秘書の嫁入り 青い鳥(18)

「新人っ! 会議室へ資料が届いてませんよ。至急、届けて下さい」
「室長、そんなはずはありません。確かに届けました」
「届いていません。たった今、青柳君から、内線で連絡がありました」

自分でもイライラしてるのが分かる。
出来の悪い新人、市ノ瀬潤を叱る口調に私情が交じっている自覚が時枝にはあった。
というのも勇一との久しぶりの逢瀬から、はや一ヶ月。 
また時間に追われる日々で、あれから一度も会ってない。

「確かに昼休み前に、会議室へ三〇部持って行きました」
「資料が勝手に消えたとでも? そう言いたいのですか、新人?」
「市ノ瀬です。いい加減、名前で呼んで下さい」

毎度毎度叱られ続けると、お小言に対する免疫が潤にもできてきたのか、最近は涙することもない。
泣けば追い出すと脅しをかけられているので、泣けないというのもあるのだが。
イラついているせいか、名前を呼べという潤の尤もな要求も、時枝にはただの反抗に聞こえていた。

「子どものおつかい程度のことも満足に出来ない社員を名前で呼ぶ必要はないでしょ」
「俺は、持って行きましたっ!」

ギロっと、時枝が潤を睨む。

「私は、…ですけど……」
「はぁ~、全く、教育のし甲斐がないというか、何というか……。新人、一つ伺いますが、どの会議室に持って行ったのですか?」
「もちろん、Bです」
「B? 新人は、会議室Bに、資料を持って行ったと? 間違いありませんね?」
「間違いありません。私はBに運びました」
「それでは、届かないはずです。よ~く分かりました。やはり、市ノ瀬潤、君のミスです」
「どうしてですか、Bに届けろと、メモしてありました」
「Dです。会議室Dです。メモを見せなさい」

自分に非はないという態度で、潤が時枝にメモを渡した。

「新人は、確か英語は出来てましたよね。ネイティブとは言いませんが、近いものがある。違いますか?」
「…はい、自信はあります」

潤は、母親の教育方針で、子どもの頃から英語だけは叩き込めれていた。
それには、潤の出生の秘密も多いに絡んでいた。

「父親は、イギリス紳士ですよね?」

時枝のこの言葉に、周囲の秘書達が『市ノ瀬君って、ハーフだったの?』とヒソヒソ話を始めた。
見えないのだ。
確かに色は白いし髪の色は薄いが、潤程度なら珍しくない。
社長の黒瀬は、一目で潤には外国の血が入っていると見抜いていたが、普通は思わないだろう。
本人も、ずっと自分は純国産と思って成人したのだ。
知らされたのは、潤と黒瀬が知り合うキッカケになった、一年数ヶ月前のイギリス滞在の時だった。
母親の結婚式に出席するため、イギリスのカーディフを訪れた際、母親から出生の秘密を聞かされたのだ。

「はい、そうですけど。それが、何か?」
「これ、筆記体で書かれたDです」

時枝がメモに書かれたアルファベットを指さす。

「…筆記体って…、まさか…」
「知ってますよね、筆記体のDぐらい。昨今筆記体はあまり使われませんが、それでも、メニュー等はレタリングされた筆記体が使われてますし」

先輩秘書の篠崎が、助け船を出そうかどうしようか、迷っていた。

「…まさか、社内で…乱暴に書かれたBかと…だって、オッパイが二つ…」
「オッパイ? 新人、オッパイって言いました?」
「Bは寝せると垂れたオッパイみたいな形です。この文字もオッパイ二つあるじゃないですか…寄ってますけど…」

助け船を出そうとした篠崎も、他の秘書達も、皆、笑いたいのを堪(こら)え、震えていた。

「このスペースのことを言っているのですか?」

書かれた文字の上の円を描いている部分が、本来の筆記体のDより多少大きい。
が、それでも筆記体のDを知っているなら気付くはずだ。
決してBと間違ったりしない。

「室長、早く青柳さんに資料の在りかを報告した方がいいのでは? そろそろ、会議も始まる時間ですし」
「そうでした。篠崎さん、悪いが青柳君に連絡を入れて下さい」
「かしこまりました」

解放されると思った潤だったが、まだまだ、時枝のお小言は続くらしい。

「いい年して、オッパイが二つなどという、訳の判らない、いい訳をするなんて、どういうつもりですか?」
「…筆記体、習っていません…」

ボソッと潤が洩らした。

「習ってない?」

時枝の右眉が跳ね上がる。

「メニューは時枝室長が仰有ったように、レタリングされているから、逆に読めるのです。手書きの筆記体は癖があるので、読めません。書くのも無理です。時枝室長の学生の頃は英語は学校でも筆記体だったと存じてますが、私の時代は違います。学校でも習ってないし……まだ、メニューが読めるだけでも、マシな方だと思います」

潤の言葉に、時枝は込み上げてくるイラつきを押さえ込んだ。
ここはちゃんと言わなくては駄目だろう。
感情的に言っても伝わらないと判断した。

「だから、ミスは新人のせいではないと、言いたいのですか? 時代は関係ないでしょ。君は先々誰の専属秘書になりたいのです。誰の右腕になりたいのです。仕事のバックボーンについての研究はしていますか? それに必要な知識を得ようと努力していますか? 普通に与えられた仕事をこなせれば十分と思っているのですか?」

時枝は遠回しに裏の仕事のことを言っていた。

「思って…いません」

潤が、シュンと下を向いた。
会社とは別に、黒瀬と時枝は盗品売買も手がけている。 
もちろん、こちらは非合法だ。
それについては潤も知っているし、そちらの仕事の手伝いもしたいと思っている。
黒瀬と潤が知り合った時も、黒瀬と時枝は裏の仕事で、イギリス行きの機内にいたのだ。
海外との取引が多くなるし、意外と手書きレターのやりとりもある。
タイプやパソコンのやりとりでは、裏を取られることもあるので、特に慎重にコトを勧めたい時は、手書きのレターが用いられるのだ。

秘書の嫁入り 青い鳥(17)

「…ゆうい…ち…、また…きた……はや…くっ、なんとか…してくれっ…」
「どうしようかな? 勝貴、俺様のよりバイブが好きらしいという情報が、たった今入った。俺ので満足できないなら、俺、勝貴が悶えるの、横で見てるだけにしようかな~」
「…意地悪言うな、…ほうび…くれる…って、いった……ゆうい、ちっ!」
「だいたい、仕事ばかり優先して、俺様、いつも淋しいし、愛されてないしな~」

勇一が、時枝を焦らし始めた。

「…て、めぇ…、おれを、…ほう…っておく気か……、もう…ガマン…できそうも…ない…ゆう、いちっ…なんとか…してくれ…」
「どうしようかな?」
「おまえが…欲しいんだ…、わかれ…、この、おたんこ…なす、がっ」

