その男、激情!91

「いくら、大喜がアッシに愛想尽かせて出て行ったからって、大喜を手籠めにしようなんて、許せるはずがないでしょっ、」

佐々木が勇一に掴み掛かった。

「誰があんなケツの青いガキに、手を出すか」
「前に出そうとしたことあったじゃないですかっ」
「ギャンギャン、中年男が騒ぐなっ」

勇一が袷を掴む佐々木の手首を捻り、同時に佐々木の足を払った。
バランスを崩した佐々木の身体を勇一が持ち上げると、前方に「エイッ」と投げ飛ばした。

「…っ、うっ、――組長っ!」

投げ飛ばされた佐々木の身体は横断歩道を渡りきったところにあった。
桐生の若頭、武道の心得は当然ある。
咄嗟のことでもダメージを軽減する姿勢はとれた。
だからといって、どこも打たなかったわけではない。
頭を守った為に、肘と腰に痛みが走る。

「悪いな、手が滑った」

信号は既に赤に変わっていた。
しかし、勇一の前を横切ろうとする車体はなかった。
前列の運転手が目の前の光景に呆気にとられ、前方の信号が青に変わったことに気付かなかったのだ。

「…組長ぉお、…酷いじゃないですか。…それに、ダイダイの尻は青くはありません。そりゃ、可愛い桃なんですからっ、」

腰を擦りながら立上がった佐々木は、何かを思いだしたのかデレッとした顔になった。

「それは俺が投げ飛ばしたこととは、関係なさそうだな」

横断歩道を悠々と渡りきった勇一が、佐々木の鼻の下を指した。

「え? ぁあ? …うわっ、何だ!」

鼻水でも垂れているのかと指で拭うと、指に付いたのは佐々木の予想に反して赤いものだった。

「いい歳して、興奮してるんじゃねえぞ。わりぃわりぃ、ガキがいなくて欲求不満だったな。不夜城で抜いてもらえ」
「組長ッ! 冗談は止めて下さい! アッシの身体は体液一滴残らず大喜のものなんですっ!」
「は? 若頭の身体は、組のモンだろが。つまり、俺のモンだ」
「ぇえええっ、組長、…まさかっ、」

佐々木が突飛な声をあげ、後方にずれ下がった。

「…ご苦労なさったんでしょッ! それはアッシにも想像が付かないぐらいッ、…だからといって、いけませんッ!」

佐々木が自分の身を守るように、自分の胸で腕を交差して組む。

「アッシにはダイダイがっ。そして組長には時枝さんが!」
「――佐々木? 頭大丈夫か?」

自分が投げ飛ばしたせいでおかしくなったのだろうかと、勇一が首を傾げる。

「お前にガキがいようと、俺に勝貴がいようと、関係ないだろ。俺とお前の問題だろうが」
「…知りませんでした。…組長がそんな目で…アッシの事を…」
「はぁ?」

アスファルトに、佐々木が沈む。
本日二回目の土下座である。

「申し訳ございませんっ、それだけは無理です。組長のご期待には…お応え出来ませんっ。大喜も、時枝さんも俺には裏切れませんっ! 俺の身体は体液だけでなく、ケツの穴まで全て大喜のモンですから」
「ぶっ、…お前、…佐々木、……まさか、」

やっと勇一にも佐々木の誤解が何であるか分ったらしい。
ガハハハと、大笑いを始めた。

「やべぇ…、ひっさしぶりのヒット、ぁあ腹、いてぇえっ、俺が、…お前のケツを? …ぁあ、気持ち悪りぃ、想像させるんじゃねえっ」

このボケが、と笑っていたはずの勇一が佐々木の頭を度突いた。

「…え?」
「つうかよ、ケツまでガキのもんって、お前達…そうなのか?」
「当たり前じゃないですかっ!」

佐々木は勇一の問いの意味が分ってなかった。
分っていたら、肯定はしてないだろう。
佐々木の言うところのケツの穴までという意味は、自分の身体のどの部分であっても愛する大喜のモノだという意味で、決して『行為』においての役割を指しているものではなかった。

「そ、っか。――変なこと訊いて悪かった…。そうか…そうなんだ…。まぁ、ガンバレ」

勇一が、まだアスファルトに座る佐々木の肩を軽くガンバレと叩いた。
この四十代の男が小生意気な大学生に後ろをあけ渡している図を想像し、過去の自分の体験を思い出してしまった。
二度しかない貴重な体験を。