その男、激情!103

「組長はどこに行った」
「…その顔は…、一体?」

佐々木の質問に答えるより先に、木村が口にしたのは、佐々木の顔に対する素朴な疑問だった。

「顔? 顔がどうした」
「…あの、なんと、申し上げましょうか…えーっとですね」

バカ正直に、鼻の天辺を擦り剥いた『泣いた赤鬼』みたいだ、とは言えなかった。

「早く言え」

どうして、今、この事務所内に俺しかいないんだ、と木村は自分の不運を呪った。

「…少し、お顔が赤いようです。目も少し腫れてますし…そのう、鼻が…赤鼻のトナカイさんのようで、全体的には可愛い感じのお猿さんのように…」

赤鬼とは逆のことを表現しようとして、木村は佐々木の地雷を踏んでしまった。

「猿? …さる、…くっ、大喜っ、」

もっともその地雷は、いささか違った方面ではあったが…
パーツを中心に寄せるように、赤鬼の顔が歪む。

「若頭?」

気のせいではなく、細めた眼が潤んでいる。

「うるせ―ッ! 可愛い大喜のことはお前には関係ないだろっ」

どうして、そうなるんだ?
俺がいつ大森について喋った?

「…あの、別に大森の事は申し上げていませんが…」
「はあ? てめぇは、自分の放った言葉に責任がもてねぇ、半端モノかっ!」

佐々木のゴツゴツした手が、木村の襟元をギュッと掴む。
そのまま身体を持ち上げられ、木村の首がグッと絞まる。
木村の顔も赤くなる。

『俺は無罪だァアアアッ!』

手足をバタバタさせ、佐々木に無実を目だけで訴える。

「可愛いお猿って、ああ、可愛いに決ってるだろっ。ボンじゃねえけどよ、猿以上に可愛い可愛いに決ってるだろっ!」

木村はやっと自分の失言に気付いた。
大喜をあの元組長代理が、猿と連呼していたことを。
木村はもちろん、大喜が佐々木の元を出て行ったことを知っている。
佐々木に「猿」は大喜を思い出させる言葉だったと今更ながらに気付いた。

『赤鬼になった原因も、大森かも。――失敗した…』

目の前がスーッと白くなり、もう、ヤバイっと思った瞬間に、佐々木の手が木村から離れた。

「ゴホッ、ウェッ、ゴホッ、…ぁああ、はぁ、生き返った…」
「他に言うことはねぇのか?」
「いろいろと、申し訳ございません。全て忘れて下さい」
「忘れられるかっ! どうして、可愛い大喜のことを忘れないといけないんだっ!」

ヤバイ、また、誤解させている。

「違います。私の失言を忘れて下さい、ということですっ」
「そっか。なら、いい。で、組長は、どこだ? どこ行った?」
「俺が戻った時には、鍵掛っていて、誰もいませんでした。本宅に戻られたんじゃ」
「だと、いいが…」

大喜に会いたがっていた勇一と大喜の双方が捕まらない。
勇一が大喜に執拗に会いたがっていたことを思い出し、二人が一緒に駆け落ちでもしたんじゃないかと佐々木の妄想が膨らむ。
木村が本宅へ携帯から確認を入れようとしたのを、佐々木が横から奪った。

『桐生です』

電話に出たのは、家政婦頭だった。
家政婦といっても、男だ。
通いの家政婦は女性だが、住み込みの家政婦頭は、桐生の住み込みが務めていた。
といっても、これは、時枝が殺し屋橋爪に狙われてからの制度だ。
前は普通に組とは関係なく年長の家政婦が務めていた。

「佐々木だが、勇一組長はお戻りか?」
『いえ、まだですが』

この段階で、佐々木は勇一と大喜が一緒に違いないと強い衝撃を受けた。