「良くねえよっ! あんたやっぱりバカだっ! 撃たれたあんたはどうなったんだ? 自分の命だけ守られて、時枝のオヤジが喜んだとでも思ってるのか?」
勇一の顔が強ばる。
「…いや、――それは…」
「場所が、最悪だったんだよ。撃たれた時に立っていた場所…崖になっていたから…あんた、撃たれて海へと落ちた。そして、あんたの遺体は…あがらなかった。あの後、時枝のオヤジが…くそぅ、ソコから先は本人に聞けよ。俺の口から話すような事じゃない。でも一つだけ、教えておいてやるよ。拉致された時よりも、あんたがいなくなった事の方が、あの人をボロボロにした…」
拉致後の勝貴より、俺はあいつを傷付けてしまった?
「…事実、なんだな。俺が撃たれて、海へ落ちて…。それが三年前」
「あんた、海に落ちてから、一体どこで何をしてたんだ? どうして、今頃っ、」
胸の傷が大喜と一緒になって、勇一を責める。
ズキ、ズキッ、ズキ、と心臓まで圧迫するように、痛み始めた。
「…俺が、起きた時…桐生の…俺の部屋…だった。俺はどうやって…部屋に戻ったんだ」
痛みは頭にも来ていた。
思い出そうとすると、それを拒否するように胸の傷と頭が痛む。
目を開けているのがやっとだ。
「ちょっと、あんた、大丈夫か! 白目になりかかってるぞっ!」
大喜が勇一の異変に気付いた。
「…かつ、…き、…綺麗だ」
今、勇一の目の前には大喜ではなく、時枝がいた。
白いスーツを着て、勇一を見つめている。
『――では、お互いの愛情を確認しあったところで、誓いのキスをお願いします』
――武史の、神父の声がする。
――そう、誓いのキスをしなくては。
大丈夫かと、勇一の腕を取った大喜。
勇一もまた腕を取る。
勇一にはそれは時枝の腕だった。
勇一が時枝に顔を近付ける。
誓いのキスをするために。
「ちょ、ちょっとっ! タンマ!」
勇一が自分を見てないことが、大喜にも分った。
半分白目を剥きながらも、その目は目の前の人物を慈しんでいた。
「俺は、時枝のオヤジじゃないっ、…あっ、――ん」
抵抗虚しく…いや、抵抗する間もなく、勇一の唇が大喜の唇に重なった。
ヤメロッ、と身体を捩ろうとしたが、大喜は出来なかった。
…なんなんだよっ、…こんな甘いキスしやがってっ、……そんなに時枝のオヤジ、愛してたんなら、…どうして橋爪なんかになっちまってたんだよ……
勇一の唇から伝わる、時枝への並々ならぬ深い愛情に大喜の胸が熱くなった。
佐々木と一緒にいた影響か、自分でも気付かないうちに、大喜も恋愛への感受性が高くなっていた。
だから、余計、今までの勇一の態度が許せなかったのだ。
「…勝貴、」
長い口付けだったが、ディープなものではなかった。
気がつけば、大喜の左目から一筋の涙が零れていた。
「泣くな、勝貴」
その水分を指で勇一が拭う。
指に付いた滴を勇一が見つめる。
「…なっ、」
僅かな水滴がどんどん広がり水溜まりになり、終いにはうねりを伴った波に変わって、自分を飲込んでいるよな錯覚に陥った。
「…ゴホッ、――死ぬもんかっ、」
勇一の腕が宙を掻き分ける。
息遣いがおかしい。
「ちょっ、どうしたっ!」
勇一の奇行に、大喜が目を見張る。
勇一は、海の中にいた。
あの結婚式の日の海の中だった。
―――勝貴ィイイイッ、、―おまえが、撃たれなくて…よかったっ、…今日の、――約束守れない、…俺を許せっ、…クソッ、…クソッ、…死ねるかっ、……あ、い、…つを…、――残し、………て、 ……