その男、激情!38

「そう見えるよね。兄さんったらしばらく会わないうちに悪食になったのか、猿のでも咥えたいらしい」
「…く、く、く」

固まっていた佐々木の肩が小刻みに震えだした。

「佐々木、クシャミなら手で口を覆って」

黒瀬は明らかにこの状況を面白がっている。

「…く、く、く、くわ、くわ、」

佐々木が壊れたロボットのように、震えながら何かを言おうとしていた。

「違うっ! オッサン、違うっ! 落ち着けっ!」

落ち着かないといけないのは大喜も同じだった。
男の頭を慌てて自分の太腿から退けようとした。
その時、男の鼻で自分の剥き出しの先端を擦ってしまった。

「落ち着けっ! …ぁう」

一番敏感な部分を擦った為、鼻に抜ける声を洩らしてしまった。

「佐々木の前で感じるとは、大胆なお猿さんだね」
「…くわ、くわ、えてるのかっ! この野郎ッ!」

それが、もと上司、組のトップだった勇一であることなど、佐々木の頭からぶっ飛んでいた。
鬼の形相で大喜の太腿に顔を埋める男の後ろ襟を掴み、オリャーと雄叫びをあげながら投げ飛ばした。
手首の枷から伸びる鎖を男が握っていたので大喜まで転がった。
元々、意識を飛ばしていた男が更に後頭部を床で打ち、反撃など出来る状態ではなかった。
男の目は固く閉ざされたままだ。
呻き声すら上がらない。
その男の上に馬乗りになり、佐々木が拳を振り上げているのが、大喜の目に映る。

「止(と)めてくれ! 殺してしまうっ!」

自分では止めに入るのは間に合わないと、大喜が黒瀬に向って叫んだ。

「この人、さっきから意識ないんだってっ!」
「黒瀬ッ、早くっ!」

大喜の叫びに潤が黒瀬を急かす。
黒瀬が佐々木の腕が振り下ろされる瞬間に、その手首を掴み後ろに捻った。

「悪いけど、潤に頼まれたイヤとは言えないからね」
「何しやがるッ!」

興奮状態の佐々木は、黒瀬さえ認識してなかった。

「誰に向っての言葉? 随分乱暴な口のきき方してくれるね、佐々木」

黒瀬が佐々木に微笑みかけた。
通称氷の微笑。
見た者を恐怖のどん底に落とし込むような美しすぎる冷酷な笑顔。
その顔が、佐々木に正気を戻した。

「…ボン、…じゃないっ、ボッちゃん、…じゃないっ、武史さまッ!」
「兄さんからも降りたら? 残念ながらフェラチオをしていた訳ではないみたいだし」
「そうだよっ、オッサンッ! 俺がそんなことさせる訳ないだろッ! ケツだって無事だッ! 脱がされただけだよ…理由は分からないけど」

大喜が床からまた叫ぶ。
黒瀬がヤレヤレと手を佐々木から離すと、佐々木が男から降りた。
そして、転がっている大喜に視線を移す。

「ダイダイ、ダイダイッ! …なんて姿を…可哀想に」

グスン、と佐々木が大きく鼻を啜った。
大喜は、あ、ヤバイ、と思った。
この後の佐々木の姿は想像出来る。
黒瀬と潤には見せたくなかった。
後々ネタにされること間違いないだろう。

「待ってろっ、…ぐっ、」

何かを耐えている。
佐々木は何かを耐えながら、男の手から鎖をもぎ取った。
それからやはり、何かを耐えたまま、大喜の上半身を起し下半身に自分が着ていた上着を掛け、それから抱き上げた。
そこで、何か、は耐えきれず激流となって溢れだした。

「オッサン、俺は大丈夫だから。…ごめんな、心配させちまったみたいで…何なら、ゆっくり点検してくれてもいいぞ? 家に戻ってからゆっくり、してくれよ」

大喜に、佐々木の涙が降り注ぐ。
大喜が慌てて、佐々木を宥める。
佐々木の涙は嫌いではないのだが、側に黒瀬と潤がいるので涙を止めようと試みた。