その男、激情!109

「今までの話は、全て、仮定に過ぎない。兄さんは兄さんのままかもしれないし、ただ、ぶらついているかもしれないし。但し、」

一旦区切った黒瀬を、潤と佐々木が、食い入るように見つめた。

「今夜一晩、二人とも戻って来ない場合は、お猿は橋爪と一緒だと考えた方がいいだろうね。今の兄さんが、時枝の元に帰らないなんて、有り得ないから」
「…黒瀬、」

潤が、戸惑いながら名を呼んだ。

「…橋爪だったら、…また、時枝さんを殺そうとするんじゃ、」
「強気に仕掛けてくるかもしれないね。人質とってるから」
「それって、ダイダイですかっ!」

また、佐々木が興奮して、立上がる。

「他に誰がいる? ふふ、とにかく、今は仮定の話だから、後は明日になってみないとね。佐々木は、自宅で待機した方がいいんじゃない? お猿、携帯持ってないなら、連絡は公衆電話から実家か、佐々木の家かじゃない?」
「ですが、アッシは、今組長と一緒にいることになってるんです。…時枝さんの手前」
「建物独立しているんだから、コッソリ戻ればいいじゃない。秘書さん、お客さまのお帰りだよ」

もう、佐々木に用はないということらしい。というか、初めから、黒瀬には用はなかった。
佐々木が押しかけたのだから。

「はい、社長」

潤が黒瀬の胸から離れ、佐々木の為に社長室のドアを開けた。
黒瀬が「もう終わり」というオーラで威圧してくるので、佐々木は素直に帰って行った。

 

 

「――はい、そうなんです。本人から連絡があったら、知らせて頂けますか? 何時でも構いません。ご心配おかけして、申し訳ございません。よろしくお願いします」

黒瀬から言われたように、本宅敷地内にある自宅に戻った佐々木は、真っ先に大喜の実家に連絡を入れた。
自分のせいで部屋を飛び出したようなので、連絡があったら教えて欲しいと。
男の子なんだから、一晩や二晩帰宅しないこともありますよ。大丈夫ですから、と何故か慰められた。
勇一でも心配なのに、一緒なのが橋爪となると、大喜が襲われているんじゃないかと落ち着かず、佐々木は電話機の前から離れる事が出来なかった。
結局、電話は鳴らず、勇一も戻らず、一夜が明けた。

「佐々木です。朝っぱらから申し訳ございません。…はい、組長は、戻って来ませんでした。ダイダイからの連絡もありません…くっ、ボンッ、アッシは、一体どうしたら、いいのでしょうかっ。…え? 海底に沈んでろ? あっ、……ダイダイにもしものことがあったら、その時は、東京湾でもアラスカでも好きな場所に沈めてくだせぇ…くっ、ダイダイッ、」

黒瀬に指示を仰ぐつもりが、怒りを買っただけだった。 
泣き喚く佐々木がウザかったのか、『ダイダイ』と叫んだ所で、ツーッと音信不通になった。
涙が零れて止らないのは、極度の不安が佐々木を襲っているからだ。
実際、大喜は以前橋爪の手で、下半身を剥かれていた。
あの時の映像が、佐々木の脳裏にずっと浮かんでいた。

「こんなことじゃ、ダイダイを助けられね~っ」

意を決したのか、佐々木は袖で自分の顔面に貼り付いた水分を乱暴に拭くと、風呂場に飛び込み、冷たいシャワーを頭から浴びた。