秘書の嫁入り 青い鳥(16)

「…ゆういち…、電話ッ、…貸せ」
「家電、携帯、どっちだ?」
「どれでもいい…武史の番号を押してから、俺にまわせ……」
「この状況で、武史と何の話があるっているんだ? 喘ぎ声を聴かせたいとか?」

三ラウンドを終わって、息も絶え絶えの時枝だった。
まだ、身体の熱が治まりを見せない。
ドリンクのせいで異常に感じやすくなった身体は、普通のセックスよりも疲労を伴う。
昂ぶっている最中は性欲だけに支配されているので、疲れを感じることはないがイッた後は別だ。
動悸が激しくなり、ハアハアと息切れを起こしてしまう。
それは数分続かず、直ぐに次の欲望が押し寄せてくるから、タチが悪い。
繰り返すこと、三回。
治まりきれない熱が直ぐにでも噴出しそうだったので、その前に時枝はどうしても電話を入れたかった。
ここを逃(のが)すと、多分、話のできる状態はドリンクの効き目が消えてからになる。
そんなの、いつになるか分からない。
勇一が言っていた通り、数日は無理だろう。

「…無断欠勤は、できないだろっ。…俺は…お前と違って…宮仕えの身なんだ……部下への示しもつかないだろう…」

実質、お前が動かしているんじゃないのか? と勇一は思ったが、口には出さなかった。

「まだ、仕事に気がいくなんて、俺の愛情が足りないのか? 結構頑張って腰振ってますが」

正直、時枝に仕事のことを忘れさせたかった。
その為の料理でその為のドリンクで、その為の行為だった。
完全に『無』にさせるには、まだまだ自分の愛と努力とテクが足りないのか? と、勇一は猛省していた。
こうなりゃ、もっと啼かせてやると、反省の次に闘志が湧いてきた。

「…ああ…、頑張りは、認めてやる…が、仕事は仕事だ。悔しかったら、俺にもっと、褒美を与えろッ……、まだまだ、足りんっ、…ただし、電話の後だ」

勇一が家電の子機で短縮番号を押し、時枝に渡した。

「…社長、時枝です。何してるんですか? 変な音が…」

努めて普通に会話しようとしている時枝の耳に、ブーンというモーター音が飛び込んできた。

『ふふ、時間を考えてよ、時枝』
「時間って、何時ですか今?」
『深夜の二時をまわってるよ。この時間にしているコトと言ったら、愛の営みに決まってるだろ』

あぁあう…と潤の嬌声が、モーター音と一緒に聞こえてきた。
潤の喘ぎが、ゾクゾクッと時枝の身体に微電流を走らせる。
潤に欲情しているのではなく、自分の身に潤が置かれている状況を置き換えてしまったのだ。

『最近、道具も二人の必須アイテムになっていてね。もちろん、最後は俺ので決めるけど。時枝も兄さんにバイブのお強請(ねだ)りしてみたら? 前に写真の時に使用したのが、残っているんじゃない? あの尻尾付き、良かったんじゃないの? いい顔してたよ…ふふ…あの写真は、いいコレクションになったよ…』

以前、勇一と時枝は黒瀬の逆鱗に触れたことがあった。
あの時は命を取られると覚悟を決めていたが、結果、命は取られずに済んだ。
その代償として、尻尾付きのバイブを埋め込んだ時枝が、勇一を掘るという写真を撮らされた。
その写真のことを黒瀬は言っているのだ。
思い出しただけで、身体が火照る。
勇一に突っ込んだ感触と、バイブの振動、二度とそういう機会は訪れないと思うと、余計興奮してきた。
いや、そんな話で電話をしているのではなかったと、時枝は頭をブンブンと振る。

「…写真のことは忘れて下さい。…あの…体調が…優れないので…休みが欲しいのですが…急な話で申し訳ございません」
『優れないって、兄さんとセックスのし過ぎで、足腰立たないってこと、言ってるの? それとも、欲求不満がピークで、鼻血が止まらないとか? 声が掠れているから、前者だろうけど』
「社長ッ!」
『ふふ、時枝、我が社にセックス休暇はないよ? 知ってるよね? 女性社員の生理休暇はあるけど。で、何をされているの? 普通のセックスで、時枝が休みなんて、有り得ないだろ? 興味津々…あ、潤、ダメだよ。勝手に抜かないで』

何を抜いているのやら、モーター音が大きくなった。
体内から外に出たということだろう。

「どちらなんですか? 休みを頂けるのか、どうなのか。勝手を言ってご迷惑をお掛けするのは承知です…が…」
『兄さんとセックスの方が大事だっていうんだろ?』

そろそろ、普通に話すのか辛くなってきた。
受話器を持つ手が震えてきた。

「社長、あっ、」

貸せと、勇一が受話器を取り上げた。

「武史、いい加減にしろ。ダラダラ勝貴で遊ぶな。明日の休みは申請済みだ。違うか?」
『ふふ、兄さん、流石です。時枝自ら、休みを申請してきたところをみると、かなり啼かせてますね。獣の兄さんも悪くないですが』
「ふん、分かっていて勝貴苛めるのは、どうかと思うぞ。悪いが、二,三日、休ませるから、そのつもりで、しっかり働け」
『横暴だな。時枝は有能な秘書ですよ。そんなに休まれると、俺が困るじゃないですか…ふふ、まあ、利点もありますけど。いいでしょう。ここは貸しですからね、兄さん。優しい社長としては、有給休暇扱いにしてあげましょう。思う存分、ヤッて下さい…、あ、時枝、道具も好きみたいですよ、じゃあ潤が焦れてますので…』

電話を切ると、時枝が全身を震わせていた。