その男、激情!73

「……か、つき?」

青白い顔。
肩に見える包帯。
白いガーゼの掛布の上に伸びた腕には、点滴針が刺さっている。

「…デジャブ―…じゃない、よな?」

過去にも同じような場面があった。
あの時は顔の腫れも酷かったが、今は顔は綺麗だ。
その分、生気が感じられない。

「なんだよ…何の冗談だ? これは、どういう事だっ」

毟るように掛布を剥いだ。

「はあ? 嘘だろっ、…一体誰にやられたっ!」

この世で一番大事にしたい人間が、重態だと一目でわかる有り様で横たわっていた。
パジャマや寝巻きは着けてなかった。
だが身体中に渡る白い包帯とガーゼで、その肌が見える部位は半分にも満たなかった。

「勝貴、オイ、勝貴ッ!」

痛々しい身体を揺さぶるわけにもいかず、勇一が大声で名前を呼んだ。
ピクッと瞼が動いた。

「勝貴ッ、俺が敵をとってやる。だから、戻って来いっ!」

再度瞼が動いた。
微かに開いた瞼の前に、勇一が自分の顔を持っていく。

「…、ゆ、…ういち?」

消え入りそうなぐらいの微かな声。

「勝貴ッ、どうしたんだよっ。何があった!」
「…そうか…。やっと地獄に着いたわけだ…はは、地獄でも俺はベッドの上か」
「しっかりしろ、勝貴。地獄じゃないだろっ」
「…そうだな。またこうしてお前と会えたんだから、…地獄でも、俺には極楽浄土だ…。たまには武史も……役にたつ」
「どうしたんだよ、なんだよ、地獄って。武史がどうした? これは、武史のせいなのかっ! あのヤロ―ッ」
「…もう武史には俺達会えないんだから、カッカするな。まさか、こっちに来ても傷だらけとは思ってなかったが…。死んでも痛みはあるんだな」
「死んでも? 不吉なこというなっ。俺を置いて死ぬなんて、許すかっ!」
「…落ち着け。死んでもバカは治らないって本当なんだ…。お前、自分が死んだってことに、気付いてないんだな……。ドアホの勇一だ…。本物の勇一だ……嬉しい…」

本当に嬉しいのだろう。
徐々に湿る声で、感極まっているのが勇一にも伝わった。

「勝貴? 身体をやられただけじゃなくて、…頭までおかしくなったのか?」

普通じゃない言動に、勇一の不安が募る。
脳に残る厄介な薬物でも打たれのかと、点滴の為に伸びた腕に視線を落とした。

「…死んでもお前は、失礼なヤツだ。二人だけになったんだ。嬉しくないのか?」

点滴周辺の痛々しい内出血以外、特に薬物を連想させる痕はなかった。
頭を強く殴打されたのだろうか?

「勝貴、お前が少しぐらいおかしくなっても、俺の愛は変わらないからな。クソッ、絶対俺が仇(かたき)をとってやるっ!」
「…バカだな…。仇なんて良いんだよ…。俺は気にしてないから…お前とこうしてまた一緒にいられるだけで、俺は幸せなんだよ…。仇なんて物騒なことは忘れて、俺と幸せになろう」

悟りを開いて、仏にでもなったつもりか?
医者は何て言ってるんだ?

「勝貴、ここは医務室だって、分るか?」
「…みたいだな。針山じゃなくて、良かったよ。こっちでも現世と同じ風景なんだな」
「現世も何も、現実に、ここは医務室なんだよ。桐生本宅だ」
「…お前、自分が死んだ記憶ないんだ」
「俺は死んでない。勝貴も死んでないっ! 俺達が死んだと言うなら、佐々木達も死んだのか? 煩いガキも死んだのか?」
「…あの二人は関係ないだろ。俺達だけだ」
「そうか。分った。ちょっと待ってろ」

勇一が医務室を出た。