蓑虫がみのを剥がれたようにくねっている。
時枝が、潤んだ目で、勇一を睨み付けた。

「しょうがねぇな。褒美やるから、素直に言葉吐けよ」

勇一も少しドリンクを飲んでいるので、直ぐに元気になるのだが、ドリンクよりも目の前で悶々とする時枝の姿の方が効いた。
時枝の股を大きく開くと、グッと求めるモノを一突きで与えてやった。

「ぁぁあっ、イイッ…、ゆういちっ!」

時枝の爪が勇一の肌に食い込む。
今日一日で、極道者の背には傷が無数に出来ていた。

「…すきっ、…だぁああっ!」
「はぁ、いいねぇ、その言葉。勝貴の口から聞けると、涙出てくるわ…そら、もっと、言ってくれ」

焦らした効果が出たようだ。
普段の時枝から聞くことのできない言葉を聞けて、勇一はもう止まらくなった。
勇一の場合、ドリンクは必要なかったかもしれない。

「…ゆういち、ゆうい…ちっ、…すき…、すきっ…あぁっ、あん、…ヤダ…ヤダ…ヤダ……」

あれ、いつもと違うパターンじゃないのか?
時枝の口から、子どもが駄駄をこねるような喘ぎ声が洩れる。
そういや、会社でもおかしかったらしいと、昼間、武史に言われたことをまた思い出した。

「ヤダ…あぁ…、離れるな…、ヤダ…すきなんだ…あん、あう…淋しかったんだ…あぁああっ」

勇一が喘ぎ声かと思っていたものは、半分が泣き声だった。
ここに来て、やっと時枝の理性が完全にぶっ飛んだらしい。
理性というより、正常な思考がぶっ飛んだらしい。
本心だけが洩れる。

「勝貴…、やっぱり、お前は、可愛いよ。いつもは男らしいけどよ…おっと、締めすぎだって…ほら…もっと啼けっ!」
「…青い鳥…が…はっ…あぁ、戻ってきた……あぁあ…青い鳥……ゆういちっ…」
「青い鳥って、もしかして、俺の事? 俺が逃げてた訳じゃ、無いんだが…ずっと、お前の肩に留まっててやるぞ?」
「…飛んで行くな…それはヤダッ……もう、もどれ…ない」

勇一には何が戻れないかは分からなかったが、時枝が自分と離れたくないと心底思っていることは感じた。

「アホだな…自分から、俺を避けてたくせに。俺様が、勝貴から、離れたことは一度もないぞ? 愛してるんだから。オイ、聞こえてるか???」

勇一を体内に残したまま、時枝は失神していた。
恐ろしい量の絶倫ドリンクを摂取させられた、時枝の身体はもう限界だった。
本来の時枝なら耐えられる量でも、今の時枝は疲労が溜まっている状態だ。
興奮状態が続けば、身体が悲鳴を上げるに決まっている。

「…ゴメン、勝貴、寝ているお前でイかせてもらう。夢の中で感じてろ」

一人残された勇一は、意識のない時枝の身体の中で果てるのは、時枝をダッチワイフのように扱っているようで後ろめたい気になったが、抜こうにも、あまりに時枝の中が良すぎて、誘惑に勝てなかった。

「意識ないくせに、中が顫動って、どんだけなんだ? はぁ、いいっ!」

閉じた目からは、涙の筋が幾つも出来ていた。
泣きながら失神した時枝の顔を見ながら、勇一は爆ぜた。 
時枝の内部に入ったまま、勇一が時枝の涙の跡を舐め、そして、唇に軽くキスを落とす。

「俺が、一生守ってやるからな。なんて、起きているときに言うと、『俺は女じゃねぇ!』と殴られるだろうな。俺を一生守って下さいでも、いいんだが……死ぬときは一緒がいいよな…手を繋いで、二人同時に老衰で~なんてどうだ? 老人ホームで、係りの人が見に来たら、ジジィが二人、手を繋いで安らかに死んでたって、最高じゃねえか? なぁ、勝貴。好きだ……」

秘書の嫁入り 青い鳥(16)

「…ゆういち…、電話ッ、…貸せ」
「家電、携帯、どっちだ?」
「どれでもいい…武史の番号を押してから、俺にまわせ……」
「この状況で、武史と何の話があるっているんだ? 喘ぎ声を聴かせたいとか?」

三ラウンドを終わって、息も絶え絶えの時枝だった。
まだ、身体の熱が治まりを見せない。
ドリンクのせいで異常に感じやすくなった身体は、普通のセックスよりも疲労を伴う。
昂ぶっている最中は性欲だけに支配されているので、疲れを感じることはないがイッた後は別だ。
動悸が激しくなり、ハアハアと息切れを起こしてしまう。
それは数分続かず、直ぐに次の欲望が押し寄せてくるから、タチが悪い。
繰り返すこと、三回。
治まりきれない熱が直ぐにでも噴出しそうだったので、その前に時枝はどうしても電話を入れたかった。
ここを逃(のが)すと、多分、話のできる状態はドリンクの効き目が消えてからになる。
そんなの、いつになるか分からない。
勇一が言っていた通り、数日は無理だろう。

「…無断欠勤は、できないだろっ。…俺は…お前と違って…宮仕えの身なんだ……部下への示しもつかないだろう…」

実質、お前が動かしているんじゃないのか? と勇一は思ったが、口には出さなかった。

「まだ、仕事に気がいくなんて、俺の愛情が足りないのか? 結構頑張って腰振ってますが」

正直、時枝に仕事のことを忘れさせたかった。
その為の料理でその為のドリンクで、その為の行為だった。
完全に『無』にさせるには、まだまだ自分の愛と努力とテクが足りないのか? と、勇一は猛省していた。
こうなりゃ、もっと啼かせてやると、反省の次に闘志が湧いてきた。

「…ああ…、頑張りは、認めてやる…が、仕事は仕事だ。悔しかったら、俺にもっと、褒美を与えろッ……、まだまだ、足りんっ、…ただし、電話の後だ」

勇一が家電の子機で短縮番号を押し、時枝に渡した。

「…社長、時枝です。何してるんですか? 変な音が…」

努めて普通に会話しようとしている時枝の耳に、ブーンというモーター音が飛び込んできた。

『ふふ、時間を考えてよ、時枝』
「時間って、何時ですか今?」
『深夜の二時をまわってるよ。この時間にしているコトと言ったら、愛の営みに決まってるだろ』

あぁあう…と潤の嬌声が、モーター音と一緒に聞こえてきた。
潤の喘ぎが、ゾクゾクッと時枝の身体に微電流を走らせる。
潤に欲情しているのではなく、自分の身に潤が置かれている状況を置き換えてしまったのだ。

『最近、道具も二人の必須アイテムになっていてね。もちろん、最後は俺ので決めるけど。時枝も兄さんにバイブのお強請(ねだ)りしてみたら? 前に写真の時に使用したのが、残っているんじゃない? あの尻尾付き、良かったんじゃないの? いい顔してたよ…ふふ…あの写真は、いいコレクションになったよ…』

