その男、激情!82

「将来の雇い主に、もっと丁寧な話し方できないの? ふふ、時枝がここにいたら、厳しく叱られてたよ」
「残念だったな、ココに時枝さんはいないし、黒瀬さん、あんた、もう俺の将来の雇い主じゃない」
「ダイダイ、どういうこと?」

潤がベッドから跳ね起き、大喜の前に立つ。

「どうもこうも、言葉通りだ。朝食の準備が出来てるから。出前はまだだけど、桐生の朝食はセッティング済みだ」
「ココで食べるって、佐々木から聞かなかった? 下に降りていっただろ?」
「聞いてない。話あるんだろ? 三人で仲良くあのいい加減な男と時枝のオヤジの話するんだろ? 部外者は邪魔しないから、盛り上がればいいよ」
「部外者? ダイダイ、さっきから変だよ。機嫌悪そうだし。佐々木さんとケンカした?」
「は? ケンカ??? 俺がオッサンとケンカするわけないだろ。いいからサッサとこの部屋から二人とも出て行ってくれよ。俺だって忙しいんだよっ!」

自分の前に立っていた潤の腕を大喜が掴むと、寝室の外へ出そうと引っ張った。

「ヒィッ!」

その大喜の腕を今度はベッドから降りて来た黒瀬がねじり上げた。

「相変わらず煩い小猿だ。私の潤に暴力は許さないよ。佐々木が拾って来た頃と何の進歩もないところが、本物の猿だね。ふふ、人間に進化する前に、家出でもするらしいけど」
「えええっ?」

声をあげたのは潤だ。

「結婚の協力もしてあげたんだから、離婚の協力もしてあげようか? ふふ、こっちの方が面白そうだけど」

本気で黒瀬は面白がっていた。
退屈しのぎの話題は一つでも多い方がいいのだ。
しかも、時枝と勇一達とは違い、この二人の関係はシリアスモードに欠けており、当人同士には不幸な出来事でも見てる側には余興にしか感じられなかった。
特に黒瀬には。

「黒瀬っ!」

だが、潤は違った。
一人っ子の潤にとって、大喜は弟のような存在だし、佐々木には黒瀬が廃人同様に陥ったとき、組の仕事そっちのけで世話をしてくれた恩がある。
しかもこの三年、時枝の為に陰に日向にと動いてくれたのは、他ならぬこの佐々木だ。
そんな二人の危機と知れば、潤が黙っている訳がない。

「ダイダイ、佐々木さんと何かあったのか? さっきの事? ダイダイが組長さんに話そうとしたのを止めたこと怒っているの?」

自分と黒瀬が原因とは、潤はこれっぽっちも思っていない。

「だから、ケンカとかしてないって、言っただろ。サッサと下に降りて朝食食べろよ。冷めるぞ」
「ふふ、潤行こう。ゴリラと猿のことなんて、今はどうでもいいんじゃない?」

黒瀬は、朝食の方が大事だという意味で言った。

「…どうでも、いいって…。でも、確かに優先順位的には…悪いけど組長さんと時枝さんか」

と、潤は医務室の二人のことを言っているのだと解釈した。
潤の言葉に、どうせ俺はその程度だよ、と大喜が内心でやさぐれていた。今の二人の状況を考えれば潤が言っていた事は当然のことだが、大喜の心は今現在かなり荒れていた。
佐々木の言葉と潤の言葉が重なり、自分が佐々木にとっても桐生にとっても、どうでもいい存在に思えてならなかった。

「俺の事なんかどうでもいいだろっ。サッサと下に行けよ」
「ふふ、お山に帰る猿は放っておけばいい。人間社会には馴染めなかったって、分ったんじゃない?」
「…そうかも…しれないな」

ボソッと大喜が呟いた。