「ふ~ん、自分達の行為を鏡に映して悦んでるの。佐々木って、そういう趣味があったんだ。ロマンティックな変態ゴリラだったとは、最悪」
「いや、アレはっ、…その、ダイダイが、アッシの背中の、…菩薩が…えっとですね」
「ダイダイのせいにするなんて、佐々木さん見損なったよ」
潤は佐々木をからかっているに過ぎないのだが、佐々木の方は肩を落としてしょげた。
「オッサン、どこだよっ!」
タイミングよく大喜の声が階下から飛び込んで来た。 佐々木が、失礼します、と寝室を慌てて出て行った。
「二階で何してたんだ? あの二人はどこだ」
しかめっ面の大喜が、二階から降りて来た佐々木に責め口調で訊いた。
「…二階で朝食を召し上がりたいと仰有って…」
「はあ?」
大喜の不機嫌丸出しの声に、佐々木の声が先細りになっていく。
「……寝室に…その、何だ…」
「寝室? 入れたのか? オッサン、あの二人を俺とオッサンの愛の寝室に、入れたのかよっ!」
ヤバイと、佐々木は思った。
大喜が不機嫌を通り越して、激怒しているのが分る。
潤と黒瀬は、佐々木の趣味だと思っていた寝室だったが、実は大喜が少しずつ今の部屋へと変えていったのだ。
鏡も佐々木の言った通りで、大喜の要望で取りつけたものだった。
「許せ、ダイダイッ!」
佐々木が手を合わせ、大喜を拝むように謝罪した。
「俺はまだ仏じゃないっ!」
大喜が佐々木の合わさった手を振り払った。
「俺と組の仕事のどっちが大事なんだ、ってことは言うつもりはない。比べられるようなモノじゃないと思っているし、オッサンの魂は桐生そのものだって俺はちゃんと理解している」
胸ぐらを掴むと、身長差のある佐々木を見上げた。
「あ、ありがとう。さすがダイダイだ」
「だけどな、あの二人は違うだろっ! 俺とあの二人のどっちが大事なんだっ! 答えろっ!」
「…ダイダイ、そりゃ、もちろん、」
「もちろん?」
「もちろん、三人とも大事だ…」
「・・・」
大喜が佐々木を見上げたまま、固まった。
瞬きするのも、口を閉じるのも忘れていた。
「ダイダイ?」
佐々木の呼び掛けに、ハッと我に返った大喜が、佐々木から静かに離れた。
「実家に帰らせて頂きます」
静かにそう告げると、佐々木に深く頭を下げた。
「…実家?」
大喜の放った言葉の意味するところが、佐々木には分ってなかった。
大喜はクルッと向きを変え佐々木に背を向けると、佐々木を置いたまま、一人で寝室へと向った。
「あんた達、人の寝室で何してんだ?」
「やだな、見て分らない?」
オーガンジーの布の越しに、二人の人間が重なっているのが、大喜の目には映っていた。
「分るから、訊いてるんだよ」
本番中ではなかった。
服は着ている。
だが、大喜が寝室へ入った時、水音が聞こえる程、黒瀬と潤はハードなキスをしていた。
それも、自分と佐々木が愛を育んでいた大事なベッドの上で。
真っ白な純白のレースの寝具は、自分達の純粋な愛の証のように感じていた。
それを穢されたような気がして、大喜には許せなかった。
もちろん、一番許せないのは、寝室にこの二人を入れ、自分とこの二人を同等に評価した佐々木なのだが。