以前、勇一と時枝は黒瀬の逆鱗に触れたことがあった。
あの時は命を取られると覚悟を決めていたが、結果、命は取られずに済んだ。
その代償として、尻尾付きのバイブを埋め込んだ時枝が、勇一を掘るという写真を撮らされた。
その写真のことを黒瀬は言っているのだ。
思い出しただけで、身体が火照る。
勇一に突っ込んだ感触と、バイブの振動、二度とそういう機会は訪れないと思うと、余計興奮してきた。
いや、そんな話で電話をしているのではなかったと、時枝は頭をブンブンと振る。

「…写真のことは忘れて下さい。…あの…体調が…優れないので…休みが欲しいのですが…急な話で申し訳ございません」
『優れないって、兄さんとセックスのし過ぎで、足腰立たないってこと、言ってるの? それとも、欲求不満がピークで、鼻血が止まらないとか? 声が掠れているから、前者だろうけど』
「社長ッ!」
『ふふ、時枝、我が社にセックス休暇はないよ? 知ってるよね? 女性社員の生理休暇はあるけど。で、何をされているの? 普通のセックスで、時枝が休みなんて、有り得ないだろ? 興味津々…あ、潤、ダメだよ。勝手に抜かないで』

何を抜いているのやら、モーター音が大きくなった。
体内から外に出たということだろう。

「どちらなんですか? 休みを頂けるのか、どうなのか。勝手を言ってご迷惑をお掛けするのは承知です…が…」
『兄さんとセックスの方が大事だっていうんだろ?』

そろそろ、普通に話すのか辛くなってきた。
受話器を持つ手が震えてきた。

「社長、あっ、」

貸せと、勇一が受話器を取り上げた。

「武史、いい加減にしろ。ダラダラ勝貴で遊ぶな。明日の休みは申請済みだ。違うか?」
『ふふ、兄さん、流石です。時枝自ら、休みを申請してきたところをみると、かなり啼かせてますね。獣の兄さんも悪くないですが』
「ふん、分かっていて勝貴苛めるのは、どうかと思うぞ。悪いが、二,三日、休ませるから、そのつもりで、しっかり働け」
『横暴だな。時枝は有能な秘書ですよ。そんなに休まれると、俺が困るじゃないですか…ふふ、まあ、利点もありますけど。いいでしょう。ここは貸しですからね、兄さん。優しい社長としては、有給休暇扱いにしてあげましょう。思う存分、ヤッて下さい…、あ、時枝、道具も好きみたいですよ、じゃあ潤が焦れてますので…』

電話を切ると、時枝が全身を震わせていた。

秘書の嫁入り 青い鳥(15)

「見るな! 気が散る」
「アホ抜かせ。見るために、全裸にさせているのに、見るに決まってるだろ。味はまあまあでも…目的は達成中かな?」
「目的?」

勇一の言葉を受け、時枝は自分の股間に視線を落とした。

「ヤッパ、スッポンかな?」

おじぎをしていたモノが、頭を上げていた。
所謂(いわゆる)半勃ち状態の一歩手前。

「見るなっ!」
「いいじゃん、俺なんか、もっと凄いことなっているしさ。本当は、食事どころじゃない状態」

勇一のモノは、完勃ちの一歩手前だった。
勇一の目がギラギラ光っていることに、時枝は気付いた。

「食事は、させろよっ! 腹は減ってるんだから」
「分かってるって。気にしないで、ゆっくり食え」

やる気みなぎる勇一の真横で、その欲望丸出しの視線に晒されての食事は、非常に食べにくいものがあった。
が、意地でも全部食ってやると食事を続けた。

「酒、飲めよ。シメはマムシだろ?」

勇一が、ガラス製のおちょこに酒を注ぐ。
ボトルの中には、マムシがクルッと丸まっていた。
蛇が気持ち悪くて飲みたくない、という本心を口に出すと意気地がないと笑われそうなので、おちょこの中身はタダの酒だと思い込んで口にした。
かなり度数が高い酒のようだ。
飲み干した瞬間、カッと胃袋が熱くなった。

「強いな…喉まで焼けそうだ」
「精をつけるには最高だろ?」
「ふん、俺だけ飲まそうってわけじゃないよな? 勇一も飲め」
「…俺は遠慮しとく。料理作りながら、チビチビ飲んだから、これ以上飲むと、鼻血が出る」
「中坊みたいなこと、言ってんじゃ、ねぇよ…飲めっ。アレ…俺…てめぇええええっ!」

急激な身体の変化を感じ、時枝は勇一の謀に気付いた。

「これ、タダの酒じゃないだろ!」
「だから、マムシの酒だろ?」
「だけじゃねぇ! いくら、マムシだからって、こうなるかっ!」

時枝が、自分の股間を指さした。
そこには、これ以上膨れようが無いほど血管を浮立たせて膨張し勃ちあがった一物が、涎ダラダラで揺れていた。
しかも、問題はそこだけじゃなく、違う場所も大変な状態で、ジッと座ってられなくなった。

「クソッ、ケツまでムズムズするっ! 何を盛ったか、正直に言えっ!」

時枝が、勇一の左右の頬を指で摘んでグイッと引っ張る。

「ぜぜぜぜ、ぜでぃんぐ」
「なんだとぉ! ハッキリ言えっ!」

引っ張るだけ引っ張って、ピンと指を放した。
勇一の頬の色が変わった。
かなり痛かったはずだ。

「絶倫ドリンクっ、イッテェ~よ!」
「お前、まさか…この中に、混ぜたのか?」
「ああ、俺さま、頭いいだろ? その中だけじゃないぜ」

勇一が頬をさすりながら、得意気にウィンクをする。

「…ははは…勇一、俺から…殺されたいとか? 正直に言え。どれにどれだけ混ぜたんだ!」

問いただしながらも、時枝の身体は震えだしていた。

「ステーキのソースに一本、勝貴のスッポンスープに二本、マムシのボトルに三本、どれも味が分からなかっただろ? 色々、大変な勝貴への、俺からの労いだ。これで数日間は仕事に行けないぞ。良かったな、勝貴。俺様は本当に勝貴想いの愛情たっぷり人間だ」
「…いい…は…ずっ、ない…だ…ろうっ…、人の…し、ごと…を…なんだと…思って……くそッ……ゆういちっ、立って…はぁ、られな……」

皮膚から毛穴まで、全てが性感帯になっいた。
吐き出す息ですら、刺激になる。
床に付けた足の裏までくすぐったくて、時枝は勇一にしな垂れ掛かった。

「俺がいるから、壊れるぐらい乱れろ。お前、自覚している以上に、ストレス溜まってる。頭空っぽにして、俺と交われ」

組長口調で言われた。
勇一が命令口調で言うときは、ふざけてないときだ。
時枝を心配してのことだと、匂わせる。

「お預け食らっていた俺へのご褒美よりも、俺から、勝貴へのご褒美に切り替えだ。いいな? 徹底的に犯してやるから、覚悟しろよ」
「…すき…かって…、いいやが…って……、どう…にかっ、しろっ……」

