「この隣に、あいつの名前が刻まれるのか」
「ああ、そうだよ」
「時枝は、この男に惚れていたんだろ。俺は結果、良いことをしてやったってことか」
「どういう意味だ? 殺しておいて、良いこともクソもあるかよっ」
「惚れた男と仲良くあの世なんだ。悪くはあるまい」
と言う橋爪に、時枝の中に自身を埋め込んだ感触が蘇って来た。
誰にも渡したくないほど、良い身体だった。
自分の為に用意されたような器を思い出す。
「チェッ」
もう二度とあの身体に触れることがないのかと思うと、無性に腹がたって仕方ない。
舌打ちした橋爪を見て、大喜が笑い出した。
「何が可笑しい? あ?」
「あんたさ、自分で殺しておいて、墓の下の二人に嫉妬かよ。ばっかじゃね~」
「バカはお前だろ。こんな山の中で、ガキが一匹行方不明になったところで、誰も気付かないだろうな」
「…俺なんか…、殺しても…、金にならないぞ」
ヤバイ、と改めて、この状況を大喜は自覚した。
すでに一度、酷い目に遭っている。
「売れば金になる。若いから、内臓もイキがいいだろうしな」
「…イヤ、俺なんて…日頃から不摂生だし…今も二日酔いで…多分、肝臓もボロボロだし…」
「眼球一個でも金にはなる。それにお前、男OKだから、変態のオモチャになってもいいし。そうだ、いっそ、ホモビデオで稼いでもらおうか?」
「無理無理。無理だって。俺は金になるような身体もテクもありませんっ!」
「孔、一つあれば、十分だ。行くぞ!」
橋爪が大喜の首根っこを掴んで歩き出した。
「行くぞ、って。まさか、本気なのか? 笑ったことなら、謝るからっ! 嫉妬もジョークだってっ!」
引き摺られながらも、必死に踏み止まろうと踵に力を入れるが、無駄な抵抗に終わる。
「煩いガキだ。この場で殺してもいいんだぞ。お前の首をへし折るぐらい、朝飯前だ」
「…それは、遠慮しておく」
こんな所で死んでたまるかよ、と大喜が静かになる。
きっとこの先逃げるチャンスはあるはずだ、と、静かに自分に言い聞かせた。
「道はコッチでいいのか? 俺は、ここまでどうして来た?」
「…車」
下り坂の延長線上に見える駐車場を大喜が指さした。
ポツンと一台、大喜と勇一が乗ってきた車が停まっている。
「鍵は?」
「…あんたが、…橋爪さんが、持ってるはずだ」
「ン…どこだ?」
着物なんぞ面倒くせ~と、橋爪が鍵を探る。
「…袖だろ」
「早く言え」
教えてやったのにボカッと頭を殴られ、大喜が橋爪を反射的に睨んだ。
「文句あるのか?」
「…ありません」
覚えてろよっ!
絶対復讐してやるからな!
勇一に戻ったら、その着流しの衿の抜きから、ゴキブリとムカデを放り込んでやるっ!
橋爪には逆らえない分、勇一には倍返しにしてやると、大喜は秘かに闘志を燃やしていた。