その男、激情!101

「しっかりしろっ、」

ダラリと首を垂れ、勇一が動かなくなった。
息絶えたように見える。
怖くなって大喜が勇一の心臓に耳を当てた。

「…気を失っただけか。――焦ったじゃねえかよ。人騒がせな」

心臓は、動いていた。

「起きろ、風邪引くぞ」

パチパチと大喜が勇一の頬を叩く。

「目を覚ませよ」

今度は、鼻を摘んでみた。

「…るせーっ、」

手を払われた。

「―――何やってる」
「何って、あんたを起してやってたんだろ」
「…ここは、どこだ」

勇一がぐるっと辺りを見渡した。

「どこって、桐生の墓だろ」
「桐生? ――ハハハ、そりゃ、いい。時枝はやっと墓の下ってわけか」
「……あんた、何言ってるんだ…」
「やっと、くたばったか。仕事終了だな」
「…あんた、…誰だ」
「誰だって? そういえば、その顔、覚えがあるぞ。あん時のガキか」
「まさか、…橋爪」
「年上を呼び捨てか? 感心しないな」

大喜の頭を勇一が鷲掴みに掴む。

「橋爪さん、だ」
「…嘘だろ」
「何が嘘なんだ? そりゃそうと、この変な格好はお前の仕業のようだが。この間の仕返しのつもりか?」
「…変な、…こと、するな、よ」

ヤバイ、ここに来ることを誰かに知らせておくべきだった。
逃げようにも頭を押さえ込まれていて、大喜は立つことも出来なかった。

「そりゃ、して欲しいっていう意味か。あ?」

勇一、いや、橋爪の手が大喜の頭から股間に移動し、布地の上から大事な部分を乱暴に握った。

「ん、ギャッ!」
「なんつう、声出してるんだ? 赤ん坊か? ま、大差ないがな。ここは大して違わないサイズだ」
「やめ、ろッ」

目の前が白くなる痛みが、大喜を襲っていた。
揶揄に反論する余裕もなく、大喜は橋爪の手を外しに掛る。

「人にモノを頼む態度か?」

こいつ、ホントに橋爪か?
『礼を尽くせよ、桐生勇一』って言ったこと根に持ってるんじゃねえのか?
だが、あいつが橋爪のフリなんて、するはずがない。
したくても、できない。
自分と橋爪が同一人物とは知らないんだから…くそっ、いい加減、離せっ!

「やめて、下さいっ」
「ふん、言えるなら、先に言え」

股間が解放され、目の前に視界が戻る。

「仕事も終わったようだし…、ん? 名前が刻まれてないぞ」

立上がった勇一が、墓をマジマジと見ている。

「名前って…、時枝さんの名前か?」
「他に誰がいる?」

死んでね~んだから、あったり前だろ、とは言わなかった。

「墓石屋のスケジュールの関係だ」

こんな子ども騙しの嘘で、この橋爪が納得するだろうか?
不安ではあったが、橋爪が信じる方に賭けてみた。
橋爪の思い込みをそのまま肯定することを咄嗟の判断で選んだ。
理由は、一つ。
橋爪を時枝に接触させない為だ。
ここで時枝が生存していることを知れば、また殺そうとするに違いない。

「ふん、だらしね~な」

その一言で終わった。
納得した様子に、大喜が安堵する。
橋爪の関心は別の名前に移っていた。
一番端に刻まれた名前を指でなぞっている。

「…桐生勇一、ちゃんとある。俺を死人に仕立てようとしやがって、覚えてろ」

この橋爪はどこまで覚えているのだろうか? 
病室で時枝と交わったことは?