勇一が、ヒョイと時枝を担いだ。
勇一の裸の肌に、時枝の先端が擦れただけで、時枝は爆ぜた。

「…さい…悪だ…」
「最高だ、だ。良い匂いがする…ははは」

 

秘書の嫁入り 青い鳥(14)

「いるなら、いるって言え。変態野郎!」
「変態は酷いな。そんなこと言うなら、着るもの出さないからな。俺は変態だから、裸の勝貴を鑑賞しながら夕飯にする」
「アホなこと言ってないで、俺にもバスローブ貸せ。あと、俺の眼鏡は?」
「やだ、貸さない。眼鏡はリビングのTVの上だ。そのコリコリした乳首、見ながら、飯食うことにした」
「した、って勝手にするなっ! このド変態がっ!」

何故に三十四にもなろうという男が、裸で食事をしないといけないんだ?
そんな事出来るか、と断固として断るはずだった。
はずだったのだが……

「こういうの、初めてだよな。あ~、新鮮でいい」

勇一が箸を振り上げ、時枝を指す。

「行儀悪いだろが。箸で、人を指すな」
「裸で食事中の勝貴に言われても、説得力ない。はは、マジ、いい眺めだ」

結果として時枝は勇一の申し出を断れきれなかった。
たまには自分の言うこともきいてくれと甘えられ、恥ずかしい姿を見せ合うのが信頼関係だとぬかされ、変態になるのは勝貴の前だけだ、俺の愛の深さだと、宣言されれば、ノーと言えない時枝だった。
その代わり、ちゃっかり交換条件を時枝も出した。
自分だけが裸のままというのも不公平だと、勇一のバスローブも脱がせた。
三十過ぎの男二人が、全裸で仲良く食卓を囲む。

「それにしても、見事にお前の欲望を満たす為の料理の数々だな」

テーブルの上に並べらた、ステーキにレバニラに鰻にスッポンスープに、マムシ酒。

「勝貴にはまだまだ、負けるけど、結構俺も腕を上げてきたと思わねぇか? ちょっと見ない間にお前、ガリガリになってるからさ、体力付けてやろうと、思って。さっきだって、最初は、すげ~、早かったし」
「何が、早かったんだ?」
「イくのが。あっという間に出しただろ。クッ」

勇一の顔が、歪む。
時枝が臑を力加減無しで、蹴飛ばしたのだ。

「つ、疲れてたんだっ! しょうがないだろっ。お前の弟の世話とその嫁の教育と、俺は心骨削ってやってるんだ…。それに、お前が……」

言い掛けて、時枝の顔が赤くなる。

「う~っ、まだ、イテェ。分かってるって。疲れてたし、俺の身体が良かったんだろ。ッテェ、蹴るな!」

また蹴りを飛ばした。

「……身体だけじゃ、ない……」

赤くなりながら、ボソッと時枝が洩らした。

「…そりゃ、ないぜ…不意打ちだ、その可愛さ…卑怯だぞ、勝貴。弁慶の痛みも吹っ飛ぶ。ダメだ…これ以上、可愛いこと言われたら、食事どころじゃなくなる。先に飯だ。食ってから、じっくり色々とな…へへ…」
「可愛いとか、言うな、アホ。俺は、市ノ瀬じゃないぞ。形容詞が違うだろうが…」

と言いつつも、時枝は悪い気がしない。
身体の関係を持った当初はバカにされているようで嫌だった言葉も、今では素直に愛情表現だとして受け取れるようになっていた。
だが、それを素直に表現しないのが時枝なのだ。
嬉しく思いながらも、反論を忘れない。

「市ノ瀬と比べられるか。勝貴の方が、数倍イイ男だ。少なくとも俺には、お前じゃないと」
「…勇一、聞いてる方が恥ずかしいから、もうやめろ。武史が聞いたら、殺されるぞ?」
「安心しろ。この部屋に盗聴器はない」
「あってたまるかよ…。飯だろ。折角作ったのが、冷めるぞ。マムシの酒まで用意してあるところが、お前の魂胆丸見えだ。付き合ってやる。食うぞ」

勇一の目が、ギラリと光った。

「付き合うって、食後の運動のことだよな?」
「こんな姿で座らせて、こんなメニュー用意して、この後やることは、それ以外何がある? 映画鑑賞しようと、言うつもりはない。褒美、もう欲しくないのか?」
「勇一、感激でございます! さすが、勝貴ちゃん、大人な発言! ああ、スッポンのスープとマムシ酒、お取り寄せしておいて、正解! ご褒美、まだまだ、頂かせていただきたく……」

突然、勇一が立ち上がると、椅子を持って時枝の横に移動した。

「折角だから、胸だけじゃなくて、勝貴のムスコも眺めながら食事がしたいです!」
「バカッ、箸でそんなとこ、突くなっ!」

勇一の箸が、時枝の竿をつつく。

「へへ、動いた。良い眺めだ」
「お返しだ」

時枝の箸も、勇一の竿を…軽くつつくのかと思えば、挟み持ち上げた。

「ひっ、イテェ!」
「ざまあ、見ろ。いい加減、食事させろ。冷えると不味くなるぞ。褒美の続き、早く欲しいだろ?」
「欲しいです!」

遊びだしたら切りがない勇一を制止し、やっと食事が始まった。
勇一が桐生の本宅で食事を作ることはない。
時枝のマンションでも作らない。
というか、時枝が作らせない。
唯一、作るのがこの隠れ家として借りている部屋だけだ。
時枝の為だけに料理を作る。

「味はどうだ?」
「まあまあだ。食える」
「食えるって…勝貴…、美味しくないか?」
「だから、まあまあだって、言ってるだろ。美味くなかったら、食わない。オイ、どこ見てるんだよ!」
「どこって、ソコ」

勇一の視線は時枝の股間を向いていた。

秘書の嫁入り 青い鳥(13)

「オイオイ、ソッチもかよ…。欲張りだな」
「…どこも…うっ…、かしこも…欲しい…んだ…よっ…あぁ…、バカッ…イイッ」
「待てないのかよ…。訊くまでもないな…待てないよな。好きに弄れ、全く、最高の眺めだな」

勇一に自分の姿がどう映っているかなど、構っている余裕が時枝にはなかった。

「…あっ、もう…イクっ、ぞっ…クッ…」
「えらい、早漏だな……」

下からの突き上げを食らいながら、時枝が爆ぜた。
しかし、勇一は、動きを止めなかった。
時枝も腰を振り続けている。
時枝の放出したモノが、勇一の胸と腹部を濡らしていたが、お互いお構いないしだ。
放たれる時枝の匂いが、媚薬のように二人を更に煽った。

