その男、激情!76

「佐々木、ウルサイ。空砲で死ぬ人間って、珍しいと思うけど? せいぜい怪我か火傷ぐらいじゃない?」
「何の話だ?」

勇一が、怪訝な顔で黒瀬に訊く。

「時枝がベッドの上で兄さんと死にたいってしつこいから、拳銃で二人を撃つ真似をしただけですよ」
「…真似?」
「ええ。音に驚いて、気絶しただけです。ふふ、残念ながら、二人とも生きていますよ」
「白々しく俺の額について言っていたのに、お前の仕業か」

苦々しく勇一が吐き捨てる。

「ふふ、覚えてないとは、思いませんでしたよ。老化現象ですかね」
「うるせーよっ。でも、勝貴、これで分っただろ。俺達は生きてるんだぞ。勝貴も俺も、こいつらも。だから、早く元気になれ」

勇一が時枝のベッドの横で跪き、点滴で伸ばしている時枝の手を握りしめた。

「…生き、…てる? 勇一も? 本物の勇一が? …生きて、ここに? …俺のこと、俺のことっ、」

―――俺のことを分る勇一が…、
胸の裡で続けながら、時枝の視界は勝手にあふれ出す涙で歪んでいた。

「全く、結婚式まであと少しだっていうのに」

勇一の言葉に、大洪水中の時枝も含め全員が固まった。

…まさか?

勇一以外の皆が同じ疑問を持った。

「―――組長さん?」

口火を切ったのは潤だった。

「結婚式って?」
「決ってるだろ、俺と勝貴の式だ」
「…二回目の?」

大喜が、恐る恐る訊いた。

「アホか。俺も勝貴も初婚だ!」
「…時枝のオヤジとも?」

更に大喜が、控えめに訊いた。

「このガキ、ナニ言ってるんだ? 当たり前だろっ」

―――やっぱり

勇一以外が顔を見合わせる。
黒瀬は小馬鹿にしたような笑みを浮かべ、潤は少しムッとし、佐々木は嬉しそうに、そして大喜は呆れ顔だった。

「延期でも籍だけ先に入れるぞっ! 時間が出来た分、セットではなく本当の教会でも神社でも、どこでも手配可能だ。な、だから、早く元気になれ。その間に、俺が敵とってやるから」
「…勇一、――すまない。こんな身体で…。お前には心配と迷惑ばかりかけて」
「時枝さんが謝ることはないよ、時枝さんのせいじゃない」

今度は大喜ではなく、潤が口を開いた。

「そうだ、勝貴のせいじゃない」

と続けた勇一の背中に、他四人それぞれに、それは勇一のせいだという意味の視線を投げつけた。

「勇一の為にも…俺は早く元気になってみせるから…仇なんて事は…」
「大丈夫だ。もう、誰が勝貴をこんな目に遭わせたか、仕入れた」
「え?」

勇一の言葉に、時枝の大洪水が突然止まった。

「橋爪というイかれた野郎が実行犯で、裏に台湾の李だ。俺に任せとけ。桐生の総力を挙げて、息の根を止めてみせる」
「ふん、あんた、出来ると思ってるんだ。そんなことが」

小馬鹿にしたように大喜が言った。

「なんだとぉおおっ、このクソガキッ!」

時枝の手を握りしめたまま、鬼の形相で勇一が大喜を振り返った。

「勘弁してやって下さいっ!」

佐々木が、慌てて頭を下げた。

「なんだよ、オッサンだって、出来ないって思ってるくせに」
「ダイダイッ!」

佐々木が焦って唾を飛ばしながら叫んだ。
だが、大喜の言葉を佐々木は否定しなかった。

「ホント失礼なゴリラと猿だ。兄さんに出来ないはずないだろ。ふふ、楽しくなってきた。兄さんが、腕の悪い殺し屋さんをどう料理するのか、見物だね」
「社長ッ!」

ベッドの上から、時枝が黒瀬を睨む。

「ん? 何か問題でもあるの、時枝?」
「…いえ、」

言葉に反して、時枝は『大有りだろッ』と黒瀬を睨みつけた。