「ダイダイを呼んでこい、と組長に命じられまして。仕事の話があるって仰有ってたんですが、本当かどうか。とにかく話があるから連れて来いと言われ…ダイダイの実家に行ったら、」
「いなかったんだ」
「アッシが行くまでいた様子なんです。ご両親も部屋に籠っていると教えてくれたので。…部屋にダイダイはいなかった…。丸めた布団の中にメモが一枚残ってました…ぐっ、…うっ、」
「佐々木さん、鼻、垂れてますよ」
潤が自分のハンカチを差し出した。
ありがとうございます、と佐々木が受け取る前に、黒瀬がそれを奪った。
「潤にゴリラ菌が感染したら、大変だ」
「…菌は、持ち合わせてないと思いますが…」
鼻をぐずつかせながら、佐々木が真面目に答える。
「では、お待ちを」
潤がサッと立上がり、隣の秘書課からポケットティッシュとゴミ箱を持って来た。
「どうそ、お使い下さい」
「ゴミ箱とは、潤は気が利くね」
「社長室のゴミ箱では、社長が不快な思いをされるかもしれませんので。もちろん、佐々木さんの鼻水が、とてつもなく汚いと言っている訳ではありませんので」
言ってるのと同じ事だが、佐々木はその辺は深く考えてなかった。
与えられたティッシュで鼻をかみながら、溢れてくる涙をなんとか堰き止めようと必死だった。
「メモにはなんと?」
潤の一言で、佐々木の堤防は決壊した。
「バァアアア」
泣きながら喋るのでハッキリ聞こえない。
「バ~カ、って大きな文字で書いてあったらしいよ」
黒瀬が楽しそうに佐々木の代弁をする。
「ダイダイらしいというか、分かりやすいというか。とにかく、部屋にいるはずが、抜け出していたというわけですね。じゃあ、組長さんは?」
「…組に、…もどるとっ、…姿がなくてっ、…んぐっ、…本宅にも戻ってねぇ…、」
「あのう、佐々木さん、それって…」
言っていいものか、一瞬迷ったが、
「ただ、偶然二人が同じ時間帯に出掛けているだけじゃ…。二人とも大人なんですし、外で誰かと会ったり、買い物したり…、」
当たり前の発想を潤が口にした。
「どうしてそれが二人の駆け落ちにまで、飛躍するんですか?」
今の話が、佐々木がさっき言っていた「行方不明」に該当するとは潤には思えなかった。
「…だって、おかしいじゃっ、ないですかっ! 時枝さんにも連絡入れないでっ、アッシにも組のモンにも何一つ残さないで、…勝手に組長がいなくなるって。 それに…携帯も繋がらないッ…。お戻りになっての初出勤だったんですよっ、…だいたい、組長がダイダイに仕事頼むこと自体、ありえねーっ!」
佐々木が興奮し、潤に食って掛かる。
「落ち着け、ゴリラ」
黒瀬に注意され、あ、と佐々木が我に返る。
「携帯って、ダイダイのは居場所は分かるはずじゃ。組長さんのもGPS機能付きでしょ?」
「…ダイダイの携帯は、実家から動いていません。…携帯持って出掛けてないっ。組長は電源すら入ってない…。これって、他の人間と連絡取る気がないってことですよねっ、違いますか?」
佐々木的には、違う、と言って欲しかった。
「そういうことなんじゃない? 駆け落ちかどうかは、知らないけど、二人一緒の可能性はゼロではないかもね。例えば、」
「たとえば?」
潤が黒瀬の方を向く。
潤の視線が佐々木から自分に移っただけで、潤を溺愛している男の表情は柔和になる。