「…ゆういちっ…」

時枝の手が勇一の肩を引き寄せようとする。
上体を起こせと要望しているのだ。
時枝を上に乗せたまま、勇一が身体を起こす。
二人の身体の距離が縮まると、時枝が、勇一の唇に食らいついた。
身体を繋げたまま、勇一の口の中に自分の舌を荒々しく投げ込むと、ディープなキスを強請る。
いろんな女と寝た。
童貞を捨ててから、それこそ遊び回った時期もある。
二人でナンパしまくった時期もある。
心に想う人もいた。
しかし時枝の中で無くすことの出来ない存在が勇一だった。
この世に身内はもう一人もいない時枝だが、唯一、絶対の信頼をおける相手で、気を許せる相手が勇一なのだ。
まさか肉体関係を持つ羽目になるとは思ってもいなかったが、いざ持ってみると、更に絶対の相手になってしまった。
桐生の組に籍を置いてないが、構成員が組長の為に命を落とすことがあるように、勇一の為なら死ねるかもしれないと思うことがある。
決してそれを口に出したりはしないのが時枝なのだが、身体を繋いで興奮している時には、その想いが洩れそうになる。

「…死んでもっ、…イイ…」

勇一の口から、時枝が離れた。
お互いの唇を透明に光る糸が渡っていた。
その糸を無視し、潤んだ目で時枝が勇一を見つめる。

「…勝貴…、まだ、それは早いって」

繋がったまま、突き上げられたまま、あの世に逝くのも悪くない、むしろ、どうせいつかは死ぬのなら、こういう形がいい……、久しぶりの逢瀬で、勇一に惚れている自分を時枝は実感していた。

「…死なせろッ…、」
「イかせろっ、の間違いだろが。…ヤバイぞ、勝貴。お前、メチャ、可愛いっ!」

今度は勇一から、時枝の唇を奪う。
荒々しく口内を犯しながら、自分と時枝の腰を振る。
時枝の唾液が甘い蜜になるのは、感じている証拠なのだ。

「…ン…、ンッ…ン…」

口を塞いでいるため声にならない喘ぎが、鼻から抜ける。

「…、俺も…限界っ、…一回イかせろ…」
「あっ…ゆう…い…ちっ、…熱いッ…あぅ、うっ、…」
「勝貴っ、勝貴っ、…離れるなっ!」

勇一の本音も洩れる。
時枝がキュッと内壁で勇一を締め付けた。

「クソッ、…搾り取る気か…最高ッ…じゃねぇか…うっ…」

自分の上に跨る時枝の中に、遠慮無しに勇一が自分の体液をぶちまけた。
それを感じた時枝も、二回目のモノを放った。

 

 

「…勇一?」

勇一の匂いは残っているのに、姿が見えない。
一人ベッドに残されていることに、時枝は一抹の不安を覚えた。
欲求不満のあまり、淫夢でも見ていたのだろうか?
しかし、確かに鼻腔を擽るのは勇一の匂いだし、この部屋は勇一の隠れ家の寝室だ。
そして何より身体の一部の摩擦による違和感は、間違いなく激しく交わったことを証明していた。
ヤるだけヤッて、横にいないとはどういうことだ?
身体の欲求だけ満たせばいいのか?
と、恨みがましい気持ちが湧いてきた。
会話らしい会話もまだしてない。
やっと会えたのに…。
女々しいなと想いながら、勇一不足が身体だけじゃないことを、時枝は感じていた。
しかも、満たされたはずの身体も、まだまだ勇一が欲しいらしい。
勇一の匂いに欲情めいた反応を見せている。
乳首がキュッと締まった。
全く女じゃあるまいし…、感じてどうするよ…そういえば、市ノ瀬はピアスを嵌めているが、嵌めると感度が増すのだろうか…
そっと自分の乳首に手を当ててみた。
キュッと締まった乳首を左右引っ張ってみる。
…感じないこともないが、やはり勇一の手がいいよな…

「くっ、くっ…ああ…すげぇ…、もっと見たいけど、夕飯にしよう」
「勇一ッ!」

さっきまでいなかったのに、バスロープ姿の勇一が近眼のぼやけた視界に入ってきた。
時枝の顔に、今眼鏡はない。
見られたと羞恥で顔が赤く染まる。

秘書の嫁入り 青い鳥(12)

「お前は腱鞘炎になるのが嫌で、俺に会いたかったのか? オナニーのし過ぎだと? 俺に会えば、その必要がなくなるからか? お前、俺をダッチワイフか何かと勘違いしてるんじゃ、ないだろうな」

この男に抱きしめられ、トキメキすら感じたことが情けなくなった。

「バカ言え! 勝貴の中の方がダッチワイフより気持ちいいに決まってるだろ! お前に会えないから、会いたいなと思うと、右手が勝手に動くんだって…イテッ」

冷ややかな視線に加え、時枝の平手が勇一の頬に飛んだ。

「勇一の、どアホっ! それじゃあ、ヤリタイだけのセフレじゃないかっ。あ~、嫌なこと思い出した! そう言えば、お前、セフレに昇格とか訳わかんねぇこと言って、俺を襲ったんだった。そもそも、俺達はそういう関係だった。ああ…俺が、馬鹿だった…お前の事を…」

叩かれた勇一がニヤニヤして、時枝を見ている。

「俺の事を、何だ? 愛してるだろ? なのに、セフレ扱いで、勝貴、哀しい~~~~ってな。可愛いっ!」

今度は平手じゃなく拳が勇一の頬に向かったが、今回は勇一よって阻止された。

「コノヤロウッ!」

受け止めた拳を引っ張り、怒り心頭の時枝の身体を勇一が自分の胸に寄せた。

「勝貴のその短気具合、余程、溜まってるんだな。お前、相当、欲求不満だろ。馬鹿なのは、勝貴だろ? なんで人形より、お前の方が気持ちがいいんだ? どうして右手が勝手に動くんだ? そりゃ、俺様の心が、勝貴を求めているからだろうが……。勝貴の身体は俺の為にあることに、しとけよ…な? 俺の身体もお前の為にあるってことで」
「…勝手な言い草だ…」
「ああ、俺は勝手だよ。でも、ちゃんと、お前の仕事の邪魔しないように我慢してるだろ? ご褒美くれてもいいと思うけど」

時枝の扱いが勇一は上手い。
久しぶりで自分からは求められないであろう時枝を、上手くリードする。

「…お前、狡い」
「そりゃ、泣く子も黙る極道モンですから、」

自分が乗せられているのが時枝にも分かる。
それでも勇一の気遣いが嬉しい。
いいように転がされてしまったと思うが、これで、求める理由が出来た。

「褒美、くれてやる。久しぶりなんだから、ゆっくり味わえよ」

時枝が勇一の服を脱がしに掛かる。

「ああ、フルコースで、ゆっくり、じっくり、ねっとり、頂かせてもらいます」
「なんだよ、その、ねっとりって…」

その回答を、行動で勇一は示した。

「…あぁあ…ゆう…い…ちぃっ! もっとっ!」

体中を舐められ、濃厚なキスをされ、乳首を転がされ、そして一物を口淫された。
時枝から一片のかけらを残すこともなく理性がぶっ飛ぶ。
勇一の舌が肌を這うだけで、脳天を突き破るような快感が走った。
自分が思っていた以上に、時枝の身体は飢えていた。
カラカラに乾いた砂漠だった。
一滴の水も逃そうとしない乾いた大地が、今の時枝だった。

