その男、激情!105

(土曜日上乗せ追加分2)

「…来て、…黒瀬ぇ…」

真横で苦しむ佐々木を無視し、潤と黒瀬は遂に身体を繋げた。
佐々木が激痛から半分逃れたとき、黒瀬と潤は隣の仮眠室に移動していた。

「開けて下さいッ! ボンッ! 潤さまっ!」

変に内股の佐々木が、仮眠室のドアを叩く。

「一大事なんですっ!」

さすがに秘書課の連中もおかしいと感じたのか、秘書課と社長室の境になっているドアがノックされた。

「社長?」

声を掛けたが、中から黒瀬の返事はなかった。
だが、男が叫んでいるのが聞こえる。
秘書課では、警備を呼んだ方がいいのかと相談を始めた。
社長室に、社外の人間がいることは確かだ。  
声に聞き覚えがあるから、社長の知り合いには間違いない。
社長秘書以外は、社長からの呼び出しを除き、社長室への入室を許可されていない。
あと五分で休憩時間も終わるし、社長秘書の市ノ瀬が戻って来たら、様子を見に行かせようか、という結論に至った。
そう、休憩時間まで、社長秘書の潤が黒瀬と一緒に過ごしているとは秘書課の人間は思っていなかった。
前任の時枝がそうであったように、休憩時間をちゃんと取ろうと思えば、社長秘書は社長から離れるのが一番なのだ。

「佐々木さん、いらっしゃいませ」

佐々木が叩いていたドアが突然開き、佐々木は額をガツンと打った。
中から頬が幾分赤いものの、凛とした表情の潤が出てきた。

「社長も時期に戻りますので、こちらでお掛けになってお待ち下さい」
「潤さまっ! 急いでるんですっ!」
「佐々木さん、ここは、クロセの社長室ですよ。大きな声は困ります。焦って解決するような問題ですか?」

さっきまで、そのクロセの社長室で淫らな行為に耽っていた人間とは思えぬ言葉と態度だった。
今の潤は、まさに時枝二世。
血の繋がりなど潤と時枝にあるはずがないが、秘書時枝の遺伝子を潤は間違いなく受け継いでいた。

「ですがっ!」
「一大事なら、尚更、落ち着いて、詳しく話をした方がいいのでは?」

潤は佐々木にソファに座るように促し、自分は秘書課に消えた。

「市ノ瀬君、社長室にいたんだ。一体何が起っているの? 警備呼ぶ?」

先輩秘書の一人が、潤が社長室から戻るなり駆け寄って来た。

「その必要はありません。ちょっと、緊急な要件のお客さまがいらしているだけです。少し興奮なさっていたようですが、落ち着かれたようですので」
「そう。社長周辺のことは君が一番把握しているだろうから、君の判断に任せるわ」

黒瀬の潤の仲は、社内では秘密だ。
潤は社長のお気に入り秘書ということは、前任の時枝がいた頃から周知の事実だが、そこまで深い仲とは思われていない。
先輩秘書の言葉に、深い意味はない。
社長秘書として、勤務時間の大半を社長と共に過ごしている潤ならということに過ぎない。
時枝が退職するとき、次の社長秘書は、彼しか有り得ないだろうと秘書課全員が秘かに思っていた。
綺麗過ぎる容姿と独特の雰囲気、それに切れ過ぎる頭を持った黒瀬に、他の秘書は秘書としての存在意義を見失うらしく、潤が時枝の後任に決ったときは、秘書課全員が、ホッと胸をなで下ろした。

「失礼します。お茶をお持ちしました」

潤が、社長室に戻ったとき、既に黒瀬が佐々木と対座していた。

「潤、佐々木がゴリラとイチャついている姿と、クマに襲われている姿と、どっちに興味がある?」
「…パンダ…」

問われていない動物が、潤の口から紡がれる。

「潤は、佐々木とパンダの交尾に興味があるの?」
「そうじゃなくて、佐々木さんの顔」

さっき、潤が見た時とは明らかに違う佐々木の顔。
左右両方の目のまわりが、青く変色していた。

「どうされました? 短時間でその変わりようは?」
「どうって…、」

佐々木が、チラ、チラッと黒瀬を見る。
正直に言っていいものか、どうか――