その男、激情!98

「…勝貴が正解だったんだ…。 天国だと言ってた…俺は、ここにいる俺はっ、」

勇一が大喜の方を振り返った。

「幽霊なんだなっ! そうだろ、ガキ」
「はあぁ~? …ウッソゥ、マジ?」
「いい、隠さなくて。未練たっぷりで戻ったんだ」
「…ゴメン、二日酔いもぶっ飛ぶわ…ヒィ、」

大喜が腹を抱えて笑い出した。

「人が真面目に訊いてるんだっ。俺が死者でも、礼を尽くせッ」
「マジ、受けるんだけど。あ~あ、腹が捩れるほど受けた。悪いけど、俺、霊感ないから。オッサンもないと思うけど。黒瀬さんあたりは、あるかもしれないな。あの人、浮世離れしてるし」
「…霊感のない人間にまで、俺が見えているんだ。…だから、組でも普通に話が出来たのか」
「…あんたさぁ、年幾つだっけ? 俺の親父より結構上だったよな。時枝のオヤジが、時々『勇一のアホ』とか『バカ』とかぼやいていたけど…アレは真実を語っていたんだ」
「失礼すぎるぞっ、このガキ」

勇一が大喜の胸ぐらを掴み掛かったのを、寸前の所で大喜が躱した。

「残念ながら目の前のあんたは幽霊じゃない。近いのは、むしろ、ゾンビ」
「…生き返ったのか…墓の下から。だが…日本は火葬だ…そんなバカな話あるかっ」
「幽霊はあっても、ゾンビはないって…あんたの思考、幼稚園レベルかよ」

身体だりぃよ、と墓石を背もたれに大喜が座り込む。

「あんたも座れよ。三年前の事、聞きたいだろ。ここに名前が刻まれている理由も」
「ガキッ、ひとんちの、大事な墓を粗末に扱うなっ」
「いいから、座れって言ってんの。あんた、今俺しか頼る人いないって、分ってる? あんたの大好きな時枝のオヤジだって、あんたが知りたがってること、教えてはくれね~ぞ」

ポンポンと大喜が自分の隣を叩く。
仕方ね~と、ブツブツ言いながら勇一が腰を降ろした。

「どこから、話すべきか…そうだな、あんた、上、脱げよ。上半身、裸になってみろ」
「はあぁあ? 俺の裸体に興味あるのか? 教える代償に、抱いてくれ、なんてほざくなよ」
「・・・」

何かを言おうとして、無駄だと諦めた大喜。
口だけをポカンと開けている。

「なんとか言え、エロガキ」
「…反論する気も失せる。一々疲れさせるなよ。俺が興味あるのは、あんたの身体に刻まれた傷。いいから、脱げっ、」

叫くなと、勇一が着流しの衿を掴むと左右に開いた。 
ガバッと一気に上半身が剥き出しになる。

「傷って、この銃創のことか?」

左胸から肩に斜めに残る二つの銃創。
古い傷だと、気にしてなかったが…。
思い出せないのは、武史のせいだと思っていた。
勇一が右手で自分の傷をなぞる。
傷を意識した途端、ズキンと、痛みを感じた。

「ああ。直接俺は見てなかったけど…それだろうな…。それ、ライフルで撃たれた痕だ。時枝のオヤジを庇って撃たれて、岸壁から海へ落ちた。そして、あんたの遺体は上がらなかった。それが三年前だ」
「岸壁? どうして、そんな場所で?」
「場所を手配したのは、黒瀬さんだ。――あんたさ、一体どこまで記憶有るんだよ。都合の悪い所、全部忘れているようだけどさ。時枝のオヤジを看病した所は覚えてるの?」
「ああ。あん時の恨みも今回一緒に晴そうと思ってるぐらいだ」
「あ、そう。オッサンをソープに連れ込んだことも、覚えてるのかよ」
「泣きながら、ヤッてたよな~、佐々木。久しぶりの女に、感激の涙ってやつだろう」
「…あんたさぁ、俺を挑発しても意味ないだろう。三年経てば、俺だって成長してるんだ」

冷やかに大喜が軽蔑の眼差しを勇一に向ける。

「――だから、ゆるせね~こともあるんだけど…あのゴリラ…くそっ、腹立ってきた…」

佐々木を思い出し、二日酔いとは別の所で大喜はムカついた。