「勝貴…お前…、」

ずっとお預けを食らっているのは自分の方だと思っていた勇一だったが、乱れる時枝を見て、飢餓状態は自分より時枝の方だったと確信した。
これじゃあ、寝ぼけて武史とキスしたり、自慰行為にはしったり、情緒不安定になったりするだろう。
元々、遊ぶときは遊ぶが、自分に厳しくストイックな面もある男だ。
もしかしたら、右手さえ使ってなかったのかもしれないと、勇一は時枝が不憫になった。

「…可哀想だったな……、よし、任せろ…」

ここは自分の頑張りどころだろう。
男の腕の見せ所とばかりに、勇一の愛撫に力が入る。
もちろん熟練(?)しているつもりの技も駆使した。
頑張りながら、桐生名物の通称『絶倫ドリンク』が、この隠れ家にもストックがあったかどうか気になった。
なかったら、あとで組の者に届けさせるしかない。

「…挿れろっ…、あぁう…焦らすなッ!」

最大限の快感を与えてやるには、直ぐじゃなく我慢させることも必要だと、挿入しかけては横に滑べらせ、先端で突くだけの勇一に、時枝がもう限界だと訴える。

「まだだ」
「…覚えてろッ…クソッ!」

時枝が勇一を押し退け、勇一の上に自分から馬乗りになった。
ただの、馬乗りじゃない。

「…んっ、あぁあああっ、あぅ…」

勇一の先端を自分の孔に押しつけ、

「こら、バカッ、ゆっくりやれっ!」

という、勇一の忠告を無視して、一気に沈んだ。

「…イイッ、…あっ、…うっ…、うっ…」

自ら腰を動かし、身体の中に収まる勇一の雄を時枝が堪する。
欲しかった。
この男にこうして突き上げられたかった。
自慰行為の欲求さえ薄れていたのは、きっと自分ではこの熱と快感、満足感は得られないと分かっていたからかもしれない。

「ほら、突いてやる」

上に跨る時枝の腰に手を掛け勇一が腰を上下に動かしてやると、余程感じているのか、時枝の背中が仰け反った。
時枝の手が、自分の前に伸びる。
貪欲な欲望が、後ろだけじゃなく雄の部分への刺激まで求めている。

 

秘書の嫁入り 青い鳥(11)

凄く久しぶりに、時枝は快眠を貪っていた。
芯から眠る心地よさ・快適さをすっかり忘れていた。
眠りが深かった分、目覚めた時の爽快感は、脳味噌を洗浄したような清々しさだった。

「あ~、よく寝た」

上半身を起こし、思いっきり身体を伸ばす。
伸ばした右手がゴツンと堅いモノに当たった。

「いてぇよ」

顎を押さえた勇一がいた。

「何やってんだっ! お前、侵入したのか?」
「よく寝たって顔で、惚けたけたこと、言うなよ。ここ、俺の部屋だ。ちなみに俺は何もやってないぞ、まだな」

ニヤつく勇一を前に、酸素が行き渡った頭の時枝が、今の状況を分析しようと試みる。
が…、時枝の脳味噌は、自分に都合が悪いことは記憶してなかった。
朝、殆ど徹夜の状況で、会社に行った。
自分の仕事をこなしながら、潤に目を配るいつもの勤務。
潤のミスを指摘し、泣かせてしまい、黒瀬に「姑根性丸出し」と嫌みを言われた。
昼休みが終わり社長室に乗り込むと、身体を繋げた黒瀬と潤を目にし、仕事に戻そうと試みた……ところまでは、ハッキリ記憶にある。
しかし、その後がない。
仕事途中だったはずだ。
専務と黒瀬の面会は?
潤は仕事に戻ったのか?
どうして、俺は寝ていたんだ?
しかも勇一のマンションで。

「お前、俺に何をした?」

怪訝そうに、時枝が問う。

「何もしてないって言った。勝貴、寝過ぎてバカになったとか? 今から、するんだって。お前も欲求不満みたいだし」
「欲求不満! 誰がだっ、変なこと言うな」

ベッドの端に腰掛けていた勇一の胸ぐらを時枝が掴み、締め上げた。

「誰がって、勝貴がだろ。欲求不満で倒れたくせに…」

時枝のプライドを守る為、勇一は時枝が黒瀬や潤の前で泣いたことや、黒瀬の前での自慰行為のことは伏せることにした。
もちろん、キスもだ。

「武史達の仲の良いところを見て、社長室で鼻血流して倒れたんだ。だから、俺が迎えにいった」
「嘘付くな。鼻血で倒れたくらいで、お前がわざわざ迎えに来るはずがないだろ。だいたい、あの二人のところ構わずのバカップルぶりは、今に始まったことか! 第一、欲求不満の根拠がわからんっ。お前のアホな弟とその嫁に、怒り心頭で、鼻血が出たんだ。ああ、そうだ。そうに決まってる」

人の気も知らないで、イチャつく二人の映像が脳裏に浮かび、勇一を締め上げる手に力が入った。

「く、るしいっ! バカっ、手を弛めろっ、死ぬっ! お前を迎えに行ったのは…顔が見たかったからだっ!」

振り絞るように、勇一が叫んだ。
最後の一文が、時枝を直撃したらしい。
締め上げていた手が急に緩んだ。
緩んだ瞬間、今度は勇一が時枝の上半身を抱きしめた。

「勝貴…、会いたかったんだぜ」
「…勇…一…」

勇一の腕の中で、時枝の身体全体が弛緩する。
忘れていた体温、忘れていた匂い、忘れていた胸板の弾力が、時枝から力を抜き去った。

「仕事第一もいいけど、たまには俺のことも思い出してくれよ。じゃないと…」
「…浮気するとでも…言いたいのか」

ぽつり、時枝が力なく言う。
されても仕方ないと思っていた。
何せ、勇一は元々、女好きだ。それは時枝も同じだが。
中学以来の長い付き合いで、同じ年の二人。
大学までは同じ進路を辿って来た。
常に近くにいた二人は、嫌と言うほど相手のことを熟知している。
初恋の相手も同じだし、大学時代は一緒にナンパに繰り出し、女の子を交えての3p・4pの経験もある。
そもそも妙な縁で、時枝は一時期勇一の家、桐生組の世話になっていた。※同人誌「秘書、その名は時枝&Chapter0」にこの辺の話が載ってます
社長の黒瀬とも、この勇一とも一緒に暮らしていた時期がある。
もっともその当時は、親友としての付き合いしかなかった。
親友同士の二人に、精神的な繋がり以上の関係が加わってから、まだ一年と少しだ。

