「しっかりしろっ、」
ダラリと首を垂れ、勇一が動かなくなった。
息絶えたように見える。
怖くなって大喜が勇一の心臓に耳を当てた。
「…気を失っただけか。――焦ったじゃねえかよ。人騒がせな」
心臓は、動いていた。
「起きろ、風邪引くぞ」
パチパチと大喜が勇一の頬を叩く。
「目を覚ませよ」
今度は、鼻を摘んでみた。
「…るせーっ、」
手を払われた。
「―――何やってる」
「何って、あんたを起してやってたんだろ」
「…ここは、どこだ」
勇一がぐるっと辺りを見渡した。
「どこって、桐生の墓だろ」
「桐生? ――ハハハ、そりゃ、いい。時枝はやっと墓の下ってわけか」
「……あんた、何言ってるんだ…」
「やっと、くたばったか。仕事終了だな」
「…あんた、…誰だ」
「誰だって? そういえば、その顔、覚えがあるぞ。あん時のガキか」
「まさか、…橋爪」
「年上を呼び捨てか? 感心しないな」
大喜の頭を勇一が鷲掴みに掴む。
「橋爪さん、だ」
「…嘘だろ」
「何が嘘なんだ? そりゃそうと、この変な格好はお前の仕業のようだが。この間の仕返しのつもりか?」
「…変な、…こと、するな、よ」
ヤバイ、ここに来ることを誰かに知らせておくべきだった。
逃げようにも頭を押さえ込まれていて、大喜は立つことも出来なかった。
「そりゃ、して欲しいっていう意味か。あ?」
勇一、いや、橋爪の手が大喜の頭から股間に移動し、布地の上から大事な部分を乱暴に握った。
「ん、ギャッ!」
「なんつう、声出してるんだ? 赤ん坊か? ま、大差ないがな。ここは大して違わないサイズだ」
「やめ、ろッ」
目の前が白くなる痛みが、大喜を襲っていた。
揶揄に反論する余裕もなく、大喜は橋爪の手を外しに掛る。
「人にモノを頼む態度か?」
こいつ、ホントに橋爪か?
『礼を尽くせよ、桐生勇一』って言ったこと根に持ってるんじゃねえのか?
だが、あいつが橋爪のフリなんて、するはずがない。
したくても、できない。
自分と橋爪が同一人物とは知らないんだから…くそっ、いい加減、離せっ!
「やめて、下さいっ」
「ふん、言えるなら、先に言え」
股間が解放され、目の前に視界が戻る。
「仕事も終わったようだし…、ん? 名前が刻まれてないぞ」
立上がった勇一が、墓をマジマジと見ている。
「名前って…、時枝さんの名前か?」
「他に誰がいる?」
死んでね~んだから、あったり前だろ、とは言わなかった。
「墓石屋のスケジュールの関係だ」
こんな子ども騙しの嘘で、この橋爪が納得するだろうか?
不安ではあったが、橋爪が信じる方に賭けてみた。
橋爪の思い込みをそのまま肯定することを咄嗟の判断で選んだ。
理由は、一つ。
橋爪を時枝に接触させない為だ。
ここで時枝が生存していることを知れば、また殺そうとするに違いない。
「ふん、だらしね~な」
その一言で終わった。
納得した様子に、大喜が安堵する。
橋爪の関心は別の名前に移っていた。
一番端に刻まれた名前を指でなぞっている。
「…桐生勇一、ちゃんとある。俺を死人に仕立てようとしやがって、覚えてろ」
この橋爪はどこまで覚えているのだろうか?
病室で時枝と交わったことは?