「…あのぅ、そろそろ、抜いていいか?」
このままだと、また硬さを取り戻しそうだ。
勇一の問いかけに、時枝が濡れた瞼を上げた。
三十代の男のものと思えぬ、迷子の子犬のように切なげに潤んだ目が、勇一を見上げた。
「俺さまのミルク、飲みたいなら、またいつでも飲めるだろ? もう、身体休めた方がいいんじゃないのか? マジ、腹下すって。俺さまのミルクには元気いっぱいのオタマジャクシが暴れているから」
絡めた舌を離し、時枝が唇を緩めた。
そうっと、勇一が時枝の口内から自分の分身を引き抜いた。
「…勝貴、…そんな目で見るなって」
口を半開きにしたまま、水分で光る目で勇一を見ている。
「…勇一、」
さっきまで、水分を飛ばしながら勇一を怒鳴っていた時枝はいなかった。
儚げで、今にも消えそうな時枝が、掠れる声で勇一の名を呼んだ。
引き寄せられるように、勇一が時枝の唇に自分の唇を重ねた。
ビクッと、時枝の身体が撓った。
キスをされているというのに、時枝は目を閉じるどころか、驚いたように目を丸くした。
勇一もビリッと微電流が唇の薄い皮膚から流れたように感じ、驚きを覚えた。
だが、勇一はそれを自分が放った液体のせいにした。
―――キスなんて、いつもしているじゃないか…
怪我だけでなく、泣き疲れているはずの時枝をこれ以上興奮させたくなくて、労るような優しい口付けを施した。
時枝は目を見開いたまま、静かにそれを受けた。
「…ゴメン、勇一」
勇一が頭を上げると、時枝が瞼を閉じながら、掠れる声で謝罪した。
「・・・恥ずかしいって、こういうコトいうのかも」
黒瀬と共に、佐々木の寝室へ入った潤がぼそり、呟いた。
「悪趣味の一言に尽きるね」
黒瀬が軽蔑したように、冷たく言い放った。
「だから、イヤだったんですよぅ…」
二人を追ってきた佐々木は、今にも泣きそうな顔だ。
「ダイダイも、恥ずかしいんじゃないの? 彼の趣味じゃないでしょ、コレ」
「佐々木に感化され、喜んでたりして~。きっとお猿のエプロンもこの路線じゃない?」
「…ダイダイのエプロンは、ピンクで…もっと、ロマンティックなヤツでして……」
泣きそうな佐々木の黒目が、一瞬ハートマークを刻んだ。
「ますます、恥ずかしいよ、佐々木さん。裸に着せてるんじゃないの?」
「な、なんて破廉恥な事をっ、仰有るんですか!」
顔全体を赤にして、佐々木が潤に抗議した。
「破廉恥って、それを言うならこの寝室だと思うけど、ね、黒瀬」
「全くだ。猿と交わるのに、純白のレースとフリルのベッドメイキングは必要ないと思うけど。天蓋まで付けて。家具までプリンセス仕様になってるし」
前はシックな部屋だった。
少なくとも佐々木が一人暮らしの時は、無駄のない機能重視のシンプルな部屋だった。
が、しかし…
今、この部屋は恐ろしく変貌を遂げていた。
いわゆる姫系インテリアだ。
部屋中の壁は淡いピンク。
そのピンクの壁に、白い猫足のロココ調の家具が横並びに配置されいている。
中央には、周りをオーガンジーの布でふんわりと囲った天蓋付のベッド。
そのベッドはレースとフリルをふんだんに使った寝具一式で飾られている。大小のハート型クッションまでベッドには置かれていた。
「黒瀬あれ見て」
潤がベッドの上を指した。
オーガンジーの布の間から、鏡が覗いていた。