「するかよ」
「どうだか、お前の下半身は元々だらしないからな…浮気は…店ぐらいなら…」
「オイオイ、許すとか、可愛いこと言うなよ?」
「言わなくても、お前、行くくせに…」
「信用ねえな。まあ、最近は付き合い程度しか行かないから、安心しろ」
「別に心配してない…」

嫉妬する権利さえないと、時枝は思っていた。
自分の方が仕事を理由に勇一との時間を削減していったのだ。

「あのさ、俺、続き言わせてもらってないんだけど…」
「続き?」
「たまには俺のことも思い出してくれよ、の続き。じゃないと、俺、右手が腱鞘炎になる。俺、やっぱ、右手派だわ」

時枝が預けていた身体を勇一から離し、心底呆れたと冷ややかな視線を向けた。

 

秘書の嫁入り 青い鳥(10)

☆少し長いです…携帯・スマホ等からの方、ごめんなさいm(__)m☆

「鳥はこの際、関係ありません。ようは、自分の幸せはどこへ行ってしまったんだ、ってことでしょ。それを少女が使うような比喩を使って、時枝が社内で泣きながら呟いたのです。しかも、いつまで経っても涙を止めないので、仮眠室に押し込めたら、俺が仕事している間に寝たようです。苦しそうにしてたので、この俺が、親切にもシャツのボタンを外してやったら、こともあろうか、俺の唇を奪っての自慰行為」

弱冠の虚言も含まれているが、ほぼ間違いない内容を黒瀬が、男に伝えた。

「さしずめ、『青い鳥』は兄さんのことじゃないんですか? 兄さん、いつ時枝から逃げたのですか? 可哀想に…ふふ…欲求不満みたいですよ。まあ、この場合、一番可哀想で、迷惑を被っているのは、俺の潤なんですけどね」

黒瀬の目が時枝の股間に向く。
つられ、男も一緒に視線を向けた。
相変わらず、時枝の手が動いている。
寝ているからか動きが緩慢で、自慰というより弄っているだけのようだ。
あれじゃ、いつまでたってもイけないだろうと、二人とも内心では思っていた。

「どうして、お前の嫁が迷惑なんだ? 関係ないだろ」

イライラしているのか、男が煙草を取りだし、口に咥えた。
火を付けようとした瞬間、黒瀬の手が煙草を引き抜いた。

「兄さん、ここ、禁煙です。自分が欲求不満だからって、満たされている潤を姑か小姑の如くいびられたのでは、堪ったもんじゃないでしょ? 上司なだけに、潤は耐えるしかない。俺だって、仕事だ、教育だって言われれば、黙って見守るしかないですし」
「ふん、お前が黙って見守るようなタマか? だいたい、仮にだ、勝貴が欲求不満だとしたら、それは社長であるお前のせいじゃないのか? 俺が連絡取りたくても、会おうとしても、時間がないと、逃げられてばかりだ。どれだけ、仕事をさせてるんだ。少しは負担を減らしてやれ」

男が反撃に出た。

「やだな、兄さん。俺が仕事を押しつけていると言いたいの? 俺が仕事を押しつけられることはあっても、俺が時枝に押しつけることは…たまにしかない。もっとも、出来る男は時間は自分で作るものだよ。兄さんは、時枝が無能だと言いたいわけ? 時間がないっていうのは、口実じゃないの? 兄さん、思い当たる節は?」

口で敵う相手ではなかった。
結局自分に回ってくる。
反撃したことを男は後悔した。

「俺は逃げてもいないし、避けられる覚えもない。もう、お前との話はいいだろ。勝貴、連れて帰る」
「桐生組にですか?」
「組はマズイだろ。俺のマンションだ」

組というのは、幼稚園の組でもなければ、よくある建築業の屋号でもない。
れっきとした極道の組だ。
そう、この男、黒瀬の兄であり、ヤクザの組長を肩書きに持つ、その道一筋の男、桐生勇一なのだ。
黒瀬と姓が違うのは、黒瀬が母方の姓を名乗っているからである。

「分かりました。じゃあ、目立たないように、裏から帰って下さい。兄さんの愛情で元に戻るといいですけどね。ふふ、愛があればの話ですが。なんなら、監禁して、欲求不満を解消してあげるってのも、悪くないかもしれませんね」

お前じゃあるまいし、監禁なんかするかよっ、と兄勇一は、思ったが、口に出したりしない。

「武史、タオルかテッシュを貸せ」

勇一が何をしようとしているのか、黒瀬には、ピンと来た。ボックスティッシュを渡してやると、勇一が時枝の顔を軽く叩いた。

「勝貴、起きろ」
「…ん…、……勇一…夢か……」
「勝貴っ、しっかりしろ。寝ぼけやがって」
「…勇一……いい男に見える…やっぱり…夢か……うっ……勇一……浮気者ッ……」

うっすら目を開けているものの、現実と夢との狭間にいるらしい。

「ほら、やっぱり、兄さんが原因じゃないですか。いつ、浮気したのですか?」
「浮気なんて、するかっ!」
「だって、時枝、泣いてますよ?」

寝とぼけた顔に、また涙の筋が出来ていた。

「…お前なんか……うっ…夢の中まで…意地が悪い……俺をイかせようともしないっ!」
「オイオイ、触っているのは俺じゃないだろうが。自分でヤッてるんだろ。ほら、貸してみな」

勇一が時枝の上半身を起こし胸に抱いたまま、時枝の手を下半身から退けると、自分の手で扱いてやる。

「な、上手いだろ。さっさとイけ」
「…あっ……イイッ…あ、ソコ…、あ、あ、」

勇一の手を感じただけで、時枝のソコは爆発寸前になる。

「武史、向こう向いてろ」
「ハイハイ」

手の中のモノが、弾けようとした瞬間、勇一は腰を屈め、口で、時枝の吐き出すモノを全て受け止めた。
自分の口の周りと、時枝の先端を綺麗にティッシュで拭き取ると、下着の中に収め、ズボンのファスナーを上げた。

「スッキリしたか? 目が覚めたか?」
「…勇一? どうした?」
「どうしたじゃ、ねえだろ。心配かけやがって」
「…あれ…、ここは…」
「時枝、今からお前、休みだから。兄さんと帰って。社長命令。いい?」
「社長、何を言ってるんですかっ! 仕事があるでしょっ!一体私は……どうして、仮眠室に? あっ、専務との面会っ!」

