「武史、一つ訊いていいか?」
「何ですか、兄さん」
「どうして、俺は勝貴が撃たれた事を覚えてないんだ? 病室でお前に空砲を浴びせられたんだよな?」
黒瀬が何と答えるのか、皆の視線が黒瀬の口元に集まった。
「兄さん、二つ訊いてますけど? ふふ、怒りで頭に血が上り過ぎたんでしょ。それか、空砲の衝撃で倒れた時に、頭を強く打ったからか。脳の造りが単純な分、衝撃に弱かっただけじゃないですか?」
そんな理由で納得するとは思えなかったが、
「そっか。まあ、人間頭を強く打てば、そんなこともアリだな」
勇一は、あっさり納得した。
そんな馬鹿な、と答えた黒瀬も含め誰もが思った。
大喜は何か言いたげな様子だったが、佐々木が大喜の耳元で『何も言うなよ』と先手を打った。
「勝貴、こんな大変な状態の勝貴から、一瞬でも離れていたこと、許せよ。ベッドで目覚めるとは…不覚だ。今日から、俺もココで寝起きする」
「それがいいんじゃない? 橋爪の情報収集は、佐々木でも出来るだろうし、数日ぐらい、兄さんが時枝に付いていても、桐生は回るから」
『今、でしゃばって、組に出て来られても、困るしね』と黒瀬が腹の中で続けたことを、時枝も佐々木も読み取っていた。
もちろん、潤も。
更に時枝に向け、黒瀬が続けた。
「意識戻ったなら、しばらく兄さんと一緒にいたいよね?」
『兄さんをしばらく足止めして置いて』という意味だ。
「もちろんです」
「我々は、退散するよ。ふふ、ごゆっくりどうぞ。もっとも楽しい事は何も出来ないだろうけど」
『その身体でもできることあるよね? ここから、出さないように』
「勇一が側にいるだけで、幸せですから」
『余計なお世話です。さっさと密談でも雑談でもどうぞ』
「ふふ、時枝の惚気なんて耳障りなだけだから、潤、行こう」
潤を促しながら、黒瀬は佐々木を見る。
「ダイダイ、お二人の邪魔になるから、我々も退散するぞ」
チッ、と大喜が舌打ちをし、
「分ってるって」
勇一を睨んだ後、佐々木と共に医務室を出た。
「やっと再会だね、組長さんと時枝さん」
医務室を出た潤が、しみじみと言った。
「どうするんだよ、これから」
大喜が誰に向けるともなく呟いた。
「こらから? もちろん食事だけど?」
黒瀬が、当然だろ、と言わんばかりの口調で大喜の呟きに答えた。
「はぁ?」
「お腹空いたよ。朝食は本宅で食べようと思って、私も潤も抜いてきたからね」
「うん、俺もお腹ペコペコ。ホッとしたから、余計に空いてきたよ」
「何言ってるんだよ、黒瀬さんも潤さんもっ。そんなこと今はどうでもいいだろッ」
「ダイダイッ!」
黒瀬と潤相手に切れ掛けた大喜の口を佐々木が慌てて手で塞いだ。
「お猿、ギャンギャン煩いよ。ふふ、佐々木の部屋でゆっくり極上の寿司でも食べながら、兄さんの悪口大会でもすれば、猿の気が収るらしい」
「ボ、あ、いえ、武史さま、朝から寿司ですか?」
「ステーキでもいいけど? 潤は何が食べたい?」
「そうだな…黒瀬、激しかったから、結構体力消耗しているし…寿司もお肉も両方食べたいかも…でも、桐生の朝食も捨てがたい」
「OK。佐々木、寿司とステーキと、桐生の朝食を用意して」
「かしこまりました。分ったな、ダイダイ。今直ぐ手配してくれ」
まだ口を佐々木から塞がれている大喜が、ウ~ウ~、と手の下で何か言っている。
その耳元で佐々木が何かを呟くと、大喜は大人しくなった。
大喜だけ朝食の手配で本宅内に残り、黒瀬、潤、佐々木の三人は、本宅内の佐々木の自宅へと向った。