その男、激情!78

「お猿に、何て言ったの? ふふ、ご褒美で釣ったとか?」

騒いでいた大喜が、佐々木の呟きで静かになったことに、黒瀬が興味を示した。

「…いや、別に…特別な事は…。聞分けの良い子が好きだと…それから、いや、以上です」

言い切った佐々木の顔と服から露出している皮膚の全部が、真っ赤になった。

「ごちそうさま」

赤くなった佐々木を見て、潤が茶化した。

「どこで朝食を頂こうかな? ゴリラとお猿の寝室でもいいけど」
「それは、ご勘弁をッ!」
「何を慌てているの? 見られてマズイものでもあるの?」
「…あ、ありませんっ!」
「ふ~~ん、あるんだ。じゃあ、朝食は寝室で」
「ボンッ!」

と、叫んだ後、自分の失言に気付いた佐々木が慌てて口を押さえた。
黒瀬は何より「ボン」と呼ばれるのを嫌う。

「佐々木、殺さない代りに、寝室決定ね。ふふ、動物同士の交わりの場って、興味あるよね、潤」
「黒瀬、失礼だぞ。立派な人間同士の交わりだろ? でも、興味はあるかも。他人の寝室って、ちょっと興奮する」
「ふふ、興奮した潤を、食べるのも悪くないね」
「武史さまっ! それは、本当にご勘弁をっ! あのベッドは、アッシとダイダイの…その…あの……」

しどろもどろの佐々木を無視し、黒瀬は佐々木宅へ着くなり、二階にある佐々木と大喜の寝室へ向った。

 

 

「…勇一、…触りたい。勇一に、触りたい」

黒瀬達が出て行った医務室。
時枝が、勇一に点滴で繋がれた腕を数センチだけ持ち上げ、勇一を呼ぶ。

「勝貴、大人しく寝てろ。幾らでも触らせてやるから」

勇一が床に膝を付き、自分の頬を時枝の掌に当てた。

「――勇一、…桐生勇一、心も躰も勇一だよな……地獄じゃなく、二人ともこの世だ…」

涙腺が壊れてしまっているらしく、時枝は勇一の顔を見る度に、涙を流す。

「また、その話か? 安心しろ、俺は勝貴が大好きな頼れる男、勇一様だろ」

勇一の言葉に、ふわぁ、と泣き顔が緩み、その後、ムッとした表情を見せた。

「違う。…好きじゃない…、勇一なんか、好きじゃないっ、」

まさか、そんな言葉が返って来るとは思わず、勇一が「え?」と、間抜けな声をあげた。

「好きとか嫌いとか…そんな子供じみた次元じゃないっ! 惚れてるんだっ! 大惚れなんだっ!」

愛の告白のはずなのだが、勇一は自分が怒られているように感じた。
時枝の放つ言葉には、明らかに「怒」が含まれていた。

「か、勝貴っ、…落ち着け。あ、有り難う…」
「金輪際、俺から離れたら…、うっ、……」
「離れたらって…俺が、寝室で寝てたことを怒っているのか?」
「馬鹿ッ! そんな…ことじゃっ、…くっ、そうだよ……ああ、俺を一人にするなっ!」

時枝が言葉を呑み込んだ事を、勇一も感じていたが、それを言及する気にはなれなかった。
時枝が涙を流しながら勇一を睨むように見つめる視線の奥に、言葉では表せない時枝の感情が込められているのが分った。
それが何なのか、何故か訊くのが怖かった。

「悪かったよ。約束するから、泣くな。男前が台無しだ。指切りしようぜ、勝貴」
「…針千本で、済ませる気か? 裏切ったら…俺を一人にしようとしたら、針千本なんかで許せるかっ! 出せっ!」
「出せ?」
「…言っただろ。…触りたいってっ…。…顔しか触らせない気か…」

恨めしそうな顔で、時枝が掌の中の勇一の頬を軽く叩く。

「指切りは、しなくていいのか?」
「…だから、出せ」
「もちろん、ソレはこれを出せってことだよな…」

下着姿で大喜から医務室に連れて来られた勇一は、佐々木が掛けてくれた着流しを上から羽織っているだけだ。
勇一は立ち上がると、トランクスを下にずらし、中から自分の分身を取りだした。