「ふふ、桐生の組長はゾンビってことで、桐生に敵無しじゃない? ゾンビ相手だと、仕掛けた方も呪われそう。切れた兄さんの恐ろしさを思い知れば良いんじゃない? 兄さん、あの人の激情型の気質を引き継いでいると思うけど」
「あの人? …あ、ゴメン」
父親の事だ。
黒瀬の産みの親、翠を愛しすぎたため、狂気に走った男。
成長するにつれ翠に似てきた黒瀬を、深すぎる愛情故に虐待した父親。
「謝る必要はないよ、潤。兄さんが逆上して日本刀振り回したの、覚えてる?」
「うん。あの時は、ビビッた…」
それは忘れられない光景だった。
拷問ともいえる時枝の凌辱シーンが収められたDVDが届けられた日。
勇一が日本刀を振り回し、「殺してやる」と我を忘れて暴れたのだ。
その尋常じゃない姿は鬼そのものだった。
「あれが、本質だよ。兄さんの。ふふ、時枝相手に、下半身が役立たずになったのも兄さんらしいけど」
「そこは、忘れてあげないと」
「潤は優しいね」
「普通だよ。そういえばあの時、佐々木さんが一番の被害者だったんじゃ…」
「アッシの事は、忘れて下さいっ!」
佐々木の脳裏に、風俗嬢にパクッと頂かれてしまった場面が蘇った。
「ふふ、一番の被害者は、お猿じゃない?」
「もう、その話は終わりですっ!」
後ろを向いたままの佐々木の肩が上下する。
「生意気なゴリラだ。私に命令? 偉くなったものだね」
「お、お願いです」
黒瀬の冷やかな声に、佐々木が慌てた。
「物は言いようだね」
「黒瀬、佐々木さんのことよりさ、戻ってきた組長さん、偽物って思われるんじゃない?」
佐々木が助かったと思ったのは云うまでもない。
「どうして?」
「だって、自殺ってことだったろ? 遺骨もあるし、役所にも死亡届出している」
「自殺を信じている者は少ないはず。外は特にね。表向きは納得しているけど、先に荼毘に付せた段階で本人かどうか怪しいと思っているはず。とにかく、兄さんがここから外に一歩でも出る前に、佐々木がまず組全体に正式に通達しないとね。時枝があの状態だから、今の桐生の実質的トップはこのゴリラってことだし」
「トップ? 滅相もないッ」
「ふふ、ゴリラの謙遜なんてどうでもいいから、早く、仕事してくれば? 兄さんが動き出す前に手を打たないと、既に姿を見てる組員もいるから、変な噂が広がるかも~。それこそ、ゾンビとか?」
「そうだよ、佐々木さん。早く仕事して、それから、ダイダイ迎えに行かないと。夫婦の危機ってヤツだよ」
佐々木が大慌てで台所から出て行った。
「邪魔なゴリラもいなくなったことだし、私達は、愛をより一層ディープに、ね?」
「ココで?」
散々食事しながら触られイかされたが、快感に貪欲な潤の身体には中途半端な熱が残っていた。
別の場所でゆっくり愛し合いたかった。
「もちろん、寝室で。ふふ、乱れる自分の姿を見たくない?」
「それって、ダイダイと佐々木さんの寝室でってこと?」
「そう」
膝の上の潤を黒瀬が抱いたまま、立上がった。
「姫、参りましょう」
「恥ずかしいよ、…でも、確かにあのベッドなら、黒瀬は王子か王様だ」
二人が佐々木とダイダイの寝室だからと遠慮するわけもなく、散々バカにしていた姫系ベッドの中でディープな愛を確かめあった。