その男、激情!95

「俺に用って、何だ」
「ノックぐらいしたら、どうだ。佐々木は、一緒じゃないのか」
「知るかっ。顔も見てね~よ。話があるのは、俺にだろ」

勇一の所に不機嫌な顔で現われた大喜。
目の下には隈ができ、吐く息は酒臭かった。

「朝から飲んでるのか?」
「二日酔いだ。そんなことどうでもいいだろ」
「酒くせ~息、まき散らしながら、どうでもいいとは、態度のでかいガキだ。座れ」

勇一が応接セットのソファーを指さした。
何の遠慮もなく、大喜が上座に座る。

「ふん、ソコは俺の場所だけどな。佐々木の躾はどうなってるんだ」
「客を上座でもてなすっていう一般常識が欠けてるのはどっちだ?」
「だ~れが、客だ。相変わらずのクソガキだな、お前。だから、佐々木も愛想尽かしたんじゃねえのか? あ?」

自分の向かいに座った勇一に、大喜がチンピラ顔負けの眼を飛ばした。

「俺が愛想を尽かしたんだっ!」

と、叫ぶなり大喜は額を抱え込んだ。

「…くそう、大声出させるよな…頭もガンガンしてるんだ」
「知るか。二日酔いの原因は佐々木ってとこか。やけ酒だろ」
「…可愛い女の子達と、合コンに決ってるだろ…俺は、もう、自由の身なんだ。オッサンなんか、知るか」
「だが、佐々木に言われて此処に来たんだろうが」
「人の話を聞いてないのか? 言っただろ、会ってないって。玄関で叫いてたからな。俺に会いに来た理由を。笑わせるぜ。何としても会いたい理由があんたとは。……あのくそゴリラッ、何にも分ってないっ」

大喜は本当に佐々木とは会ってないのだ。
佐々木が母親と話しているのを嘔吐しに行ったトイレから部屋へ戻る途中で聞いたのだ。
佐々木が朝から会いに来た理由に激怒した大喜は、脱いだパジャマと枕を丸めその上に一枚のメモを残し布団を掛け隣の部屋に隠れた。
佐々木が自分の部屋に入るのを確認してから、足音を忍ばせて階下に降り、出てきたのだ。

「…ガキ、お前が…ゴリラって…そりゃ、ねえだろ」

親子ほど年の違う若造に、ゴリラと罵られる佐々木に勇一は同情を覚えていた。
弟の武史が口にする分には何とも思わないのだが、大喜となると話は違った。

「るせ~な。頭痛いのに、来てやったんだ。文句ねぇだろ」
「文句はない。このまま佐々木と拗れたままでいいのか?」
「拗れる? 拗れようもないだろ。オッサンのヤツ、俺が出て行った理由すら気付いてねえよ。連日、見当違いの謝罪だけ並べやがって…くそっ、気付いてたら、あんたの用で俺の所なんか来るもんかっ!」
「わかった、わかった。佐々木の話はもうイイ。二人の問題に口は挟む気ないから好きにしろ。呼び出した理由は、佐々木のことじゃない」
「…俺も話したいこと、山程あるんだよ。だから来たんだ。オッサンを俺んとこに寄越さなくても、近々、あんたとは話付けなきゃと思ってたんだ。話できる場所に移ろうぜ」
「ココが、」

トントンと、二人の間のテーブルを勇一が指で叩く。

「その場所だろ」
「馬鹿言うなよ。いつオッサンが戻って来るか分らないだろ。落ち着いて話せるかっ」
「そこまで嫌われているとは…。気の毒な野郎だ」
「あんただって、俺とサシで話がしたいんだろ? 違うか」

あ~あ、と勇一が立上がる。

「何だよ、」

上から見下ろされ、大喜が怯む。

「びびるなガキ。テメェが言ったんだろ。ココじゃあイヤだって。出るぞ」

スタスタと勇一が先に事務所を出ようとする。

「ちょ、ちょっと、あんた、鍵ッ! 開けっ放しで行くつもりか」

行儀悪く足でドアを開けようとする勇一の後ろ姿に、慌てて大喜が叫ぶ。

「掛けとけ」

ホイ、と勇一が着流しの袂から取りだした鍵を大喜に投げた。