立ち上がり、慌ててネクタイを締め始めた時枝を見て、黒瀬は呟いた。

「兄さん、分かってますよね?」
「ああ、任せておけ」

勇一が時枝の名を呼んだ。

「何ですか? 忙しいの…クッ」

勇一の拳が時枝の腹を襲う。
起きたばかりの時枝だったが、あっけなく気絶させられた。
今度は完全に意識が飛んでいるので、変に右手が動くこともなかった。

「持って帰るのに、目立ちますね。箱詰めしましょうか?」
「持って帰るって、コレ、人間だろうが。お前のことだ。秘密の通路とか、あるんじゃないのか?」
「秘密ってことはないですが、外の非常階段なら、普段誰も使っていませんが、但し、ここ七階ですよ? 時枝落としたら、死にますけど」
「そんときゃ、俺も一緒に落ちてやるさ。明日も休みにしてやれ」

どうしようかなと、黒瀬がわざとらしく悩んでみせる。

「時枝が休みたいと言うなら、いいですよ。俺が言うと、仕事優先って言われそうですし。自分から休みたいと、兄さんが言わせて下さい。ふふ、愛の力ってやつで。もっとも、愛があればの話ですけど」
「じゃあ、決まりだ。勝貴は明日出勤しない。そのつもりで、仕事の采配しろよ、社長さん」

よいしょと、勇一が時枝を肩に担ぐ。
思ったより、軽い。
ブラコン気味の勇一なのだが目の前の可愛いはずの弟が、憎たらしく思えた。
きっと、この弟が原因で、痩せたに違いない。

「やだな、兄さん、顔が怖いですよ。ここは組じゃないんですから、スマイル、スマイル。じゃあ、仕事がありますので。ふふ、これで、今日は潤のストレスが軽減します。明日もですね」

時枝を悪の根源みたいに言われ、面白くない勇一だった。
ここを早く出て、時枝とゆっくり時間を過ごしたい。
肩の上の時枝を落とさないよう注意しながら、非常階段を駆け下りた。

秘書の嫁入り 青い鳥(9)

「さて、どうする?」

時枝が、『満足させてますっ』と、いった対象に連絡を試みた。
時枝の情緒不安定な原因を考えた黒瀬が思いついた先だ。
潤と自分が、一番の原因だとは露ほども思っていない。

「佐々木? あれ、兄さんは? ……そう、時間が出来たら、社に来るように伝えて。時枝が壊れたから、隔離中。分かっていると思うけど、普通の格好で来させて。じゃあ、お願い」

電話を切ると、仮眠室の時枝の様子を覗きに行った。

「おやおや、寝ちゃったよ。ふふ、時枝もたまには人間に戻るってことか」

起きているときに黒瀬の言葉を耳にしたなら、間違いなく反論するだろう。
どう考えても、人間じゃないのは黒瀬の方だ。

「いいこと、思いついた。折角だから、素敵な格好で、お出向かえしてもらおうか」

黒瀬の言う『いいこと』が、本当に『良い事』のハズがない。
黒瀬が、涙で濡れた眼鏡を時枝の顔から外す。
きつく結ばれたネクタイを解くと、シャツのボタンを上から三つ外し、襟を広げ肌を出す。
そして、ベルトを緩め、ファスナーを下げると、時枝の右手を下着の中に突っ込んだ。

「うう~ん、イマイチ絵にならない」

片足を折ってみたり、左手を胸元に置いてみたり、人形遊びのように、何度かポーズを変えてみる。

「…ゆう…い…ち…」
「ふふ、寝言で名前呼ぶなんて。直ご対面だよ。あれ?」

下着の中に置かれた右手が微かに動いた。
時枝が、寝たまま自慰行為を始めたらしい。
これは後々からかうネタになる。
携帯の動画にでも収めようと、黒瀬が自分の携帯に手を伸ばした。
その瞬間、時枝の左手が黒瀬の体を引き寄せた。
完全に黒瀬を誰かと間違えていた。
不覚にも黒瀬は唇を時枝に奪われた。

『…時枝とキスなんて…世の中、面白いことが起こる…ま、これぐらい、犬としてるのと変わらない…ふふ…どんな舌使いしてくれるのか、楽しむのも悪くない…』

さすが、黒瀬である。
時枝を押し退ける訳でもなく、逆に観察しつつ、楽しむ気満々であった。
犬程度としか思ってないので、潤に対する後ろめたい気すら起こらない。
が、黒瀬の目論みは長くは続かなかった。
黒瀬の唇に時枝が吸い付き、時枝が僅かな隙間から舌を黒瀬に差し込もうとした時…

「なにしてるっ!」

仮眠室に怒鳴り声が轟いた。

「あら、兄さん。早いですね」
「ナニをしていると、訊いているんだ」
「ナニ、って、見ての通りですけど? ナニに見えます?」
「キスして…、だけじゃないのか? 勝貴、オイッ、何しているんだっ!」

侵入者の目が、下着の下で動く時枝の手を捉えた。

「ふふ、正解。キスです。言っておきますが、俺を引き寄せ、俺の唇を奪ったのは時枝ですから。俺は被害者です」
「じゃあ、あの手は何だっ!」
「兄さんが、ほったらかすから、欲求不満じゃないんですか? 時枝、壊れたみたいですよ」
「それは、訊いた。隔離中って佐々木が言ってたぞ。なのにどうして、お前がここにいて、勝貴と抱き合ってるんだっ!」
「やだな、兄さん。言葉間違ってますよ。抱き合ってはないでしょ。傷つくな」
「何があった」

低音で呻るように、男が訊く。
男の拳はギュッと握られ、微かに震えていた。

「笑わないで聞いて下さい。俺と潤は笑ってしまいましたが…」

うふふ、と黒瀬が思い出し笑いを浮かべる。
怒り心頭の男を前に、笑みを浮かべ、吐き出す言葉が『笑わないで聞いて下さい』だ。
やはり黒瀬は只者ではない。

「俺と潤の間を邪魔しに来た時枝が、ふふふ、この時枝がですよ、この、面白みのない時枝がですよ…感情がないと思われる仕事人間の時枝がですよ」
「勝貴の形容はいい。俺の方が付き合い長いし、お前以上に知っている。さっさと本題に入れっ!」
「んもう、兄さん、短気だな。急にポロポロと涙を零しだして、ええ、それだけでも十分笑えるのですが…」

黒瀬の言葉に男はカチンときていたが、いちいち反応していたら、先に進まない。
どうでもよい部分…時枝を馬鹿にしていると思える部分は聞き流すことにした。

「ぽつんと、『俺の幸せの青い鳥はどこに逃げたんだろう』と呟きました。ね、笑えるでしょ? 今時、思春期の女の子でもこんな台詞吐きませんよ」
「武史、勝貴は鳥なんか飼ってないぞ」

男の言葉に、黒瀬の顔から笑みが消える。

「兄さん? あなた…」

馬鹿ですか? という言葉を飲み込んだ。

 

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オーエンありがとう! 更新再開だ~! 中の人、昨日帰宅したんだけど、帰宅早々apple IDを第三者に盗まれたみたいで…更新どころじゃなかったんだ。さっき、解決したからもう大丈夫だけど、皆さんも気を付けてくれよな。by進行役のダイダイ