その男、激情!83

否定しない大喜に、潤が掛ける言葉を失った。
黒瀬が、大喜から手を離すと、潤に行こうと促した。

「黒瀬、でも、…」
「いいから、行ってくれ。忙しいんだ」

出て行こうとしない潤の背中を大喜が押した。
バタンとドアを閉めると、内側から鍵を掛けた。
鍵の掛かる音で潤も諦めたらしく、黒瀬と共に歩き出した。
足跡が遠のいて行くと大喜はスポーツバッグに身の回りのものを詰め始めた。
黒瀬と潤が台所に着くと、出前のステーキと寿司も届いており、食卓の上は所狭しと皿と膳が並んでいた。

「どうぞ、温かいうちに、」

二人を佐々木が出迎える。
潤が佐々木の顔を観察するようにジッと見た。

「潤さま、アッシの顔に何か?」
「別に。普通の顔だなって思って」

ブスッと言いながら、席に着く。

「この顔を普通と表現できる潤は優しいね。左目の横の傷といい、鬼瓦のような目付きといい、ゴリラの中でも下の下じゃない?」
「ゴリラでも何でもいいけど、どうして、佐々木さんが落ち着いていられるのか不思議」
「ふふ、いいじゃない? そうなる運命だったんだよ。運命には逆らえないから。兄さんたちみたいに切れたはずの糸がしつこく繋がっていた、ってこともあるし、私と潤みたいに、日々愛が深まっていくと運命づけられている者もいるし」

さあ、食べよう、と黒瀬が箸を持つ。
それにならい、潤も食べ始めた。

「難しい話で…あの、何か…アッシに問題でも?」
「問題? 佐々木さん、ダイダイ放って置いていいんですか?」

呆れきった、という潤の顔。

「今頃、荷物まとめているかもしれないのに」
「そうなんですよ。ダイダイ、実家に帰るって言っていたので、その準備をしているんでしょう。給仕もしませんで、申し訳ございません。ダイダイの躾がなってないというお叱りでしたか」

世間一般に嫁が夫に言うところの『実家に帰る』という意味と同じ意味で、大喜がその言葉を口にしたとは佐々木は思っていなかった。
佐々木は、大喜が実家に用事で帰ると思っていた。
深く頭を下げた理由も佐々木に、出掛ける自分の代りに、黒瀬達の朝食の世話をお願いしたのだと思っていた。
誤解をしたままの佐々木の言葉は、誤解の連鎖を生んだようだ。

「あんた、それでも男かよっ!」

箸を放り投げ、潤が立上がる。

「ひっ、お、落ち着いてくだせぇ、…潤さまっ、」

切れた潤を見たことは、数回ある佐々木だが、それが自分に向けてとなると、初めてだ。

「潤、凛々しい姿もいいね。惚れ直すよ」

黒瀬は箸を休めることなく、嬉しそうに潤を見つめていた。

「躾がどうとか言ってる場合か! 見損なったよ。愛には真摯な男だと思っていたのにっ! 冷静に語っている場合じゃないだろっ! は? そんなに別れたかったのかよ。だったら、あの時、組長さんに激怒していたのは何だったんだよ」

潤のいうあの時とは、橋爪を名乗る勇一に大喜が拉致られた時のことだ。

「何を仰有っているんですか? 別れたい?…誰と誰がですか?」
「ゴリラと小猿に決ってるじゃない」

佐々木の質問に、潤より先に黒瀬が答えた。

「ゴリラって、アッシですか? アッシとダイダイが、別れる? 何のことだかサッパリ」
「イイ加減にしろよ、佐々木さん。実家に帰るってダイダイ言ったんだろッ! それを止めなかったんじゃないの? 違う? 別れたくなかったら、身体を張ってでも止めるのが、男じゃないの」

まだ、佐々木はピンと来てなかった。
自分が止めなかったことが、どうして別れたいと繋がるのか。
だが、潤の憤った様子から、自分が何かとんでもない間違いを犯したらしいことは推測できた。