、クスッと潤が笑う。

「いえ、美味しいに決まってます。頂きます」
「頂きます」

潤が食事前には必ず手を合わせるので、黒瀬も時枝もそれに合わせるようになった。
一見穏やかな、食事風景が始まる。
しかし、時枝の心中は勇一のことでざわついていたし、潤は潤で、いつ黒瀬が今日の大喜の話を持ち出すのかと、気になってしょうがなかった。
二人とも、知らず知らずのうちに黒瀬に視線を送っていたらしい。