秘書の嫁入り 青い鳥(9)

「さて、どうする?」

時枝が、『満足させてますっ』と、いった対象に連絡を試みた。
時枝の情緒不安定な原因を考えた黒瀬が思いついた先だ。
潤と自分が、一番の原因だとは露ほども思っていない。

「佐々木? あれ、兄さんは? ……そう、時間が出来たら、社に来るように伝えて。時枝が壊れたから、隔離中。分かっていると思うけど、普通の格好で来させて。じゃあ、お願い」

電話を切ると、仮眠室の時枝の様子を覗きに行った。

「おやおや、寝ちゃったよ。ふふ、時枝もたまには人間に戻るってことか」

起きているときに黒瀬の言葉を耳にしたなら、間違いなく反論するだろう。
どう考えても、人間じゃないのは黒瀬の方だ。

「いいこと、思いついた。折角だから、素敵な格好で、お出向かえしてもらおうか」

黒瀬の言う『いいこと』が、本当に『良い事』のハズがない。
黒瀬が、涙で濡れた眼鏡を時枝の顔から外す。
きつく結ばれたネクタイを解くと、シャツのボタンを上から三つ外し、襟を広げ肌を出す。
そして、ベルトを緩め、ファスナーを下げると、時枝の右手を下着の中に突っ込んだ。

「うう~ん、イマイチ絵にならない」

片足を折ってみたり、左手を胸元に置いてみたり、人形遊びのように、何度かポーズを変えてみる。

「…ゆう…い…ち…」
「ふふ、寝言で名前呼ぶなんて。直ご対面だよ。あれ?」

下着の中に置かれた右手が微かに動いた。
時枝が、寝たまま自慰行為を始めたらしい。
これは後々からかうネタになる。
携帯の動画にでも収めようと、黒瀬が自分の携帯に手を伸ばした。
その瞬間、時枝の左手が黒瀬の体を引き寄せた。
完全に黒瀬を誰かと間違えていた。
不覚にも黒瀬は唇を時枝に奪われた。

『…時枝とキスなんて…世の中、面白いことが起こる…ま、これぐらい、犬としてるのと変わらない…ふふ…どんな舌使いしてくれるのか、楽しむのも悪くない…』

さすが、黒瀬である。
時枝を押し退ける訳でもなく、逆に観察しつつ、楽しむ気満々であった。
犬程度としか思ってないので、潤に対する後ろめたい気すら起こらない。
が、黒瀬の目論みは長くは続かなかった。
黒瀬の唇に時枝が吸い付き、時枝が僅かな隙間から舌を黒瀬に差し込もうとした時…

「なにしてるっ!」

仮眠室に怒鳴り声が轟いた。

「あら、兄さん。早いですね」
「ナニをしていると、訊いているんだ」
「ナニ、って、見ての通りですけど? ナニに見えます?」
「キスして…、だけじゃないのか? 勝貴、オイッ、何しているんだっ!」

侵入者の目が、下着の下で動く時枝の手を捉えた。

「ふふ、正解。キスです。言っておきますが、俺を引き寄せ、俺の唇を奪ったのは時枝ですから。俺は被害者です」
「じゃあ、あの手は何だっ!」
「兄さんが、ほったらかすから、欲求不満じゃないんですか? 時枝、壊れたみたいですよ」
「それは、訊いた。隔離中って佐々木が言ってたぞ。なのにどうして、お前がここにいて、勝貴と抱き合ってるんだっ!」
「やだな、兄さん。言葉間違ってますよ。抱き合ってはないでしょ。傷つくな」
「何があった」

低音で呻るように、男が訊く。
男の拳はギュッと握られ、微かに震えていた。

「笑わないで聞いて下さい。俺と潤は笑ってしまいましたが…」

うふふ、と黒瀬が思い出し笑いを浮かべる。
怒り心頭の男を前に、笑みを浮かべ、吐き出す言葉が『笑わないで聞いて下さい』だ。
やはり黒瀬は只者ではない。

「俺と潤の間を邪魔しに来た時枝が、ふふふ、この時枝がですよ、この、面白みのない時枝がですよ…感情がないと思われる仕事人間の時枝がですよ」
「勝貴の形容はいい。俺の方が付き合い長いし、お前以上に知っている。さっさと本題に入れっ!」
「んもう、兄さん、短気だな。急にポロポロと涙を零しだして、ええ、それだけでも十分笑えるのですが…」

黒瀬の言葉に男はカチンときていたが、いちいち反応していたら、先に進まない。
どうでもよい部分…時枝を馬鹿にしていると思える部分は聞き流すことにした。

「ぽつんと、『俺の幸せの青い鳥はどこに逃げたんだろう』と呟きました。ね、笑えるでしょ? 今時、思春期の女の子でもこんな台詞吐きませんよ」
「武史、勝貴は鳥なんか飼ってないぞ」

男の言葉に、黒瀬の顔から笑みが消える。

「兄さん? あなた…」

馬鹿ですか? という言葉を飲み込んだ。

 

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オーエンありがとう! 更新再開だ~! 中の人、昨日帰宅したんだけど、帰宅早々apple IDを第三者に盗まれたみたいで…更新どころじゃなかったんだ。さっき、解決したからもう大丈夫だけど、皆さんも気を付けてくれよな。by進行役のダイダイ