その男、激情!97

「ムカツクガキだ。人の名前を呼び捨てにする元気があるなら、大丈夫だろ。話せ」
「ムカツクのは、あんただろっ。人が体調悪いのに、出てきてやってるというのにっ。はぁ、もう、いい。サッサと要件すませようじゃないか…話すより先に、見せたいものがある」
「見せたいもの? 今、持ってるのか?」

大喜が何かを隠し持っている風には見えない。
バッグすら持ってない。

「持ち運べるようなものじゃない。…桐生の墓へ行けばわかる」
「墓? 墓に何がある?」
「あんたは、言われた通りにすればいいんだよ。知りたいんだろ?」
「一々ムカツクガキだ。しっかり掴まってろ」

ブン、と勇一がサイドレバーを引いたまま、空ぶかしした。

「だからっ、俺は体調がっ、」

悪いと、言い終る前に車は急発車した。
橋爪の情報と桐生の墓に関係があるとは思えなかったが、今は大喜の言葉を信じるしかない。
何も無かったら、ド突き倒してやろう、と勇一は制限速度を無視してアクセルをふかした。
山の中腹にある霊園。
先祖代々の墓はない。
戦火で寺ごと消滅したため、勇一と黒瀬の祖父・祖母の時代にこの霊園に桐生の墓を購入した。
墓の中に納められているのは、勇一の祖父母、父親、勇一の実の母親だけだ。
霊園の駐車場に車を駐め、勇一が顔色の悪い大喜を肩に担いで、桐生の墓に向かう。

「歩けるっ、降ろせっ、」
「ガキのくせに遠慮するな」
「遠慮じゃないっ、揺られると気持ち悪いんだよ」
「あんだけ吐けば、胃も空っぽだろ」

ここに着くまでの間に、実に三回、大喜の嘔吐の為に休憩をとるはめになった。
その原因は、運転の荒い勇一のせいなのだが、本人は、自分のせいだとは思っていなかった。
てれてれ歩かれては日が暮れると、勇一は問答無用で大喜を担いだ。

「ここに来るのも久しぶりだ」

桐生の墓に着いた。
組の者が定期的に清掃に来ている為、墓石は綺麗に磨きあげられ、花も供えてあった。
大喜を降ろすと、勇一は腰を屈め手を合わせた。
数珠もなければ線香もなかったが、墓の中の家族に手を合わせた。
大喜も形だけ真似た。
本宅の仏間に飾られいる写真でしか知らない人間に、特に思い入れはない。

「…ガキ、俺を担いだのか? ここに何がある? 何も変わった事はない」
「この角度じゃ、わからね~よ。横に回って、石に彫られている文字をよく見て見ろ」

納骨されている者の氏名が掘られている所を大喜が指さした。

「俺の近親者の名前に何か問題でも……あぁ?」

墓石に齧り付くようにして、勇一が最後の列に刻まれた名前を確認する。

「――桐生勇一、って、…誰だ…」
「あんたの名前だろ」
「……だよな。…おれ以外に、この名は…桐生にいねぇ……誰だっ、こんな悪戯した馬鹿はっ!」
「悪戯? 業者に頼んでわざわざ名前刻ませたのか? 名前だけじゃなくて、没年も確認してみろよ」
「…今年じゃねえかよ」
「違うっ。それは三年前だ。あんた、死んだんだ、三年前に。時枝のオヤジの目の前で。マジ、この一週間、時間がおかしいって思わなかったのか? 俺見て、老けたと言ったよな? 他にもおかしなことたくさんあったんじゃないの?」
「…おかしなこと? 皆老けてると感じた、――渡部の禿げ…」
「渡部さんが禿げ出したのは、あんたの葬式の後からだからな。ちなみに、三回忌法要も終わってるぜ」
「――俺のか…」

墓石に刻まれた自分の名前を見ながら、声が震えせ勇一が確認する。

「ああ。時枝のオヤジが葬式も法事も全部仕切った…組長としてな」
「勝貴が、組長? 勝貴が桐生の? ヤクザの組長に?」

時枝が組長にならざるを得ないとしたら、それは自分の死しかない。